第3話 一ノ瀬シロウ
※2026年6月20日 話の内容は変えずシロウが主人公らしく表現できるよう大幅に改稿しました。
たくさんの生徒にまみれ学園に続く桜並木の一本道を歩いてゆくと、心地よい風が優しく吹きつける。次の瞬間、一斉に桜の花びらが舞い散った。
その景色の美しさに、俺は思わず足を止める。それはまるで俺たちの入学を歓迎するかのようだった。
舞い散る花びらの向こうには、多くの新入生たちと、その先にそびえる東京ダンジョン学園の校門が見えていた。
俺の名前は一ノ瀬獅郎。中学を卒業したばかりの、どこにでもいる普通の男だ。
学力はこの学園に入るにはギリギリだったが、運動だけは人並み以上。
貴族でも名家の出でもない、正真正銘の一般庶民。
そんな俺がここに来た理由はひとつだけだ。
ダンジョンに潜りたい。
ただそれだけだ。
有名になりたいわけじゃない。お金持ちになりたいわけでも、貴族に取り入りたいわけでもない。ダンジョンの奥に何があるのか、自分の足で確かめたい。その気持ちだけで、念願のこの東京ダンジョン学園に合格し、地元を離れてここまでやって来たのだ。
周りを歩く新入生たちは、みな身なりの整った上品な雰囲気をまとっていた。
それもそのはず、この東京ダンジョン学園は全国でもトップクラスの難関校で、貴族家の子弟も多く通っている。そんな連中に交じって歩きながら、俺は内心少し心配になっていた。場違いじゃないか、と。
だがそんな俺の事を気にする生徒などはいない。
周りの新入生たちはそわそわと辺りを見回したり、隣の知らない同級生に話しかけたりしている。新しい生活が始まる高揚感がこの場所全体に漂っていた。
「一ノ瀬君!」
突然名前を呼ばれた俺が振り向くと、そこには同じ中学出身の女子、早坂柚乃がいた。
「早坂。おはよう」
「おはよー!私たちみたいに地方から出てきてると、同じ中学の人がいて安心するね」
早坂は俺の元へ駆け寄ってくると、笑顔でそう告げた。
「俺はあんまり人とつるまないから気にしないけど……」
「そっか……確かに一ノ瀬君って、中学の時もボッチだったね」
「ひどい……」
俺がからかわれてへこんだ顔をすると、早坂は満面の笑みを浮かべた。
そんな彼女の横にはポニーテールの背の高い女子が立っていて、一緒に笑っていた。
「えっと、そっちは?」
「あ、紹介するね。同じ新入生の瀧川伊織さん」
「はじめまして。瀧川だ。よろしく」
身長170cmくらいある彼女は、言葉遣いも含めどこか男性っぽさのある凛々しい雰囲気の女性だった。
「俺は一ノ瀬シロウ。よろしく。早坂とは同じ中学出身なんだ。ところで二人はいつの間に知り合ったんだ?」
今日は通学初日。同級生が顔を合わせる機会などなかったはず。もしかして昨日寮に引っ越す時に知り合ったのだろうか。
「ユノとはさっき校門で知り合ったばかりなんだ」
「え?」
「おんなじ新入生みたいだったから声をかけちゃったんだ。ね、イオリ」
「ああ」
「ちょっと待って?それでもう名前呼び?どんだけコミュ力高いんだ?」
俺は人とつるむのがあまり得意ではなく、積極的に人に話しかけるのも苦手だ。
早坂のようにすぐに仲良くなるなんてちょっと信じられない。
そういえばこいつ中学の時も友達が多かった気がする。
「私も友達がすぐにできるか不安だったんだが、ユノがフレンドリーに話しかけてくれたおかげで助かったんだ」
どうやら早坂が特別なだけのようだ。
そんな早坂がつぶやいた。
「三人とも同じクラスになるといいね!」
早坂のその言葉に、俺は少し冷静に答える。
「なるだろどうせ」
「え?なんでわかるの?」
「知らないのか?俺たちのような一般庶民はDクラス確定のはずだぞ」
「なんで?」
早坂は本当に何も知らないという顔をしていた。
そこで俺は説明を始める。
「まあ……A組は優秀な貴族、B組はそれ以外の貴族・C組はその腰巾着。俺たち一般人は、成績関係なくDクラスが定位置って聞いたぞ」
「そうなの?そんなのおかしくない?」
「おかしいと言われてもそういう仕組みみたいだから、俺に言われても」
早坂は俺と同じく地方の出身のため、東京のような大都会でどれだけ貴族と庶民に格差があるのか理解できていない。もちろん俺も変だとは思ってはいる。
法律でも国民はみな平等のはずだが、実際には上級国民と庶民では全く待遇が変わるのだ。
「でも一緒のクラスになれるならよかったじゃないか」
「そうね!」
瀧川にそう言われ、早坂は急に機嫌が直って表情を緩めた。
そして三人で中庭へ向かい、張り出された入試の点数とクラス編成表を確認した。
俺たちの名前を見つけた早坂が言う。
「本当に三人ともDクラスだね」
「ああ。同じクラスになれてよかったな」
瀧川がニコリとしながらそう答えた。
そんな二人を横目に、俺は名前の下に書かれている数字を見ながら驚きを隠せずにいた。
「点数張り出す系なの?この学校……」
そこにはクラス編成の名前と共に、入試の点数が書きだされていたのだ。
中学の時にはこういう公開処刑みたいな制度がなかったので良かったが、この学園は成績を重視しているらしく、こうして点数を公開しているようだ。
そしてなぜか筆記テストと体力テストの点数が別々に書かれていた。
D組の一番最後にあった俺の名前の下に書いてある点数を、他の生徒と比較する。
比べてみると、俺の学力テストの点数はかなり低い。
どうやら俺の学力テスト点数は、この学園ではどうやら底辺の成績のようだ。
目を凝らして俺より低い点数の生徒がいないか見比べていくが……いない。本気で俺がビリみたいだ。
ショックだ!だって中学の時は至って普通の成績だったから、俺は落ちこぼれではなかったのだ。
マジでこの学園平均点高すぎだぞ。
底辺とはいえ、我ながらよく受かったものだと思う。
そして次に体力テストの点数を見ると、そちらは至って優秀のようだ。
クラス1番っぽいぞ。……あれ?他のクラスを見ても俺より上がいない。
どうやら体力テストだけなら学年トップみたいだぞ。
これは素直に嬉しい。嬉しいが……学力はビリ。だが体力テストは一位。
……極端すぎるだろ俺。
がっかりと嬉しいが共存した複雑な心境の中、俺が確認を終えて掲示板から視線を降ろし振り返る。すると、俺の目の前には楽しそうに話す男子二人組の姿があった。
一人は黒ぶち眼鏡のイケメン、もう一人は眼鏡はしていないがさらさらヘアの凛々しい顔のイケメン、なんでカッコいい奴同士でつるむかな。フツメンの俺が混ざると俺が残念な感じになってしまうだろう。
そう考えた俺は二人から少し距離を取ろうとした。
「同じクラスだなキョウヤ。今年もよろしくな!」
肩を組んだ黒縁メガネの男子が、嬉しそうな表情で隣の男にそう言った。
だがキョウヤと呼ばれた友人は、不満げな表情で腕を組んでいた。
「やはりDクラスか。これだけ入試の点数が取れていてもあからさまに下位クラスになるなんて、この学園は明らかに一般市民を差別している……」
「まあでもいいじゃないか、総合首席。クラスはDクラスでも、入学生代表の挨拶はおまえがやるんだから」
「当然だ」
盗み聞きするつもりはなかったが、二人の話が耳に入ってしまった。
どうやら彼らも俺たちと同じDクラスで、しかも一人は入試の成績が学年首席だそうだ。
俺は掲示板を振り返り、ちらりと成績表の点数を見る。一番成績の良い名前は紫村響哉と書かれていた。たぶん彼がそうなのだろう。
それにしても筆記テストも体力テストもどちらも高得点だ。まさに文武両道だ。
まあ体力テストは俺の方が少し勝っているけどね。
それにしても今の話によると、首席入学した彼は入学式で代表して挨拶しなきゃいけないのか。面倒くさそうだ。
そんなことを思っていると、数人の女子の集団がこちらに向かってやってきた。
「紫村キョウヤさんはあなたかしら?」
「……そうだけど?」
集団の真ん中にいる、少しウェーブのかかったロングヘアーの女子が紫村に声をかけた。
どうやらこの集団は彼女の取り巻きで、俺の目の前にいる紫村君に用事があるらしい。
関係ない俺はそそくさと後ろに下がろうとした時、彼女の口から謎の言葉が発せられた。
「私は九条光。新入生代表の挨拶は私が代わってあげるわ」
その言葉に驚いた俺は、思わず彼女を二度見してしまう。
なんでだ?なんでそんな面倒な役を自ら受けようとしているんだ?
そんな不思議な会話に引き付けられていた俺は、その場から立ち去ろうとしていたことを忘れ、二人の対応に釘付けになっていた。
「なぜ君と代わらなきゃいけないんだい?入試の首席は僕だよ」
「フフフ、筆記試験だけならあなたは私より点数が低いでしょ?筆記の首席は私なの。本来、学園とは学問を学ぶ場所でしょう?学年の代表は学力が最も優れた者が務めるべきではなくて?」
筆記試験首席?俺は掲示板を見ると、A組の一番最初に彼女の名前が書いてあった。
九条光 二五〇点。
うわぁ……満点じゃねえか。天才かよ?
そして次に我らがD組の首席の点数を確認する。
紫村響哉 二三七点。
どっちもすげえよ。なるほど、こりゃ首席争いになるわけだ。
ちなみに俺は二〇一点だ。
学園全体では最下位だし、今この二人と比べると差がありすぎて逆に何も感じない。
「新入生代表は筆記試験と体力試験の合計点の主席がやるきまりだよ。それに文句があるなら僕にではなく先生に言ってよ」
紫村は九条ヒカルのその言葉は許せなかったようだ。
真っ向から拒絶の言葉を伝えた。
「だからあなたに言ってるのよ。そういう決まりだけれど、あなたが自ら辞退すると言えば、教師も納得するのではなくて?」
「僕は辞退する気はないね」
「あら?筆記試験も体力試験もどちらも一位を取れていないのに、総合首席を名乗ってあなた恥ずかしくないの?」
「なんだって?」
そう言われた紫村は表情を変える。慌てて隣にいるメガネ君が彼を抑える。
「落ち着けキョウヤ」
確かに紫村キョウヤは、筆記も実技もバランスよく高得点のため総合一位だ。
だが筆記試験単体での一位がこの九条ヒカルなら、体力試験の一位は他ならぬこの俺なのだ。
もっとも、それで俺が代表挨拶をしたいかと言われれば話は別だ。
むしろ絶対に嫌だからな。
「あなたは成績は良くても心が未熟なようね。やはりしっかりとした教育を受けていないからそうなるのかしら?」
紫村君の動揺に九条ヒカルはニヤリと笑う。
このお嬢様煽ってくるね。かなり気が強い性格のようだ。そして言われた紫村君はこぶしを握り締めているところを見ると、心中穏やかではないようだ。
「ふざけるなよ!」
「あら?だんだん言葉遣いが荒くなってきたわね?本性が出てきたのではなくて?」
おそらく紫村がキレたら九条ヒカルの取り巻きが彼女を守るだろう。そしてそんな事になったら紫村は新入生代表を降ろされるどころか、下手したら退学になる可能性もある。あまり関わり合いになりたくないが、これは止めた方がいい。
そう思った俺が二人を仲裁しようと前に出ようとした瞬間、俺より先に早坂が動いていた。
「そんな意地悪な事言わなくてもいいじゃないですか?あなただって体力テストだけだったらもっとたくさんの人に負けてるんでしょ?」
「あら?あなたは?」
突然の早坂の闖入に、当事者の紫村と九条だけでなく、一連の流れを見守っていた周りの生徒たちも驚く。
「私はDクラスの早坂です。彼は代表挨拶を譲るつもりはないって言ってるじゃないですか?諦めてください」
「早坂さん、あなたには関係ないのではなくて?」
次の瞬間、九条の取り巻きが早坂を取り囲むように移動する。危険を察知したのか、早坂は俺に助けを求めてきた。
「ね、一ノ瀬君もそう思うでしょ?」
「フフッ……」
思わず笑ってしまった。
中学の頃も同じような事があったからだ。
早坂は面倒事を見ると放っておけない。
そしてなぜか、その後始末をするのはいつも俺だった。
俺は両手を前に出し、九条の取り巻き立ちを抑える。
「まあまあ、みんな落ち着いて!」
「あなた何がおかしいの?」
思い出し笑いしながら仲裁する俺に、九条ヒカルは不快感を感じてしまったようだ。
……ごめん。
「君たちもDクラスかい?たぶんこの女は貴族だ。君たちも貴族の横暴は許せないと思うだろう」
紫村が俺たちに話しかけてきたが、その言葉に取り巻きが嚙みついた。
「ヒカル様に『この女』とは何事だ!ヒカル様のご実家は九条公爵家だぞ!」
「だから何だというんだ!その態度が横暴だと言っているんだ!日本国憲法ではすべての国民は法の下で平等だと謳われているだろう!」
「建前はな!実際にこの国を支えているのは貴族だというのは事実だろう!」
「君がそれが分かっているならこの国の貴族支配は憲法違反だということだ!そしてそれに加担する君たちも間違っている!」
「なんだと!」
やばい、何かヒートアップしてきた。
周りの生徒たちもそれぞれ貴族派と反貴族派がいるだろう。このまま紫村が乱闘を始めようものなら、多くの生徒たちを巻き込むことになってしまうかもしれない。
俺は慌てて、この喧嘩は無意味だと伝える。
「まあまあ、代表挨拶なんて誰がやってもいいじゃないか!」
「「はあ……?」」
紫村と九条ヒカルの声がシンクロした。
こいつら意外と似た者同士のなのか?
「いやだから、そんな面倒な役をこの紫村君がやってくれるって言うなら、任せとけばいいんじゃないのか……?」
「何を言ってるんだ君は?貴族でない者が代表になるというのは異例のことなんだよ?そんな機会を僕から奪うというのかい?」
「代表挨拶というのは、その学年を誰が率いていくかという自己主張の場ですのよ。誰がやってもいいいなんてものではありませんわ」
突然二人の矛先が俺に変わる。……なんでやねん。
周りの生徒たちも怒りの表情を浮かべていた。
どうやら俺の仲裁は失敗したようだ。
これ以上どうやって説明したら分かってくれるだろうかと俺が思案していると、後ろから大きな声が響いた。
「何をしているんだ!」
ざわついていたその場の雰囲気が、その言葉で一変した。
その場にいる全員が、その声の主に視線を移す。
そして、生徒の一人が彼の事を呟いた。
「生徒会長……」
生徒会長、その呼ばれた男は、三年生だとしたら俺たちの2歳年上のはずだが、もっと大人びた印象を受けた。
背も高く体格も良い。その精悍な顔立ちは老けているわけではないが、俺たちと比べたら立派な大人に見えた。
「何をしているんだと聞いているんだ。ヒカル?おまえも関係あるのか?」
「お兄様……」
先ほどまでは強気だった九条ヒカルが何だかオドオドしている。兄と呼んだということはこの二人は兄妹なのだろう。
すぐに答えられない九条ヒカルに代わり、一人の取り巻きが答えた。
「カズマ様。ヒカル様はこの庶民に入学式の代表挨拶を代わってやると提案していたのです!」
「挨拶の交代?なぜだ?」
「それはヒカル様が……」
「お前には聞いていない。ヒカル!質問に答えろ。なぜお前が彼の代わりに代表挨拶をするのだ?」
「それは……」
そんな九条兄妹の会話に、紫村が割り込む。
「僕は代表挨拶を譲るつもりはない!例え生徒会長、あなたから命令されても、僕は学園側から代表挨拶をしてくれと言われたんだ」
「なるほど……」
九条兄は紫村を振り返り、彼をじっと見た。そして再び妹へと向き合う。
「……だそうだ。何か言いたいことはあるか?」
九条ヒカルは悔しそうで悲しそうな、複雑な表情を浮かべると兄からの問いに答える。
「何もありませんわ!」
そして身をひるがえすと、校舎へ向かって足早に歩いて行った。
取り巻きたちも慌てて彼女の後を追う。
妹が去ってゆくのを見送ると、生徒会長は両手をたたき、その場にいる生徒たちに声をかける。
「さあ、クラス編成が分かったものたちから教室へ移動するんだ!もたもたしていると入学式に間に合わないぞ!」
そこにできていた人だかりは、慌てるように移動してゆく。
生徒会長も、何事もなかったかのようにすぐに去っていった。
その後姿を、紫村とその友人のメガネ君が恨めしそうに睨みつけていた。
とりあえず場が治まってよかった。
……色々あったな、入学初日から。
ダンジョンに潜る前から問題児扱いとか勘弁してほしい。
俺はただ静かに学園生活を送りたいだけなんだが?
そんな俺の願いは、この時点ですでに手遅れだった。




