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東京ダンジョン学園  作者: 叢咲ほのを
第十二章 初期衝動-Initial Impulse-
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第213話 帰ってきた日常

「前公爵が辞めた?……って、貴族院総裁の役職をですか?それとも議員そのものをですか?」


「そのどちらもだ」


 俺の問いに公爵は答えた。

 あの傲慢で威張り散らしていたジジイが、議員を辞めた?そんなことが起こりうるのだろうか?あのジジイのことだから、権力の座には意地でもしがみつきそうなものだが……。

 俺が混乱していると、カズマさんも公爵に尋ねた。


「父さん、お爺様が辞めるなんて、そんなことあり得るのかい?」


 そうだ。俺もそんなことありえないと思った。

 驚いている俺たちの顔を見た公爵は、一度ほほ笑むと、ゆっくりと説明を始めた。


「順番に話そう。まず、昨夜一ノ瀬君と前公爵が口論になって、一ノ瀬君が怒って帰ってしまった後の話からだ」


・・・・・・・・


 一ノ瀬君が会場を立ち去っていくのを、一同は黙って見ていた。

 一ノ瀬君と同じ目的で来たはずの須佐隊員が一ノ瀬君を追わずに座っているのを見て、彼はこの後一ノ瀬君に有利になるような発言をするために残ったと私はすぐに判断した。

 そしてヒカルに、一ノ瀬君を追うように伝えた。

 ヒカルは頷くとすぐに一ノ瀬君の後を追いかけて行った。


 二人が会場から出て行った後、会場はざわついていた。

 そして苛立ちを隠せずにいた前公爵が、突然声を上げた。


「ばかばかしい。歴史ある貴族院議員があんな学生一人に振り回されおって!不愉快だ!ワシは帰る!」


 そう怒鳴ると、前公爵も会場を出て行った。

 会場に沈黙が訪れる。


 そして私は、ここが正念場だと判断した。


「皆様、お騒がせしてすいませんでした。多少のトラブルがございましたが、以上で毒消し薬事業説明会は終了とさせていただきます。この後懇親会として別室にて昼食の席を設けておりますが、そこでお食事をしながら皆様に相談したいことがございます。先ほど総裁との口論の際に少しお話しました、ポーションランクアップによる、高ランクポーションの大量入手についてのお話です。重要なお話となりますので、皆さまお忙しいとは思いますが、この後も全員残っていただくよう申し上げます」


 私の言葉にざわつく会場。

 ここで前公爵と一ノ瀬君を天秤にかけ、一ノ瀬君に付く方が有利だと全員に理解してもらわないといけないと私は思った。


 別室の宴会場で、おのおの運ばれる食事を食べてもらいながら、私は話を切り出した。


「お食事中にすいません。先ほどお伝えしたポーションランクアップについてのお話をさせてもらいます」


 私のその言葉に、食事をしていた一同の手が止まる。

 それだけこれがどれだけ重要な案件なのか理解していてくれているのが分かった。


「先ほど一ノ瀬君が言っていたように、彼はポーションをランクアップさせる方法を発見したという話です。ですが、このままではその知識が、国外に流出してしまう恐れがあります」


 全員が先ほどの一ノ瀬君と前公爵の口論の内容を思い出していた。


「皆様にはどうか、一ノ瀬君が国外に出てしまうことを止めるのに、ご協力願いたいと思っています」


 会場がざわつく。

 そうだ。ここで私は、具体的に何をどうするのかを、はっきりと宣言しなければいけない。


「つまり、私はポーションランクアップの国外流出防止のため、ここに九条総裁の更迭を求めます。皆様にはこれに賛同いただきたい」


 その場には、我々黎明会だけでなく、対立派閥である常盤会の面々もいた。

 常盤会は前公爵が総裁を務める派閥であり、その前公爵を裏切って一ノ瀬君に協力しろと私は言ったのだ。

 そして私の言葉に、常盤会の柴田伯爵が疑問を唱えた。


「九条公爵、果たしてそれは事実なのですか?ずっと聞いていましたが、ポーションランクアップなどという話は、私はこれまで聞いたことがありません。子供の妄想の可能性は?」


 柴田伯爵の疑問はもっともだった。

 私だって聞いたことがない話だし、ここにいる全員が同じだろう。

 そんな話を簡単に信じろと言われても困るのも分かる。

 だがそれでも私は一ノ瀬君を信じているし、そしてここにいる全員にも信じてもらわないといけない。


「事実です。実際に、私は彼から頼まれて複数個のランク3ポーションを自衛隊に販売しております。石見いわみ防衛大臣ならご存じかもしれませんが」


 私にそう言われた石見大臣は、一同の注目を浴び慌てて答える。


「わ、私は細かい部分まではなんとも、今すぐ統合幕僚長に問い合わせてみます!」


 そう言って携帯電話を取り出す。

 そこに須佐隊員が手を挙げた。


「石見防衛大臣、発言をお許しください」


「須佐一尉……」


「皆様、私は陸上自衛隊、迷宮探索部隊所属、一等陸尉須佐タツノリと申します。先ほど九条閣下が言われたことは事実です。そして一度に多くのランク3が流出したことについて、私は出どころを調査するよう情報部の真田二佐より任務を承っております」


 須佐隊員の言葉に、高校生の与太話ではなく、一同は話の真実味を感じ始める。

 だが、柴田伯爵はまだ信じられないようだ。


「ほ、本当に彼がそれを集めたという証拠は?誰か他にランク3を集めていた黒幕がいるのではないか?例えば彼の両親が高ランク探索者で、家から勝手に持ち出したとか?それに彼の持ってきたポーションが本物だという根拠は?もしかたらニセモノかもしれない。だとしたらそれに踊らされている私たちは滑稽でしかないだろう?」


 確かにいろいろな可能性は考えられる。

 彼らに信じてもらうには何か決定的な一言が必要だ。


「柴田伯爵。私は一ノ瀬君を信用します」


 その時声を上げたのは、億本伯爵だった。


「億本伯爵?何か信用に足る理由があるのか?」


「私の娘は昨年交通事故に合い、長く歩けずにいました。ですが一ノ瀬君と同じ東京ダンジョン学園に通い始めた息子が、九条ヒカルさんを通じて一ノ瀬君の手に入れたランク3ポーションを譲ってもらったのです。そのポーションによって娘の怪我は完治し、現在復学し健康に過ごしています。私は娘を救ってくれた一ノ瀬君を支持します」


 億本伯爵は常盤会の中でも有力者だ。

 彼の言葉に常盤会の一同も心が揺らいでいた。


「だとしてもだ、それがどれくらいの量をどれくらいの頻度で入手できるのか?現在の日本の高ランク探索者だってランク3ポーション集めを専門で行えば、それなりの数を入手することができるだろう。彼をそこまでしてかばう必要があるのか?」


 そんな柴田伯爵の疑問には、須佐隊員が答えた。


「お答えします。詳細は伏せますが、彼の話では、彼一人ではなく、ある特定の探索者であればだれでもランクアップを行えるという話です。そして同時に、理論上今日彼がお見せしたランク4以上のポーションを作成することも可能であるということでした」


「まさか?そんなことが?」


「現物を用意すれば信じてくれるというのであれば、一週間以内にランク5、もしくは6のポーションの現物を持ってまいります。もちろんそれは一ノ瀬が協力してくれることが前提ですが……」


「ランク6だと……?」


 聞いたこともない高ランクの話をされ、さすがの貴族院議員たちも言葉を失っていた。

 それも立場のしっかりとした自衛隊の高レベル探索者の須佐隊員が言っているのだ。

 億本伯爵が柴田伯爵を説得する。


「柴田伯爵。これは信じざるを得ないでしょう?そしてこの知識が海外に流出してしまっては、国益を損なうことになります」


「し、しかし……九条総裁は国王陛下の覚えも良く、総裁に逆らったとなれば陛下から何と言われるか……」


 柴田伯爵は、前総裁だけでなく、その後ろ盾である国王陛下への影響も恐れていた。


「だからこそです。全会一致で総裁の更迭を決定すれば、誰か一人が責任を取る必要はなくなるのです」


 私の最後の言葉に柴田伯爵も頷いた。

 影響力の強さもあっただろうが、その横柄さに常盤会でもやっかいだと思われていたのだろう。

 それ以上反対する者はいなかった。


・・・・・・・・


「そして今朝、私は議員会館総裁室を訪ね、父に自ら議員辞職するか議会で更迭を議決してもらうか選んでもらってきた。まあプライドの高い父は、更迭されると分かって潔く辞職を選んだがね」


 公爵の説明を聞いて、俺は何と言っていいか分からなかった。

 俺みたいなただの学生に対して、国家のお偉いさんたちがそこまでしてくれたなんて。

 すると公爵が俺に尋ねる。


「まさか私が一ノ瀬君を見捨てるとでも思ったのかい?だとしたら心外だな。娘の恩人に対してそんなことできるはずがないだろう?」


「いえ、そんなことは……、でもたかだか俺のために、前公爵を失脚までさせてしまうなんて……」


 そこでカズマさんが口を開いた。


「父さん、どさくさに紛れて、邪魔だったお爺様を辞めさせたんだろう?一ノ瀬、君が責任を感じることじゃない」


「え?」


 驚いて公爵の顔を見ると、公爵はフッと笑って説明をした。


「ああ。折角爵位を取り上げて失職させたのに、陛下が復職させてしまったものだからね。どうやって引きずりおろそうか常々考えてはいたのさ。君はそのきっかけになったにすぎないよ」


 どうやらこの親子の確執は、俺の想像以上だったらしい。

 それにしても……


「そうか……俺は学園を辞めなくていいんだ……」


 少し前まで学園を辞めて日本から出て行かなくてはいけないと思っていた、その緊張感の糸が切れた。

 俺は全身に脱力感を感じていた。


「そうだ。だから申し訳ないが、ポーションランクアップ方法については共有させてもらわなくてはならなくなったがね」


「それはこちらからもお願いします。そうするように須佐さんからも言われていましたから」


 そこで須佐さんの事も思い出す。

 須佐さんにはポーションランクアップの方法は教えてあった。だから俺が国外に行っても須佐さんがいれば日本でもポーションランクアップはできるはずだ。

 だけど須佐さんは俺を守るために、知らないふりを貫いてくれていた。

 須佐さんだけじゃない。億本伯爵もだ。

 億本伯爵は九条公爵とは対立派閥の人間だ。なのに先頭を切って俺を支持する発言をしてくれた。万が一他の議員が反対したら、伯爵の地位も危うくなっていたかもしれないというのに。


「本当に……俺っていろんな人に助けられてしまいましたね」


 そして何よりこの九条公爵だ。

 日本の貴族の最上位である八大公爵家の一人。そんな地位の高い人が、こんな庶民の学生のために尽力してくれた。

 本当に感謝してもしきれない。


「何を言っているんだ一ノ瀬君。全て一ノ瀬君の行動が招いた結果だよ」


「え?俺の行動?」


 公爵の言葉に俺は戸惑う。


「そうだよ。須佐さんとの信頼関係も君が築いたものだろう?億本伯爵の娘さんを助けたのも君のポーションだろう?そして私の娘の力になってくれたのも君だ。皆君に恩返ししているだけだよ」


 公爵に言われて俺はあっけにとられる。

 どれも何となく俺がやってきたことだ。別に見返りを求めてやってきたことじゃあない。俺がやりたいように、後悔しないようにやってきただけのことだったからだ。


「カズマや紫村君もそうだろう?一ノ瀬君に感謝していて、恩返しをしたくて少しでも力になればと付いてきたのだろう?もっと自分の行動を誇ってもいいと思うよ」


 俺は言われて左右に座るカズマさんと紫村の顔を見る。

 俺は一匹狼だし、誰かと特別親しくなれるようなタイプではないと思っていた。

 でも俺はこの学園に入って、いろいろな縁を繋いでこれてきたようだ。


「ともかく良かったじゃないか一ノ瀬君!」


「そうだそうだ!本当にどうしようかと思ったが、何事もなく済んでよかった!」


 左右から紫村とカズマさんにそう慰められる。

 俺のことをこんなに喜んでくれて、本当に嬉しい。


「まあそういうことだ。時間を取らせて済まなかったね。授業が始まってしまう前に教室に戻らないと」


「あ、そうですね。すいません。本当にありがとうございました!」


 俺は立ち上がり、公爵に深く頭を下げた。

 三人で応接室を出ると、急に現実味が湧いてきた。

 もう学園を辞めなくていい。

 だとすると探索も続けられるということだ。

 新宿ダンジョンでは第八階層まで進むことができた。次の目標は第八階層主の大木人、大型ウッドゴーレムを倒すことだ。


「カズマさん、第八階層主の倒し方ってありますか?」


「何?おまえもうそこまで進んだのか?ウッドゴーレムは火魔法が弱点だから、私は余裕だったんだが、スキルがないのであれば持久戦だな。特に第八階層主はカンフーの動きをするので、かなり厄介だろうな」


「一ノ瀬君、もうダンジョンのことを考えてるの?」


 俺の言葉にカズマさんが答え、紫村が呆れる。


「そりゃあそうだろう?だって学園を辞めなくていいっていうことは、探索を続けられるということだからな」


「一ノ瀬君らしいや」


 紫村を呆れさせた時、廊下に大きな声が響いた。


「一ノ瀬ー!こんなところにいたか!」


 その声の主は、如月メイだった。

 その声は怒りに満ちている。


「メイ、やめなさい!」


 メイの後ろにはヒカルもいた。

 どうしたのだろう?


「きさま!昨日ヒカル様と二人でラーメンを食べに行っただと!」


 その言葉に俺は脱力してしまう。

 何でそんなことで怒っているのだろうか?

 すると、俺の肩に重みを感じる。カズマさんが腕を乗せてきたからだ。


「一ノ瀬?どういうことだ?」


 冷静を装っているが、目が笑っていなかった?


「どういうって、そのままですよ?前公爵と揉めて昼食を食べ損なったんで、ヒカルさんを誘ってラーメン食べてから帰っただけですけど……」


「結婚前の令嬢と二人で食事だと?」


 カズマさんのおでこに血管が浮かんでいる。


「いや、別に飯食っただけでしょ?どこにキレるポイントがあるんですか?」


「きさま!私ですらヒカル様とラーメンを食べたことなどないんだぞ!」


 メイも怒るポイントが分からない。


「もう!二人とも一ノ瀬さんに迷惑をかけないで!」


 ヒカルも戸惑っている。


「迷惑?そうじゃない。一ノ瀬にどういうつもりか聞いてるだけだ」


「カズマ様、ヒカル様が初めて食べたラーメンがおいしかったと嬉しそうに言っていたのです」


「ほーう……」


「だから、この二人は!お嬢のことになると人が代わりすぎだっつーの!」


 俺が二人のボケにツッコミを入れていると、紫村がヒカルに話しかける。


「君の婚約が解消されたとしても、この二人がいたら結婚するのは大変そうだね……」


「ええ……困ったものですわ」


「見てねえでこの二人を止めろよ!」


 ひどく騒がしいが、俺の日常が帰って来たのを感じた。

 俺のこの、東京ダンジョン学園の生活は、もう少し続くみたいだ。

 にぎやかさに思わず笑えてきた。


「フフッ……」


「何がおかしい!」


「そうだそうだ!」


 カズマさんとメイがそれぞれ俺の笑いに突っかかってくる。


「分かった!今度皆でラーメン食いにいこうぜ!俺のおごりだ!」


 俺は後悔しないように生きるのだ。




 東京ダンジョン学園 ー第一部完ー

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