第2話 スライム
今のドロドロは明らかにあれだった。RPGなどに出てくるやつだ。そう、スライムだ。ゲームの中よりドロドロしていたが。
叩いて消えたということは、倒せたのだろう。粘液状の物体だったから打撃が効かなかったら絶望的だったが、1発叩いただけで倒せたのだ。ゲームの中だけでなく、現実でもやはりスライムはザコなのだ。
頭が混乱しているからだろうか?そんなわけのわからないことを考える。
スライムを倒した後に落ちていた石に価値があるかどうかわからないが、とりあえず拾ってポケットに入れた。それは1cmくらいの大きさの球状で石のように硬かった。ただの石かもしれない。
それにしても足の痛みがひどい。やはり歩くにはきつい。両手片足で這って移動しようとしたが、折れた足を引きずると痛みが走る。
「誰かー!助けてくれー!」
そこで俺は自力で助かるのをあきらめ、救援を呼ぶことにした。
俺以外のだれかがこの近くにいるかもしれない。
そもそも俺はなんでこんなとこにいるんだ?ラーメン屋の前で腹を刺されたんじゃなかったか?
もう一度刺されたはずの腹部をさする。そこに刺された跡は何もない。
「何なんだ?」
やはりまだ状況を把握しきれない。
とにかくここから早く移動して足の治療を受けたい。助けを呼ぼう。
「誰かー!」
声が返ってくる気配はない。
誰もいないのだろうか?
よく考えたらさっきのスライム以外にも何か危険な生物がいるかもしれない。だとしたら大きな声を上げるのは危険かもしれない。
そんなことを考えたときだった。
再び岩陰から黄色い粘液が姿を現した。
色違いのスライムだ。
強そうなやつではなくスライムでよかった。
そう考えながら木刀を強く握りしめる。
するすると地面をすべるようにこちらに向かってくる黄色いスライム。
先ほどと同じように木刀が当たる距離に入った瞬間に強くたたく。
バチっと当たった感触はあったのだが、先ほどと違って一撃で消えることはなかった。
危険を察知し俺は体を転がしてスライムを回避する。
こっちへ突進してきたスライムが、わずかに俺の服の袖をかする。
じゅっという音がした。
スライムがよけた俺を通過し少し離れた位置まで行ったのを確認した後、音がした袖を見るとふわっと白い煙が上がった後に袖に穴が開いているのが分かった。
「溶けた?」
スライムって溶解性なのか?
溶かして獲物を捕食するということか。なんとなく納得はするが、それにしても一瞬で服を溶かすほど酸が強いなんて、スライムはザコじゃなくて実は非常に危険なのでは?
そしてさっきの水色いやつは一発叩いただけで消えたのに、こいつは叩いても死ななかった。色違いだし、もしかして上位種というやつなのか?
この時、俺の心の中は、恐怖感以上にゲームをしているかのような興奮を覚えていた。
再び黄色いスライムがこちらへ向かってくる。
俺は木刀で一撃、二撃と攻撃を与える。
避けるのに失敗すると、スライムが服だけでなく皮膚にも触れてしまう。
熱い!という感覚の後、肌が溶けて火傷した痛みを感じる。
何度かそんな攻防を繰り返した後、黄色いスライムは消滅した。
勝ったのだ。
そしてそこにはおよそ直径1センチほどの小さな鮮やかな青色の玉が落ちていた。
俺は息を整え、それを拾いあげる。
さっきの硬い黒い玉と違い、青い玉はグミのように少し柔らかくて、そしてその表面には数字の『4』と書かれていた。
「さっきと違うな……」
さっきは真っ黒だったが、今度はきれいな色をしているし、なぜか数字が明示されていた。
食べれそうな気がしたが、拾い食いはどうかと思いこらえる。
さっきと同じように、この青い玉もポケットに入れる。
それにしてもさらに怪我がひどくなってしまった。
着ているつなぎはところどころ穴だらけになってしまい、さらに左腕、脛には火傷を負ってしまった。
痛い。傷口を水で洗い流したい。これは傷痕が残ってしまうだろう。
足の痛みも我慢の限界だ。痛み止めが欲しい。
先ほどの戦闘の高揚感が消えると、とにかくつらい気持ちでいっぱいになってきた。
このままさっきのスライムに何度も襲われたら、死んでしまうかもしれない。
そんな不安が頭をよぎった時、背にした斜面の上の方から人の気配がした。
スライムかと思い慌てて身をひるがえす。
「おーい!大丈夫かー?」
斜面の上から聞こえてきたのは、人の声だった。
九死に一生を得たと、俺は助けを求める。
「助けてくれー!足を折って動けないんだ!」
しばらくして、斜面に縄梯子がかけられて、俺と同じようなつなぎにヘルメットをかぶった男が下りてきた。
助かったと、俺は安堵した。
「ひどいけがだな」
男は俺のありさまを見てそうつぶやく。
骨折や服の汚れはまだしも、先ほどのスライムにやられたボロボロに空いた穴は人に見せられたものではない。また空いた穴の下の皮膚は赤くただれている。しっかり確認していないがひどい怪我だ。顔にやけどを負わなかっただけでも不幸中の幸いだと思う。
「悪い、まさか第一階層でしかも初日にこんな大けがをするやつが出るとは思わなかったんで、ポーションの手持ちがないんだ。どうしよう、ポーションを取りに行くまで待っていられるか?」
「ポーション?」
「ポーションだよ。昨日授業で説明しただろ?」
「授業?すいません、頭を打ったみたいで怪我をするまでの記憶がないんです……」
「何?記憶障害か?頭も打ったのか?そうか。ポーションというのはあれだ。魔物がドロップするジェムの中でも青色をしたもので、口に入れると怪我が治るんだ。もしかしておまえ持参していないか?生徒の中には第一階層でも念のためにポーションを買ってお守り代わりに持っている者もいるらしいが」
「生徒?……青いジェム?」
不可解な単語が続くため、さらに混乱してしまうが、その中でも心当たりがあるものに気が付いた。
俺はポケットをまさぐる。
「青いジェムって、これのことですかね?」
先ほど黄色いスライムを倒した時に現れた青い球だ。
「そうそうそれだ!なんだポーションを持ってるなら、それを飲んでさっさと怪我を治してしまえばよかったのに」
「これはさっき黄色いスライムを倒して拾ったばかりなんです」
「そうか。え?黄色?ん?もしかしてポーションのランクは何って書いてある?」
「これを飲めば怪我が治るんですよね?ランクってこの数字ですか?4です」
ポーションという初めて聞く言葉やこの男の説明に、俺は何の疑いも抱いていなかった。
男にポーションの数字を見せた後、俺は迷わず口の中に入れた。
「ランク4ポーション?!」
男は目を丸くして驚いていた。
ポーションを飲み込んだ俺の体に、何か不思議な力がみなぎるのを感じた。
「おお?」
折れた足や、火傷した皮膚に熱を感じる。これが怪我が治っていく感覚なのか?
そしてその感覚はすぐに消え、怪我をしていた箇所を見るとみるみる元通りになっていた。
そんな自分の体の治癒してゆく光景に驚いていると、頭の中も冴えてくるのを感じる。
ぐるぐると記憶がよみがえってくる。
そう、俺が怪我をするまでの記憶を思い出したのだ。
そうだ、ここはダンジョンの第一階層。俺たちは今日初めてダンジョンへと潜ったのだ。
そして自分が何者であるかも思い出した。
俺の名は一ノ瀬獅郎、ここダンジョン学園の新入生の、15歳だ!
久しぶりに新作の執筆を始めました。
第一章(全33話予定)は、完結まで毎日21時に更新していきます。
よろしくお願いします。