第194話 レベル上げの誘い
翌日、ヒカルがD組の教室までやって来た。
以前は、A組の級長がわざわざこんな場所まで何しに?とざわついていたんだが、最近はヒカルが教室まで来ても誰も騒がなくなったな。
「一ノ瀬さん。これ……お父様から預かってきましたわ」
ヒカルはそう言って、『一ノ瀬獅郎様』と表書きが書かれた、銀の箔押しが施されたいかにも高級そうな封筒を俺に手渡す。
中を開けてみると、『毒消し薬事業説明会ならびに晩餐会のご案内』と書かれた招待状が入っていた。
「ああ、例の説明会の招待状か。わざわざ悪いな」
ヒカルは俺の顔を覗き込むようにして、申し訳なさそうに口を開いた。
「……昨日、お爺様に会ったんですってね。お父様から聞いたわ。その、すごく失礼なことをしたみたいで……本当にごめんなさい」
「いや、お嬢が謝ることじゃないだろ。……まあ、確かになかなか癖の強い人だったけどな」
俺が苦笑いしながら答えると、ヒカルはさらに肩を落とした。
「お爺様、昔からそうなの。自分の価値観が絶対で、特に私……女が探索者になるなんて、家系の恥だと思ってる。あの人にとって私は、ただの政略結婚の道具でしかないのよ」
自嘲気味に笑う彼女の瞳には、諦めに似た色が浮かんでいた。
俺は昨日のジジイの「女のくせに」という言葉を思い出す。……やっぱり俺は、ジジイの考え方が気に食わない。
「なあ、お嬢」
「え?」
「今週末、空いてるか? もし良かったら、一緒に新宿ダンジョンまで探索に行かないか」
唐突な誘いに、ヒカルが目を丸くする。
「それって、私をまたレベリングしてくれるってこと?」
「ああ。あのジジイ……いや、総裁だっけか。あいつ、お前のことを散々バカにしてただろ。女のくせにとか、なんとか。俺、あれが最高に気に入らないんだよ」
俺は、彼女の目を真っ直ぐに見据えた。
「だからさ、強くなろうぜ。アイツがぐうの音も出ないくらい圧倒的に、誰の目にも明らかな実力を見せつけてやるんだ。アイツが後生大事に抱えてる『伝統』なんて理屈を、お前のレベルで粉砕してやろうぜ」
「……お爺様を、見返す?」
「そう。お嬢にはその才能がある。俺が協力するから、アイツの鼻をあかす手伝いをしてくれないか」
ヒカルは驚いたように固まっていたが、やがてその瞳に小さな、けれど熱い火が灯るのが見えた。俯いていた顔がゆっくりと上がり、唇が震える。
「……いいの?一ノ瀬さん、あなたも忙しいのではなくて?」
「別に、俺が好きでやってることだから気にするな」
「私も、先日入手した魔法スキルがどこまで通じるか、早く試してみたかったの。一ノ瀬さんが良ければお願いするわ」
そう言ったヒカルの顔から、覚悟が決まったことが見て取れた。
「よし!決まりだな。それじゃ今週末できるだけレベルを上げて、再来週の懇親会で報告してやろうぜ」
「ありがとう一ノ瀬さん。でも、それならちゃんと正当な報酬を払わせてもらうわ。あなたの貴重な時間を拘束するんだから」
生真面目な提案に、俺は思わず吹き出した。
「ハハ、金なんていらないよ。友達からレベリング代を取るわけにはいかないだろ?」
「友達……」
ヒカルがその言葉を噛みしめるように繰り返す。
白いの頬が、ほんのりと赤く染まった。
「お前だって、友達に協力した後にお金寄越せなんて言わないだろ?」
「フフ……そうね。」
「ああ。それとも、俺と友達なのは不満か?」
「……ううん、全然! むしろ、その……すごく、嬉しいわ」
はにかむように微笑んだヒカルの顔から、ジジイの話をしていた時の陰りは消えていた。
「それにしてもあなた、早坂さんたちや、紫村さんたちの事もレベリングしたんでしょ?それに私まで。いくら友達だからって言っても、何でそんなに他人のために一生懸命になれるの?」
確かに言われてみればおかしなことかもしれない。
ユノたちだって、本当に嫌ならレベリングを断ることができた。だがユノから「一緒に行きたい」と言われた時、本音を言うとそんなに嫌じゃなかった。
紫村たちに関しては俺から提案したし、お嬢にしてもそうだ。友達のためというよりも、俺がみんなのレベルを上げたい気持ちなんだよなあ。
俺は少し考えて、ふとこの感情の正体に気がついた。
「ゲームでさ……」
「ゲーム?」
「仲間のキャラも育てるじゃん?仲間によって得意な事があって役に立つ時があるし、そもそも仲間も育てるのも楽しいじゃん?みんなのレベリングを手伝ったのは、友達だからというよりもそういう理由かな」
俺はどや顔でそう答えた。
よく分からないけど、ヒカルの顔から表情が消えていた。
……あれ?俺、何かおかしなこと言っちゃった?




