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東京ダンジョン学園  作者: 叢咲ほのを
第九章 遅咲きの雷 -Late Blooming Thunder-
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第148話 遅咲きの蕾

 紫村が沼部に勝利した。

 レベル1の紫村が、レベル2でスキル『剛力』を持つ沼部に勝ったのだ。

 その事実に、第二剣術部のみんなは喜びに沸いていた。


 みんなは驚きの声を上げているが、実を言うと俺は紫村の勝利を確信していた。

 レベル1の時にレベル4のハッチーを圧倒したイオリが、卓越した技術はレベルを超越することを証明してくれた。

 そして俺が迷宮を探索している間、紫村が地味な基礎練習を毎日続けていたことを知っている。紫村の基礎力は本物だ。

 逆に沼部も毒島も、昨日も磐座に怒られたと言っていたし、暇さえあれば紫村への嫌がらせをしている。要するにこいつらはしっかり剣術の修行をしていないということだ。それは佇まいを見ても一目瞭然だった。こいつらは口だけで弱い。

 だとしたらレベル差が一つくらいだったら、絶対に紫村が勝つのは分かっていたのだ。

 だから俺は紫村の汚名返上のために戦うように促したし、俺の予想通りの結末になった。そこに驚きなどなく、当たり前の結果に帰結しただけの話だ。


 仲間たちから称賛の声を浴びている紫村に対し、起き上がった沼部が憤りの声を上げた。


「もう一回!もう一回勝負だ!さっきのはたまたまだ!」


 地面から立ち上がった沼部が、再び木刀を構える。


「おいおい、もう決着ついただろ?」


 俺が止めようとすると、紫村が首を横に振った。


「いや、いいよ一ノ瀬君。沼部君がそう言うなら、僕は受けて立つ」


 紫村の目には迷いがなかった。

 もう大丈夫だ。こいつは自信を取り戻している。


「分かった。それじゃ二回戦、始めっ!」


 俺が合図を出すと、再び二人が動き出す。

 だが、結果は同じだった。

 いや、今度は紫村の方が余裕すら感じられた。

 カンッ、カンッと木刀がぶつかり合う音が響く。

 沼部が力任せに攻撃するが、紫村は正しい姿勢で全て受け止める。

 そして隙を見て一撃。

 バンッ!


「一本っ!」


 また紫村の勝利だ。


「くそっ!たまたまだ!もう一回!」


 沼部がまた立ち上がる。


「いや、完敗だろう?」


「うるさい!俺は納得いかないんだ!」


 三回戦が始まった。

 そして——またしても紫村の勝利。


「もう一回!」


 そして次の紫村の攻撃は、鳩尾にめり込む突きだった。

 見るからに、防具の上からでも痛い一撃だ。


「ううううう……」


 沼部は胸を押さえながらうずくまる。

 俺は呆れながら思う。

 学習しねえな……。


「それで、次はどうすんだ?」


 俺は毒島の方を向いた。


「次は毒島、お前だよな?」


 毒島の顔が一瞬引きつる。


「ば、バカ言うな!僕の『動体視力強化』は最強すぎてレベル1のお前じゃ相手にならない。同じレベルじゃないとな」


 おいおい、逃げる気か?


「フェアな勝負というものがあるだろう!」


 毒島が必死に言い訳をする。

 その様子を見ていた千堂が、静かに前に出た。


「じゃあレベル2の僕が相手をしよう」


「え?」


 毒島が驚いた顔をする。


「僕もレベル2だ。フェアな勝負だろう?」


 千堂の目が真剣だった。

 ああ、こいつは紫村のためにも毒島を倒したいんだな。


「い、いや、別に僕は……」


「どうした?自分で同じレベルじゃないとって言ったんだろ?」


 俺が煽ると、毒島は引くに引けなくなった。


「畜生!分かったよ!相手してやるよ!後悔するなよ!」


 毒島が渋々木刀を構える。


「おいおい防具は?」


「そんなもん必要ない!」


「では僕もこのままやろう」


 千堂も静かに構えた。


「始めっ!」


 俺の合図とともに、二人が動き出す。

 だが——勝負は一瞬で決まった。

 毒島が木刀を振り上げた瞬間、千堂はすでにその懐に入っていた。


「えっ?」


 毒島が驚く暇もない。

 千堂の木刀が毒島の胴を捉える。

 バンッ!


「一本っ!」


 あっという間だった。

 あまりに余裕で千堂は手加減をした一撃を打っていたため、毒島は何が起こったのか分からないという顔をしている。


「な、何だ今の……?」


「もう一回やるか?」


 千堂が静かに尋ねる。


「く、くそっ!もう一回だ!」


 毒島が再び構える。

 だが——結果は同じだった。

 バンッ!


「一本っ!」


 二回目も千堂の圧勝。


「もう一回!」


 三回目。

 バンッ!


「一本っ!」


 四回目。

 バンッ!


「一本っ!」


 五回目で毒島は地面にへたり込み、肩で息をしている。


「どうして……どうして僕の動体視力が通用しないんだ……」


 毒島が呆然とつぶやく。

 千堂が静かに答えた。


「君の動体視力は確かにすごいのかもしれない。でも、見えたからって避けられるわけじゃない。技術がなければ意味がないんだよ」


 その通りだ。

 いくら動きが見えても、体がついていかなければ意味がない。

 そして千堂は基礎からしっかり練習してきた。正しい姿勢、正しい足運び、正しい剣の振り方。

 その全てが、ド素人の毒島を圧倒したんだ。


「それじゃ約束通り、お前たちより優秀な俺たちが校庭で練習することに文句はないな」


 そんな俺の言葉に対し、毒島は立ち上がって睨みつけてきた。


「ふざけるな!バカにしやがって!もう許さん!パパに言いつけて廃部にしてやるからな!貴族の力をなめるなよ!」


 捨て台詞を吐く毒島。

 とんだ逆ギレだ。頭が悪すぎて約束を忘れたのか?

 と、その時だった。


「あら、それは困りますわ」


 涼やかな声が響いた。

 振り返ると、そこにはヒカルが立っていた。


「仮部員の私の練習する部活がなくなってしまいますわ」


 ヒカルが優雅に微笑む。


「九、九条さん!?」


 毒島が驚愕の声を上げた。


「どうしたお嬢?」


 俺がヒカルに声をかけると、ヒカルは俺の方を向いた。


「あなたに相談があって。私に適した部活がなかなか見つからないの、何かアドバイスをもらえないかしら?」


「部活?」


 俺とヒカルがそんな雑談をしている間、毒島はオロオロとしていた。

 毒島はさっき自分のことを男爵令息だとイキっていた。

 だがお嬢は公爵令嬢。どちらの立場が上かは明白だ。

 公爵令嬢が仮部員の部活を、男爵程度が廃部にさせることなんてできるはずないだろう。


「くっ、行くぞ、沼部!」


「う、うん……」


 毒島と沼部は、そそくさとその場を離れていった。

 二人の背中が見えなくなったのを確認してから、ヒカルが小さく笑った。


「行きましたわね」


「ああ、助かったよお嬢」


「いいえ、私こそ。面白いものを見せていただきましたわ」


 ヒカルが紫村の方を向く。


「紫村さん、見事でしたわ。レベル1でレベル2に勝つなんて」


「あ、ありがとう、九条さん」


 紫村が照れくさそうに頭を下げる。

 すると、紫村の顔からポツリと水滴が落ちた。

 え?

 思わず紫村の顔を見ると、うつむいたその瞳からは涙が零れ落ちていた。

 千堂が紫村に歩み寄り、その涙を隠すように肩を抱いた。


「よくやったキョウヤ。お前のおかげで第二剣術部は守られた」


 しばらくの沈黙の後、紫村は言葉を振り絞って言った。


「ありがとう、マモル。そしてみんな、ありがとう。学園に入ってから、ずっと上手くいかないことばかりで、自信をなくしていたんだ。でも僕の努力は間違っていなかった」


 試合に勝利し、それまで抱えてきていた思いがあふれてしまったようだ。

 みんな黙ってその紫村の言葉を聞いていた。

 紫村は涙を拭き、こらえながら言葉を続けた。


「僕はみんなからずいぶん遅れてしまった。でもここからもう一度頑張る。遅いスタートだけど、世界一の探索者になる夢はまだ諦めてないんだ」


 するとハッチーが紫村へと歩み寄り、声を掛けた。


「胸を張れ紫村。おまえはまだ諦める必要はない。俺など見てみろ、二年になって一からやり直さなきゃいけないのだぞ」


「ハハ!」


 俺は不謹慎にも笑ってしまう。二か月目でもレベル2になれないと悩んでいた紫村だが、二年生になって第二剣術部でやり直しているハッチーの方がよほど時間を無駄にしてきたと思ってしまったからだ。

 笑う俺にハッチーはにやりと笑い返してきた。そして紫村に伝える。


「紫村、俺たちは遅咲きの蕾なのだ」


「遅咲きの蕾……?」


「そうだ。みんな先に咲いているからと言って焦る必要はない。咲いてなくても花は花だ。いずれ俺たちも心に大輪の花を咲かせてやろうじゃないか!なあ?ハハハハハ!」


 そう言ってハッチーは豪快に笑う。


「咲いてなくても花は花……」


 紫村はハッチーの言葉を繰り返す。

 確かに紫村のユニークスキル『雷魔法』の可能性、そして基本に忠実に毎日修行している剣術、こいつはいずれ大輪の花を咲かせるだろう。

 こいつはもう大丈夫だ。きっと強くなる。

 俺はそう確信をした。


「八戸先輩、ありがとうございます。そして一ノ瀬君、ありがとう。君のおかげで僕は自分を取り戻せた気がするよ」


「え?俺のおかげ?そ、そんなことねえだろ?最初からお前自身の問題だよ。悩みを乗り越えたのもお前自身の力だよ」


 すると千堂が俺に言った。


「フッ、照れているのか?」


「は?違うし?」


 そして紫村は言葉を続けた。


「一ノ瀬君。これからはこれまで以上にもっと努力をするよ。そしていつか君に追いついてみせるよ」


 紫村は高らかにそう宣言した。

 俺に追いつく……、今はレベル差があるから俺の方が圧倒的に強い。だがもし紫村が同じレベルになったとしたら?

 しっかりとした剣術の基礎のある紫村と、でたらめな俺。どちらが強いかは明白だ。


「お、同じレベルになったら俺に勝ち目がなくなるから、そんなに頑張らなくてもいいんじゃないかな?」


「ワハハハハ!」


 俺の言葉に第二剣術部のみんなから笑いが起きた。

 いや、本当に勘弁してほしい。


 -第九章完-

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面白いです。 気付いたら一気に最新話まで読んでました。
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