第135話 紫村キョウヤ4 陰湿ないじめ
朝の下駄箱で、僕は思わず立ち止まった。
いつもの場所にあるはずの上履きが、どこにも見当たらない。
「……?」
昨日の放課後、確かにここに入れた。間違いようがない。
だが、靴箱の奥にも、下段にも、影はない。
ふと見上げると、一番上の段に見覚えのある布の色がちらりと覗いていた。
届かない位置。腕を伸ばしても、指先がかすりもしない。
椅子を持ってこようと踵を返した瞬間、背後から声がかかった。
「あれ? そこにいるのは紫村君じゃないか。靴探してるの?フフフ……」
毒島君だ。
いつもの薄ら笑い。こちらの反応を楽しむような目つき。
「レベル1だと、棚の上まで届かないのか? 成長が遅いと大変だね」
自分の方が背が低いくせに、何を言っているのか?
おそらく僕の靴を隠したのは彼だろう。彼の友人の背が高い沼部君にやらせたのだ。
毒島君は嫌味を言い終わると、わざとらしく肩をすくめ、僕の横を通り過ぎていく。
僕は返事をしなかった。無視したわけではない。言葉が出なかったのだ。
椅子を持ち出し、黙って靴を取る。
イラつきとも悲しみとも思える感情がわく。
だが、そこで終わりではなかった。
彼の嫌がらせは始まったばかりだったのだ。
・・・・・・・・
廊下を歩いていると、すれ違ったB組の生徒たちが、わざと聞こえる声量で囁いた。
「あ、レベル1だ」
「マジかよ、まだ上がってないってさ」
「D組の足引っ張ってるって噂だぞ」
嘲りを隠そうとしない、そんな会話。
僕は俯き、足を速めた。
言い返せば炎上するだけだ。彼らが求めているのは僕の反応だ。
そうわかっていても、胸の奥が痛む。
──大丈夫。気にするな。
そう自分に言い聞かせながら、教室へ向かった。
・・・・・・・・
教室に入ると同時に、教室内のみんなの視線が僕に集まる。
何事かと思い驚くが、誰もがひそひそと話すだけで僕に声を掛けてこないので、仕方なく教室の中に入る。
すると右側の黒板に大きく字が書かれているのが目に入った。
『学年主席(笑)はレベル1の雑魚』
なんだこれは?
僕が黒板の文字を見つけて唖然としていると、後ろから笑い声がしてきた。
廊下を見ると、毒島が教室を覗いていた。
くだらない……!
誰が書いたか、わざわざ考えるまでもなかった。
僕は深いため息をすると、黒板消しを手に取った。
わざわざ誰もいない時間に登校して、これを書いたのか?
こんなつまらないことに労力を割くなんて、怒りを通り越して呆れてしまう。
それにクラスのみんなもみんなだ。
気づいたなら誰か消しておいてくれてもいいものだし、僕が来たなら何か声を掛けてくれてもいいのに、離れて見ているだけ。みんなは僕の味方じゃないの?
みんなはたぶん、ただ巻き込まれたくないだけだ。
B組の毒島たちに目をつけられたくないから、距離を置いているだけなんだ。
それでも、寂しい。
僕は振り返って教室内を見回すと、誰もが僕と視線を合わせようとしない。
喉の奥から叫び声が出そうになるのを飲み込む。
間違えてはだめだ。僕のこの怒りの矛先はクラスメイトに向けるものではない。彼だ。元凶は毒島君なのだ。すぐにでもレベル2になって彼を見返してやるんだ。そしてクラスメイトの信頼も取り戻さなくてはいけない。
黒板の文字を消し、席に座った僕は、今日の放課後の部活は休んで、迷宮探索に行こうと考えていた。
・・・・・・・・
赤石君は放課後はバイトをしているらしく、マモルと二人きりの探索だ。
人数が減るという不安があるが、第一階層のスライムくらいなら問題ないだろう。
すでにレベルが2に上がっているマモルには無駄な探索になってしまうが、彼は快く同行を引き受けてくれた。
二人での探索はスムーズに進み、いつもの授業での探索よりも多めにスライムを倒せた。
心地よい疲労と共にダンジョンから出てくると、スキルボードの前には毒島君と沼部君が立っていた。
「お、来た来た。首席殿、今日も確認ですか?」
「また君たちか……」
すでに嫌な予感しかしない。
だがレベル確認は必要だ。逃げるわけにはいかない。
僕は手を置き、スキルボードを起動させた。
──結果は、変わらなかった。
LV1の数字が、僕を嘲笑うようにそこにあった。
「うわ、本当に上がってねえ」
毒島君が笑う。
「一日中頑張ってたのになあ? 勉強だけはできるのに、探索だと完全に落ちこぼれじゃん」
「ダメな男だね」
横で沼部もニヤニヤしながら相槌を打つ。
「やめろ」
自然と声が出た。
怒鳴ったわけではない。けれど、自分でも驚くほど低い声だった。
「君たち、今日一日……どういうつもりだ?」
毒島は肩をすくめた。
「別に? 真実を言ってるだけだよ。レベル1はレベル1だろ?」
僕は拳を握りしめた。
悔しい。情けない。
でも、殴るわけにはいかない。ここで感情に任せれば、僕の負けだ。
「……僕は、明日もやる。すぐにレベルアップできなくても関係ない。努力は嘘をつかないんだ」
毒島は小さく鼻で笑った。
「へえ……強気じゃん。まあせいぜい頑張れよ、レベル1君」
二人はそのまま背中を向け、出て行った。
僕は静かに息をつき、再びスキルボードに手を当てる。
数字は変わらない。だけど、今日だけで終わらせるつもりはなかった。
マモルが僕に提案をする。
「キョウヤ、とりあえずレベルが上がるまで部活は休んで探索に集中しよう
「ああ。ありがとう。明日こそ……」
握り締めた拳をゆっくりほどく。
レベルが2に上がれば、彼らも僕に興味をなくし、嫌がらせをやめるだろう。
誰に笑われても、馬鹿にされても、折れるつもりはない。
僕は必ず、追いつく。彼らの卑怯な嫌がらせに負けるわけにはいかないんだ。




