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東京ダンジョン学園  作者: 叢咲ほのを
第九章 遅咲きの雷 -Late Blooming Thunder-
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第131話 挫折の始まり

 迷宮入り口のスキルボードの前で、紫村キョウヤは固まったように立ち尽くしていた。

 そこに表示されていたのは、「LV1」という文字。


(みんなは、どんどんレベル2になっていくのに……。

 級長の僕はまだレベル1。

 このままではクラスの足を引っ張るのは僕だ)


 背後では今日レベル2になったことを喜ぶ数名のクラスメイトの声が響く。

 それらが紫村にとっては遠くの雑音のように聞こえている。

 パーティーメンバーの赤石テツヤが、そんな紫村の姿にどうしていいか分からないでいると、紫村の親友の千堂マモルがそっと声を掛ける。


「キョウヤ……」


 そんな千堂の声が聞こえていないかのように、紫村は黙ったまま静かに右手を上げ、小さく息を吸った。


――パチッ。


 手のひらの上に、青白く電気が一瞬だけ走る。

 それは、まるで夏の終わりに落ちる線香花火の火。

 儚く、弱く、頼りなく、すぐに消えてしまう。


(ユニークスキルだと言われた僕の雷魔法も、触れた人を痺れさせる程度のハズレスキル……)


「僕は……、僕は……どうすればいいんだ……」


 俯いて立ち尽くす紫村を、赤石と千堂は黙って見守っていた。


・・・・・・・・


 今日の探索授業を終えて教室に戻ってくると、レベル2に到達した生徒たちがレベルアップした時のことを興奮気味に話していた。あの体中に力が湧いてくる感覚を初めて体験した生徒にとって、それは衝撃的なできごとだっただろう。中には鈍くてスキルボードの表示を見て初めて気づく生徒もいるが。

 今日は特にレベルアップした生徒が多く、その話題で盛り上がっているようだ。

 教室の一番後ろの席で、そんな様子を見ていた俺に、ふと目に入ってきたのは、一番前の席にいる紫村の周りに誰も人がいなかったことだ。

 正確に言えば隣の席に千堂が座っている。

 だが入学当初は、紫村の席の周りには取り巻きの、特に女子たちが数人集まって話しかけていた景色が目に入っていたものだ。

 そんな紫村の元取り巻き女子の一人、鮫島シヅカが目の前を通ったので俺は声を掛けた。


「おい鮫島」


「はぁ?なによ一ノ瀬」


 ちょっと不機嫌そうな声で鮫島は返事をする。憎たらしい女だ。


「お前最近紫村の周りにいないな?取り巻きを卒業したのか?」


「えー、紫村君?」


 俺の質問に苦笑いを浮かべながら鮫島は答えた。


「顔はかっこいいなって思ったんだけどさ、なんかちょっと想像してたよりショボかったのよね」


「ショボいって……」


 元取り巻きとは思えない言い方に俺は驚く。


「だって紫村君、第一剣術部に入部しようとしてボコボコにされたんでしょ?」


「あれは、相手が付与魔法付きの武器を使ってきたから……」


 元B組の灰島の話だ。やつはすでに退学になっている。


「その相手に後で絡まれて、さらにボコボコにされたんでしょ?」


「それは喧嘩じゃなくて一方的な暴行だよ。紫村は敢えて手を出さなかったんだ」


「それに紫村君ってまだレベル1でしょ?」


「そういうお前はもうレベル2になったのか?」


「もちろんよ。私はスコア90でレベル2になったのよ?すごいでしょ?」


「すごいのかどうかは知らんけど、早いな」


「そうよ。もう紫村君よりも私の方が強いんじゃないかしら?」


「んなわけあるか。レベル1の紫村の方がおまえより強いわ!」


「そんなの戦ってみないと分からないじゃない。戦わないけど……。まあそういうのはどうでもいいわ。そんなことよりかっこいい男子がいたら紹介しなさいよ」


 こいつ……なんという逞しい女だ……。


「そういえばA組の億本君って知ってる?結構かっこいいと思うのよね。あんたA組と仲良いでしょ?知ってたら紹介してよ」


「知ってるけど、おまえなんかに紹介しねえよ!それに在学中は恋愛禁止だろうが」


「あんたセコいわね。学園にいる間こそ貴族と知り合えるチャンスじゃないのよ」


 貴族寄りの一般生徒はC組、反貴族派の生徒はD組になっているはずだが、こいつは単に成績が悪くてD組になったな……。

 鮫島はそう言い残すと自分の席へと戻って行った。

 俺は再び紫村を観察する。

 取り巻きがいなくなり後姿に何だか哀愁が漂っているようなのは俺の気のせいだろうか?


 しばらくして城之内先生が教室に入ってきて、今日の迷宮探索授業の総括をする。


「だんだんレベル2に上がってきた生徒が増えてきたようね。何人かポーションを手に入れたようだけど、売ってしまうよりもいざという時のために持っておくことをお勧めするわ。それと全員がレベル2になったら第一階層主への挑戦を始めるから、気を引き締めてちょうだい」


 新宿ダンジョンで第六階層を突破した俺にはいまさらの話だ。

 だがクラスメイトのほとんどは授業でしか探索をしていない。

 先生の話にいよいよかという風にざわついていた。


「まあ紫村君ですらまだレベル1だから、全員がレベル2になるのはまだ少し先の話になりそうね」


「すみません……」


 先生の言葉に紫村は謝罪する。


「別に紫村君のことを責めてるわけじゃないのよ。レベルアップには個人差があるから、スコアがちょうど100でレベルアップする子もいれば、早い子や少し遅い子だっているのよ。慌てなくても大丈夫よ」


「それでも僕は級長として、みんなを先導していく立場にあるというのに、レベルアップが遅れてしまって。これからがんばって取り戻します」


「そ、そんなに気負わなくても大丈夫よ。それに紫村君だって確か今日でスコアがちょうど100になってたわよね。そろそろレベルアップできるわよ」


 深刻そうな紫村を見て、城之内先生は戸惑いながら慰める。

 城之内先生の言う通り、スコア100でレベルアップできなくても、それは多少の個人差なのだからそんなに深刻にならなくてもいいと思うんだが、級長として、他の生徒から遅れるのが気に病んでしまうのだろうか?

 思い返せば、鮫島じゃないが、入学からここまで紫村に良いところは何一つなかった。

 入学試験こそ学年主席だったが、入学式では貴族に喧嘩を売って学園全体の顰蹙を買い、最初の探索では俺を崖に落として怪我をさせてしまったと気に病んでいた。第一剣術部には入部できず、さらにその後灰島に襲われて大けがをした。そして今レベルアップが遅いと悩んでいるようだし、こうして思い出してみると最悪だな、こいつの学園生活……。


 紫村はネクラそうだし、何だか気にしすぎているようなところが気になった。

 このままだと、何か良くないことが起きそうな気がする。

 ……まあ、俺が気にすることじゃないか。


 この時の俺は、紫村がどれだけ思い悩んでいるのかに気付いていなかった。

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