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トラウマコンプレックス  作者: 土ノ文
緋縅の椿
18/30

模擬戦

「琉生、本当に大丈夫なの? 忘れ物とかしてないよね? 怪我しないように気を付けてよ?」

「そんなに心配しなくてもあくまで模擬戦だし、大丈夫だろ」


 碧と模擬戦を行う当日。観戦するためか演習場に全員が集まっていた。反対側にはすでに準備を整えた碧がストレッチをしながらこちらの準備が整うのを待っている。

 しかしその装備は手に金槌を持っているくらいで、他には何か戦うために備えをしてあるようには見えない。あれだけならば接近される前に銃を当てることさえできれば勝てそうだ。だが、昨日刹那さんに言われた一番戦いにくい相手というのがどうにも引っ掛かっていた。


「トイレとか行っておかなくて大丈夫? あ、ハンカチある? あとティッシュも持って行った方が……」

「いい加減にしなさいって、そんなに何に使うのよ。母親でもあるまいし心配しすぎでしょ。それに、相手はあのバカだからどうにかなるわよ」


 行こうとするたびに引き留めてくる愛璃を、呆れた様子の千紗が抑えてくれてようやく碧の正面へ向かう。いくら模擬戦とはいえ、こうして直前になると嫌というほど緊張していることを自覚してしまう。軽く息を吐いて緊張をほぐそうと試みるが、ほとんど効果はなかった。それとは対照的に、相対する碧はこの状況を楽しんでいるようだった。


「準備できたか!? 僕の方はいつでもいいぞ! さあ、正々堂々戦おう!」

「ふぅ……俺の方も大丈夫だ」

「よし、それじゃあ二人とも私の合図で始めてくれ。」


 準備ができたことを伝えると、刹那さんが間に入る。いよいよ始まるのだと、すぐに構えられるように銃を持ち直しながらその合図を待つ。


「いいか? 勝負は戦闘不能になるかどちらかが降参するまでだ。じゃあ……始め!」

「当たれっ!」

「メタモルフォー――うわっ!? 変形中に撃つとか卑怯だろ!」


 合図が聞こえた瞬間に金槌を掲げてがら空きになっている胴体めがけて照準を合わせ、一発でも当たればと思いながら三、四発と撃ちこむ。その内二発は確かに命中したように見えたが、一切効いている様子もなく全て弾かれてしまった。

 いくら非殺傷性のゴム弾とはいえ、あんな弾かれ方するわけがないとは思うが、考える前に残った弾を全て撃ち込む。しかしやはり全く効いている様子がない。


「くっそ、なんで効かないんだ……!」

「メタモルフォージ、ソード! もう終わりか!? 今度はこっちから行くぞ!」


 効かない理由を考えながら弾を入れ替えていると、その隙に金槌を西洋剣のような形に変形させられてしまっていた。そのまままっすぐこちらに向かって突っ込んでくるところへ再び銃を撃ち込むが、避ける素振りすら見せずに全て弾かれてしまう。そうしている間にも距離を詰められ、とうとう目の前まで迫られてしまった。


「さぁようやくここまで来たぞ! 食らえぇ!」

「っ……!」


 必要以上に大ぶりな縦ぶりを、とっさに横に飛んで避ける。先ほどまで居た場所の地面が少し削れてしまっていた。切れないように先を潰してはあるようだが、それでもあんなものを食らってしまえばただでは済まないだろう。


「せ、刹那さん、琉生さん大丈夫なんですか? 碧さん全然手加減とかしてなさそうに見えますけど……」

「ん? あぁ、なるべく怪我はさせないようにって伝えてはあるが、碧は全力かそれ以外かでしか調整ができないからな。まぁ当たらなければ大丈夫なんじゃないか?」

「当たらなければって……えぇ!? それ大丈夫じゃないやつじゃないですか!」

「いいんだよ。私は琉生には厳しくするって決めたからな。ここで碧に負けるようならどっちにしろ生き残れないさ」


 何度も何度も力任せに振り回される攻撃をなんとか避けていると、しずくと刹那さんのそんな会話が聞こえてくる。相変わらずあの人は何をさせたいのかよく理解ができない。とにかくここは一旦距離を置こうと腰からフラッシュバンを一つ手に取り、それを目の前に投げ込む。


「ぐあぁぁっ!!? くっそ……どこに行った!? さっきからなんか卑怯だぞ!」


 数秒後、激しい光が目の前を覆いつくして爆音が響く。それをまともに食らってがむしゃらに剣を振り回している隙に急いで距離を取る。まずは攻撃が効かない原因を突き止めなければどうやっても勝ちようがない。何か装備を付けているのかとも思ったが、今着ているのは至って普通の私服だし、動いたときにわずかに見える服の下にも何かを装備しているようには見えない。


「やっと……見えるようになってきた……。おい琉生! さっきからそんな小手先の武器に頼ってばっかいないで本能を使って戦ったらどうなんだよ!」

「……何を言ってるんだ?」

「何って……ここにいるってことは琉生も本能が使えて、研究所の奴らと戦う理由があるんだろ?」


 わけがわからないというような表情でそんなことを聞かれるが、意味が分かっていないのはこちらも同じだ。俺が本能を使うことができないというのは刹那さんから聞いているものだと思っていたが、まさか本気で今まで知らなかったのか?


「……何かすれ違いがあったらしいんだが、俺は戦う理由こそあっても本能は使えないんだよ」

「え? どういうことだ? 本能が使えないって……それなのに戦おうとしてるのか?」

「まぁ、そういうことになるな」

「……そう、か」


 本能が使えないと知ったとたん、一気に碧の雰囲気が険しいものになる。今まで知らされていなかったことを怒っているのかとも思ったが、どうやらそういう雰囲気でもない。


「琉生のために言わせてもらうけど、琉生は戦うべきじゃない」

「なんでそれを碧が決めるんだよ。さっきも言ったが、俺には戦う理由もある。そんなことを言われてもやめるわけにはいかないんだよ」

「それは自分の命を捨ててでもやることなのか!? 本能が使えないからって絶対に勝てないわけじゃない。だけど、それだけで相当不利になるってことはわかるだろ! 実際、ここまで僕に一回もダメージを入れられてないじゃないか!」


 恐らく本気で心配しての言葉なのだろうが、最初の時に刹那さんにも言われていたことだった。もちろん不利なこともわかっていたつもりだったが、こうまではっきり効いていないと言われると中々にきついものがある。

 だが、攻撃が効かない理由が本能によるものならば、碧のそれはただ武器を変形させるだけの能力じゃないのかもしれない。刹那さんも戦いづらいとは言っていたが、勝てないとは言っていなかった。何かしら、今の手札で勝てる方法があるはずだ。


「……諦める気は、無いのか? 本能が使えないなら琉生にもう勝ち目なんてないんだよ!」

「そんなの、まだ分からないだろ」

「だったら、もう戦うなんて考えられないようにするだけだ! メタモルフォージ、メイス! ……ケガしても、恨まないでくれよ!」


 剣を掲げて叫ぶと、今度は先端が膨らんだ長い棒状の武器に変形させ、そのまま武器を振り上げながら突進してくる。相変わらず大ぶりの攻撃を避けると、さっきまでの先が潰されている剣とは違い、完全に殴打用の武器になっているせいか激しい音を響かせながら今までで一番大きく床が抉れる。

 今度こそ、あれを食らってしまえばただでは済まないだろう。しかし距離を取っても銃は効かないし、他に持っているものも遠距離で戦い続けられるよう距離を取るための目くらましくらいしか持っていない。だったらまだ試していないのは……


「もう手なんてないだろ!? 早く降参して大人しく僕たちに守られていればいいんだ!」

「そうは……いくか!」

「うわっ!? しょ、正気か!?」


 攻撃を避け、次に構えるまでの間に逆にほぼゼロ距離まで一気に距離を詰める。まさか近づいてくるとは思わなかったのか、構え直そうとしている隙に脇腹の辺りめがけて銃で殴りつける。しかし、ガキンとまるで金属同士がぶつかったような甲高い音を響かせるのみだった。


「なっ……!?」

「もらったぞ! 琉生!」

「く……っ!!」

「琉生!」


 あっけにとられている隙に、体勢を立て直していた碧のメイスによる強烈な打撃が横から襲ってくる。すぐに防御しようとするも間に合わず、少しでも衝撃を逃がそうと横に飛び退くが、それでも一気に体内の空気を吐き出させるような衝撃と目の前が点滅するような激痛に襲われる。

 数メートルは吹き飛んだだろうか。すぐに立ち上がることはできず、膝立ちになって碧の方を見ると勝利を確信したようにこちらに武器を向けていた。追い打ちを仕掛けるつもりもなさそうだ。


「どうだ! これが本能を使えるかどうかの差だ! わかったらもう降参しろよ!」

「……っ、かはっ……はぁっ……はぁ……するわけないだろ……!」


 近づいてわかったが、あの一見普通に見える服が金属のように硬くなっていた。そのせいで銃も打撃も効かなかったようだ。だがそれなら勝ちようはある。服のない場所、顔や手を狙いさえすればあるいは……。

 そう考えて次の攻撃の隙を作り出すため、まだ動けないと思って油断している碧めがけて再びフラッシュバンを放り投げる。


「っ……またそれか! そう何回も食らうわけないだろ!」

「そんなことはわかってる!」


 破裂するまで時間があるのにもう一度食らうなんて思ってはいない。だが、避けるために目を閉じて耳をふさいでいるその隙に、まだ収まらない痛みを堪えながら距離を詰める。

 直後、二度目の閃光と爆音が演習場を覆うが、碧が目を開くよりは早くその目の前までたどり着く。そして目を見開いているその顔めがけて銃で殴りつけるが、間にメイスを割り込ませることで防がれてしまった。だが――


「やっと防御したな。やっぱり服のない場所が弱点か」

「ぐっ……くそっ、俺は! 琉生のために止めようとしてるのに、なんで分からないんだよ! 何か目的があるなら僕が代わりにやる! だから大人しく守られてくれよ!」

「お前に守られてるだけなんて、それで目的を果たしても意味なんてないんだよ!」


 限りなく近づいた状態で鍔迫り合っていたところから下に受け流すようにメイスを弾き、わずかに体勢が崩れたところをすかさず掴みにかかる。そのまま地面へと投げ飛ばし、その後頭部に銃口を突きつける。


「ぐっ……まだだ! メタモル――!」

「させるか!」

「がぁっ!」


 これで降参してくれればと思ったがまだ諦めるつもりはないらしく、またも武器を変形させようとしたところにめがけて二、三発と銃を放つ。そのうちの一発が手に命中し、衝撃で武器を取り落とした。これでもう碧には打つ手がないはずだ。


「もうこれ以上は何もできないだろ。降参しろ」

「まだ……諦めるかぁ……!」


 もはや執念で勝とうとしているのか、まだ立ち上がろうとする。この勝負の敗北条件は降参するか戦闘不能になるか、だったはずだ。ならば、とそのまま引き金に指をかけてゆっくりと引き――


「はいストップストップ! そこまでだ! この勝負は琉生の勝ちだね」

「刹那さん、僕はまだ降参なんてしてない! まだ戦える!」

「戦えるって、そんな状態じゃその前に琉生に撃たれて終わりだ。無駄に怪我を増やす前に終わった方がいい」

「ぐぐっ……」


 終わった……。刹那さんの宣言を聞いて構えていた銃を下ろし、その場にへたり込む。戦闘中は昂っていたせいかそこまで気にならなかったが、一度落ち着くと一気に疲労や激痛が襲ってくる。

 碧は戦い方がワンパターンだったおかげで何とか勝てたようなものだが、これからさらにいろいろな本能を持った相手と戦うとなると相当大変な思いをすることになるのは容易に想像がついた。ここで苦戦しているようでは本当に生き残れるかすら怪しいかもしれないな。

 刹那さん以外との初めての模擬戦は色々と課題を残したまま、辛勝に終わった。

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