レベルアップ
慣れた動作で銃を構え、三十メートルほど離れた場所に置かれた廃材に丸を描いただけの手作りの的に照準を合わせる。伸ばした腕を固定したままで一旦息を整えてから引き金を一気に引くと乾いた破裂音が地下に響き渡り、その直後に廃材の砕け散る音が演習場にこだまする。
「おー、当たった。最近結構当たるようになったんじゃない? 最初の頃は琉生が撃ち始めたら全員離れろって言われてたのに」
「前のことはもういいだろ。それに最初に比べて当たるようになったとはいえ、まだ二回に一回当たればいい方だしな」
最初に訓練を始めた日から、既に半年が経過していた。すぐ後ろでその射撃練習を見ていた愛璃が言うように、始めたての頃は刹那さんに銃の異常を疑われるほどにありえない場所に弾が飛んでいたのが、今では大体狙った場所に当たるほどに上達していた。
そして銃を初めて手渡されたときに感じていた妙な感覚と、あの日逃げ出すときのことを思い出してしまうようなことも練習を重ねるうちに少しづつ起こらなくなってきていた。
「愛璃の方こそ、もうだいぶ本能を使いこなせるようになったんじゃないか?」
「でしょ? 千紗ちゃんが色々教えてくれたもん。しかもこれ結構便利なんだ」
そう言って影の中にトプンと沈むように愛璃の姿が消え、一瞬でさっきまで狙っていた的の裏から顔を出す。かと思うとまた姿が消え、今度は足元の影から姿を現した。
愛璃の本能はおおよそ見える範囲で影さえあればそこに瞬間移動することができるというものだった。しかも、それだけでもナイフを主力とする愛璃と相性がいいというのに、そこまで容量が大きいわけではないが影の中にある程度なら物を収納しておくこともでき、愛璃の言う通り便利な能力だった。
「便利っていうか強すぎないか? 正直言って今の愛璃を相手して勝てる気がしない」
「そうかな? でも、まだ人のことを切るとかはどうしても躊躇っちゃって……」
「そりゃそうだ。人を切るなんてすぐにできるようになってた方が怖いだろ」
「そうかもだけど……今もマネキンで耐性はつけようとしてるんだけど、なんかだんだん申し訳なくなってきちゃって……」
その証拠を見せるためか、影の中から練習用に使っていたであろう服屋に置いてありそうなマネキンを一体取り出した。
いや、正確にはマネキンだったものだった。その堂々とした立ち姿のマネキンには、四肢や胴体、頭に至るまで無数の刺し傷に切り傷が生々しく残っており、もはや元の形状をまるで保っていなかった。しかも元々が人型なこともあって、妙に現実味があるせいで、なんというか……。
「そうだよね、やっぱりちょっと引くよね、これ……」
「……ま、まぁ、相当頑張ってるのは伝わってくるよ、うん。」
「うぅ……私だってもうこれ以上マネちゃんを傷つけたくないけど、もう他にまともに残ってるマネキンも見つかんないんだもん……」
名前まで付けてもうかなり愛着が湧いているのか、すでに相当ボロボロになってしまったマネキン、もといマネちゃんを愛おし気に抱きしめる。何も知らない人から見れば大分猟奇的に見える状況なのではないだろうか。
そう思っていると、入口の方に顔を引きつらせて何か見てはいけないものを見てしまったかのようにドン引きしながらこちらを見ている刹那さんの姿が目に入る。
「……なんというか、愛璃は大人しい子だと思っていたんだが、そういう子に限って実は……っていうことなのかな?」
「そ、そういうことじゃなくて、ただマネちゃんが丈夫なおかげでいつも一緒にいるから愛着が湧いちゃっただけで……」
「……いや、まぁ、深くは聞かないでおくよ。人それぞれ事情はあるだろうしね。特にここにいるようなのは。それよりも少し話があってね」
まだどうにか弁明しようとしている愛璃を手で制すと、今度はこちらにそれはもういい笑顔で向き直る。その表情はいつか見た模擬戦をしようと提案したときの表情によく似ていて、嫌な記憶が鮮明に蘇ってくる。
この半年の間、ある程度使えるようになったと思った頃に刹那さんには一度だけ挑んだことがあるのだが、あっという間すらなく一瞬で地面に寝そべっていた。当然それでは終われず、すぐにもう一戦したものの、何を使っても当たる気すらしない上に近接戦でも当然のように完封されてしまった。
嫌でもまだ勝ちようがないと分からされて以来、なるべくその手の話はしないようにしていたのだが、もしやしびれを切らして刹那さんの方から戦いに来たのではないかと変な勘が働いてしまう。
「そんなに警戒しないでくれよ。話しづらくって仕方ない」
「……それで、話ってなんなんだ?」
「だから……まぁ、いいさ。もうかなり武器の使い方は慣れてきたみたいだね?」
「そりゃ、もう半年はほぼ毎日のように触ってるしな」
「あのくらいの的なら大分……まぁ外れもそこそこあるみたいだが、大分当たるようにもなってる。だがな、実戦ではどうだ?」
「なんでそんなに遠回しな言い方なんだ? 結局何が言いたいんだよ」
珍しく回りくどい言い方をするのに耐え切れず続きを急かすと、またも心底愉しそうな笑顔を向けてくる。
「明日、君と碧で模擬戦をしてもらおうと思っている。ここにいる中じゃあいつが一番戦いやすくて、君にとっては一番戦いづらい相手になると思うからね」
「……どういうことだよ」
「まぁ明日になればわかるさ。私は碧にこのことを伝えてくるから、とりあえず戦う準備さえしてくれればいい。あ、一応実弾は使うなよ。」
言いたいことだけ言うと、踵を返してさっさと行ってしまった。いきなりそんなことを言われてもどうすればいいのかさっぱりわからない。
それに、碧の本能は前に偶然見たが、手に持っているハンマーを剣に変形させていただけだった。確かに切れ味は鋭かったが、こちらは遠距離武器もあるわけで、あれが戦いづらいという意味もよくわからない。
「な、なんか大変なことになっちゃったね? 明日って……私も見に行っていいのかな」
「……いいんじゃないか?」
してもらおうと思っている、なんてこちらに選択肢があるような言い方をしておいて、事実上の決定事項を伝えに来ただけだ。碧の方も断るなんてことはできやしないだろうし、初めてまともな対人戦をすることになるということだ。そう考えると、緊張や不安以上に不思議と胸が高鳴るような気持ちがあった。




