カジノはいつもトラブルだらけ(カジノのボス視点)
気が付くと、全く見慣れない風景が視界の中に入ってくる。
私が居るのは安宿の一室くらいのスペースしかない簡素な部屋だった。
部屋の一番端に机が置いてあり、そこに一人の男がこちらに背を向けて座っている。
うんうん唸りながら、両手を机の上でピアノを弾くように動かしているのだが、別に音楽などは聞こえてこない。
無機質なカチャカチャという音だけが、部屋に響いていた。
私は金縛りにあっているようで、指一本動かす事ができない。
声も発する事ができず、ただ、床に寝そべったまま机に向かう男を眺めていた。
不意に男がこちらを振り向く。
「ああ、君か。」
男は私を一瞥すると、申し訳なさそうに呟いた。
「ごめんねぇ、君は名無しのまま終わるつもりだったんだけど、どうももう少しくらい出番がある感じがしてね。」
名無しだと!?馬鹿な、私には親から受け継いだ名が……名が……私の名前は、何だった?
「ごめんねぇ、すぐに考えるから…うーんマフィアの重役な感じだし、ロバートとか、いや、貫禄が無いな…アルパ…いや、そこまでイケメンでもないし…ジャン、ジャンだな、ジャンでいこう。」
ジャン…そうだ、私の名前はジャンだった。
今この男に名付けられたような感じだったが、そう、これが私の名前だ!
…
その日は寝起きから最悪だった。
前日のワインが体に合わなかったのか、悪夢にうなされたのだ。
その悪夢の結果なのか、今日は店でも不運に見舞われている。
最悪な客がやってきた。
一人は少年、もしくはそれに見えるような種族の男、そしてもう一人は連れの女だ。
仮面で顔を隠しているから、高位の貴族の可能性もある。
男の方はルーレットの席についた。
うちのルーレットのディーラーはこのカジノの最古参だ。
勝てると思わせておいて最後に全てをかっさらう、凄腕のディーラーだ。
このカジノでは熟練者でもルーレット台には殆ど近づかない。
そんな場所で、奴は負けこんでると見せかけて重要な局面で勝つ。
どうやってるのか分からないが、玄人でも容赦なく素寒貧にしてしまうジジイが負ける様というのは見ていて異常な感じだ。
誰も声は上げないが、静かに周りがざわつき始めている。
そして更に問題なのが、連れの女だ。
こいつはキョロキョロしながら店内を見て回ると、最後にスロットの台に座った。
賭ける側の所持金を一瞬で溶かしてしまうこのマジックアイテムは、元々はダンジョンで発見された。
ごくたまに当たりはあるが、だいたい大勝ちをする事は無い様に設定されている。
噂では数百年に一回、大当たりとして大粒の魔石が出てくるそうだが、負けた者の負け惜しみでできた伝説だろう。
そんな中、この女は見事大当たりを引き出した。
いつもより大量のコインに、最後に光る石のようなものがころんと落ちてきた。
女は光る石を手にとってしげしげと眺めると、あろう事か服のポケットにねじ込んだ。
噂通り魔石だったらどれだけの値がつくか分からない物を、だ。
女はコインをかき集めると、換金してスタスタ歩き出した。
今のうちなら男と合流する前だ、行方不明になってもらう事にしよう。
しかし、いつもなら目立たずに大の大人を拉致できる部下が、女の口を塞いだと思った次の瞬間には腹をくの字に折って床に汚物をぶちまけていた。
自動防衛のマジックアイテムでも持っていたのだろう。
しょうがないので、俺自らが交渉する事にする。
「こんばんは、麗しきマドモアゼル。先程は災難でしたな、しかし裏社会には貴女のような美人を攫おうとする者も多い。お連れがいないのであれば、私が一時的に貴女のナイトとなりましょう。」
マジックアイテムで一度は身を守れたとはいえ、力のない女など不安でしょうがないだろう。
ここで、善意の盾が名乗りでたとあれば、受け入れないわけが
「ノーサンキュー。」
「へ?」
「自分の身は自分で守れるので大丈夫。」
受け入れない御仁もいない訳ではない。
ならば、
「そうですか、それは素晴らしい。そう言えば、先程のスロットマシンではお見事でした。私、見惚れてしまいました。その際に宝石のようなものが出てきませんでしたか?」
「これ?」
ポケットから出てきたのは女の手の平に収まるサイズの透明な宝石だ。
詳しく調べなければ分からないが、魔石の可能性が高い。
「少し見せて頂いても?」
「そう言って取り上げるつもりでしょ?そこまで馬鹿じゃないわよ。」
「それなら、それを買い取らせて下さい。言い値で買いますよ。」
「一旦連れに見せびらかしてからね。」
女はそう言うと、そこから立ち去ろうとする。
マズい、こっちの女はともかく、男には見る目があるかもしれない。
今この場で勝負をつけなければ!
「それなら、私の持っている宝石のコレクションと交換というのはどうでしょう?どれも人気ブランドの最新モデルですよ?」
「付加効果は?」
「へ?」
「ないのね、要らない。」
このアマ…マジックアイテム蒐集家か?
ならば魔石という事にも気付いているのか
「それなら、最高のケーキと紅茶を用意してありますから。」
「さっき食べた。」
「チェスでも…」
「ルール知らない。」
「美味しい肉!」
「食べた。」
「魚!」
「食べた。」
「…!」
「…」
「」
「」
一向に靡く様子が無い。
「もう私は行きますから、」
「ちょ、ちょっと待ってください。貴重な魔導書に興味は…」
「ありません。じゃあね。」
取り逃してしまう!
「宝石!金塊!マジックバック!魔剣!マジックアランタン!高級ワイン!チョコ!ふがし!リンゴ!オレンジ!干し肉!インクのいらないペン!紙!ま、魔物の卵ぉ!!」
がむしゃらに自室にある物を片っ端から言ってしまった。
流石に魔物の卵は駄目だ。
あれはオークションに持っていかれる所を偶然横からかっさらったものだ。
中身が何なのかは分かっていない。
もし中身がゴブリンやスライムだったら微妙だが、それでも貴重なものである事には変わりない。
果たして、立ち去ろうとしていた女の足が止まった。
「今、何て?」
「いえ、今のは聞き逃して頂いて結構。どうでも良いものです。私の私室にあるものを列挙しただけですから。」
「ちょっとだけ気になる単語が入ってたわ、それを見せてくれたらちょっとは考えてあげても良いわよ。」
やはり、魔物の卵で釣れてしまったようだな。
「それなら、私の私室に来て頂けますか?実際に見て頂いた方が早いですし、人目につくとマズいものですから。」
「(他人に見られながら食べると美味しくないお菓子か…)ますます気になるわね。」
「では、私に着いて来てください。」
勢いで言ってしまったが、あれで釣っておいて部屋まで連れこんでしまえば、後はどうとでもなる。
私は組員に警備の強化を目配せすると、女を伴って自室へと向かった。
…まさか彼女の狙いがふ菓子だったとは
「え…魔物の卵は?」
「そんなもん探しゃ見つかるでしょ。」




