兄として(アラン視点)
俺の弟、イオリは色々おかしい弟だった。
赤ん坊の頃から、なんだかこちらの言葉を分かっているような目をしていたし、
3才になった頃には、舌足らずな口調で、水魔法を発動させた。
俺や兄貴でも6才でやっと発動できたと言うのに、恐ろしい才能を持ったヤツが出て来たと、そして自分の居場所が奪われてしまうんじゃ無いかと、子供ながらに警戒した。
長男のマリクは何でも優秀にそつなくこなすことができる完璧超人だ。
魔法も幅広く使いこなし、どんな局面でも活躍することが出来る。
俺なんて頭は良くないし、飛び道具も苦手だ。
出来る事は敵のど真ん中で暴れ回ることだけ。
そんな中で、更に優秀な弟なんてできてしまったら、俺は家で要らない存在になってしまう。
しかし、イオリは水魔法しか使いこなす事が出来なかった。
その時には、イオリには申し訳ないが、実は安心してしまった。
情けない事だが、兄としての威厳が保てると思ってしまった。
そのおかげで、そこまでイオリと仲違いもせず、かといって慰める言葉も見つからず、距離を置いてしまった所があった。
イオリが8才になった時、親父がイオリを『狩り』に連れて行く、と言い出した。
兄貴も俺も10才になった時に、学園に行く直前に与えられた試練だ。
『狩り』なんていっても、実際はそんな言葉で表されるような生やさしいものじゃ無い。
3日間、何が出てくるかも分からない森にこもり、そこで魔物狩りをするのだ。
食料は自給自足。ついてきた親父は遠くから監視しているだけ。
命が危険な時だけ出てくると言っていたが、実際にはオークに殴られて死にかけても全く姿を見せなかった。
ちなみに、3日間の内にソロでオークを1体以上狩らないといけない。
そもそも、自給自足で生活するだけでも大変だというのに、魔物まで狩ってこいという。
信じられるのは、それまでに練習した魔法と剣の腕のみ。
初めての森は心細いし、何より常に命の危険と隣り合わせという恐怖で、俺も最初に置き去りにされた時は泣いた。
しかし、親父がどこかで見張ってくれていると信じて、何とか乗り切った。
オークとの戦いも、命からがらではあったものの、何とか倒すことが出来た。
そんな10才でも死にかけた訓練に、8才のイオリを連れていくと言い出すとは。
なんでも、侍女のアンナからお墨付きを貰っていたらしいが、それでも俺は信じられない気持ちだった。
まさか、学園への入学申請の前に、この世から消し去るつもりか?と勘ぐった程だ。
しかし、そんな試練をあいつは難なく乗り越えた。
まず森への移動。
兄貴なら風魔法で空を飛ぶようなスピードで移動する。
俺なら身体強化で自らの脚を強化する。
イオリはどうするんだ?と心配していたのだが、あいつは自分の身長よりも大きな木の板を持っていた。
そんなもんどうするんだ?と聞いたら、あいつは“リトルウェーブ”を発動させた。
小さな波を発生させる魔法だが、俺も兄貴も使おうと思ったことがない。使い勝手が悪すぎるからだ。
魔物の足を掬う位のことは出来るかもしれないが、それなら風魔法なりで足を斬ってしまった方が簡単だからな。
イオリは、発動させた波の上に木の板を置き、その上に飛び乗って高速で移動し始めた。
サーフィンとか言う海辺での遊びを応用したらしいが、そんな遊び聞いたことが無いし、知ってたとしても、そんなことをしようとは思わなかった。
そんな感じで、あいつは明るく「行ってきまーす。」と手を上げて出発した。
そして戦闘。
あいつは帰ってきた時、レッドボアを狩ってきた。
レッドボアなんてオークの数段上の強さの魔物だ。
親父に確認したが、間違いなくイオリが単独で倒したと言っていた。
イオリにも一応どうやったのか聞いてみたら、「流れちゃ行けない場所に水を流しただけ。」にっこり笑ってそう答えた………それ以上は怖くて聞く気にならなかった。
さらに驚いたのが、イオリが帰ってきた時の様子だ。
目立った外傷も無く、来ていた服もそこまで汚れていなかった。
顔も、まるでそこらにお使いに行ってきましたって位の顔をしてやがった。
俺なんか帰ってきた時は、痣と生傷だらけで服はボロボロ、家に着いた瞬間泣き出す位の状態だった。
兄貴も初めはそうだったらしいし、妹のネリーもそうだった。
そんなあいつが、魔物の甘言に乗って命を落としたと………
どう考えても信じられない。
勇者の言葉を信じるなら、あの水魔法は魔族から与えられた魔石によるものだという話しだったが………
どうにも後付けの理由という感じが否めない。
この話に、一番反対したのが、侍女のアンナだ。
長年あいつに専属で使えていた侍女が、身分も顧みずに「イオリ様はそんな方ではありません!」と主張していた。
実際、そのイオリに化けた魔族というのが現れた辺りから、暴れるアンナを抑えるので手一杯になってしまった。
蜘蛛の化け物がイオリだと認識してからは、抵抗しなくなったので俺も現場に駆けつけることが出来た。
何にしてもあそこに現れたのは偽物のはずだ。
あの館の裏の跳ね橋が下ろされているというのは館の人間にとって非常事態という事だ。
そして、魔族領側からその橋を渡ろうとするという事は、誰であろうと敵と見なす。
俺たちも10才の頃、王都の学園に行く前によくよく言われた物だ。
………ん?
イオリにもその話って伝わってるんだっけ?伝わってるよね?親父から狩りの時にでも言ってあるよね?
ちょっと不安になってきた。
この話にはきっと裏がある。
イオリは何故死んでしまったのか、本当に死んでしまったのか。
それを知るためには、この勇者について行くのが一番だ。
勇者は、根っからの悪人という感じでは無い。
しかし、勇者は何か、勇者でしか知り得ない何かがある。
勇者と行動を共にして、勇者が本当に勇者たり得る人間なのかそれを確かめる。
もし、そうで無かった時は………
全ては、勇者の行動次第だ。
丁度、勇者の後ろ姿が見えてきた。俺は大きく息を吸い込んだ。
「ちょっと待ってくれ!」




