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エピローグ

 街の人びとで混み合う城の正面玄関から、二人の高貴な装いの人物が早足で出てきた。

 その二人は少々息を切らして後ろを振り返り、追いかけてくる者が誰もいないのを確認すると、城を囲うお堀の橋の欄干に身を寄せた。

 立ち止まって一息をついた二人の内の一人は、通り過ぎる人がみんな振り返って見るような青い清楚な衣装を身につけた美しい少女であった。

 彼女は心配そうな瞳で隣の人物を見つめて話しかけた。

「ポムお爺様、息を乱されてますが、お体のほうは大丈夫ですか?」

 もう一人の白と金で彩られた立派な法衣を着た老紳士が笑いながら答えた。

「ほっほ、何てことはない。着慣れない物を着ているせいで動きづらいだけじゃよ」

 そう言って少女のほうを振り向いた老紳士が少女の髪を見て言った。

「おや?ミラーよ、髪が少しほつれてきてしまっているぞい」

 ミラーは慌てて髪の編んである頭の後ろ部分に手を当てて直そうとしたが、もう自分ではどうしようもないと諦めてその手を離した。

「私は自分でこのように編み込むのにあまり慣れていないものですから。今回はお母様もマレスさんと一緒になってやけに張り切ってしまっていて……。ポムお爺様も何か申し訳ありません。母のせいでそのような装いをさせてしまったみたいで」

 ミラーは頭を下げて言った。ポムは特に気にしてなさそうな感じで答える。

「ふむ、まあこのような催しでもないと母親が娘をめかし込む機会はなかなか訪れんからな。儂もお主達に巻き込まれる形でこのような格好をする事になったがそれはまあ良い。じゃがこういった物を着るのは儂も何十年ぶりじゃな。ほれ、なかなかどうして似合うじゃろう?しかし、ミラーマさんとマレスにかかればこのような衣装などお茶の子さいさいの数日間で作れるのじゃから大したものじゃわなあ」

 ミラーはポムの軽口にほっとしたように笑った。

 ポムはミラーのその何気ない笑顔を見て、ふと先程の舞踏会での情景が頭をよぎりつい思い出し笑いをしてしまった。

 ミラーが不思議そうな顔でポムを見て問いかけてきた。

「どうなさいました?」

 ポムは顔に笑い皺を刻みながら言った。

「いや、先程の舞踏会でのお主の凄いもてっぷりを思い出してのう。その装いのミラーに笑いかけられたら、やはりどんな奴でもころりと惚れてしまうのじゃろうなと思ってな」

 ミラーは顔を曇らせて言う。

「もうポムお爺様ったら。私はあの場で誰にも笑いかけていませんわ。壁に何気なく飾られたお花のようにとても静かに目立たないようにしてましたのに」

「ほっほっほ。それであの状態のなのじゃからな。儂はお主のそばにいてあれを連想したわい。美味しそうな果実に小虫どもが何匹もしつこくたかる光景をな」

 ミラーはその言葉にどう反応したらよいのか分からず困った様な顔をしていた。


 この舞踏会というのは、今回の街の隔護結界の問題を解決した功労者に王国が褒章を授与する式典の後、その城内において盛大に行われたものだった。この会は国の高官や上流貴族、街の金持ち達が出席するとても豪勢な催しとなっていた。

 本来この褒章は、狂月期目前にも関わらず命がけで調査に出かけた地脈調査隊に渡される物なのだが、どこからかポムがその調査隊を手助けしたという話が広まってしまい、もはや無下に辞退する事も出来なくなり、仕方なくポムとミラーが代表してそれを受け取る事になったものだった。

 しかし手助けをしたと言ってもあまり詳しい事は誰も分かっておらず、大賢樹ポムイット・ヴォルハリスの何らかの功績があったというだけで、肝心のミルトの力の事は秘密のままで済み、ポム達は皆ほっと胸を撫で下ろしていたのだった。

 ミラーは城の入り口を眺めて心配そうに言い出した。

「でも大丈夫でしょうか?少々強引に抜け出してきてしまいましたが……」

 ポムは首をすくめて答える。

「まあ特に問題なかろう。あんなのにいつまでも付き合っていられん。それともミラーはあの連中のなかに興味がある者でもおったのかの?結構身なりの良い貴族もお主に言い寄って来ていたが」ポムはいたずらっぽいまなざしでミラーを見た。

 ミラーは部屋の中で嫌な虫を見つけた時のように眉を寄せてぶんぶんと首を横に振った。

「まさか!私は何とかその場から逃げ出したくて必死でしたわ。ポムお爺様がそばにいてくださらなかったらもう泣き出してしまったかもしれません」

 ポムはくるりと城に背を向けるとミラーに腕を差し出した。

 ミラーは微笑んでその腕に手をおいて並んで歩き出した。

 高位の魔法使いとお姫様とも見える二人が腕を組んで一緒に歩く姿は、何かとても絵になっていた。


 城から離れて街の大通りにまで来ると、更に人が増えてそこは大変な賑わいを見せていた。

 今回の狂月期は不意に到来したラビリオン禍と重なり大獣災にもなりかねないとても危険な時期であったが、何事もなく無事にその時期を乗り越えられたと言う事で、季節外れの祭りが開催されていたのだった。

 この大通りでは何十人もの楽士が音楽を賑やかに奏でていて、それに合わせて凝った衣装を身に纏う男女がその道の中央で舞い踊っていた。

 また通りの脇には食べ物の屋台がずらりと並んでいて、そこいらじゅうに美味しそうな匂いが漂っている。

 観客の数もいつもの祭り以上で、皆今回の狂月期がどれ程怖ろしかったのかをお互い語り合っていた。

 ミラーとポムは早々にわき道に入りこの人混みをさけて歩いていた。

 狭い裏路地を抜けて閑散域に入り人目がなくなったところで、この式典に多少のわだかまりを抱えていて考え込んでいたミラーがポムに訊ねた。

「あのう、ポムお爺様?私あの褒章授与の式典に出席していて思ったのですが……。子ども達の中で私だけが褒章を受け取っても良いのでしょうか?みんなあんなに大変な思いをしたのですもの。やはりミルト達にもこの栄誉を授けてあげるべきなのではなかったのでしょうか?」

 ポムはミラーをちらりと見てそのまま歩きながら答える。

「ふむ。ミルト達を式典に連れて行く事は出来ん事ではなかったが……まあやめておいて正解じゃったじゃろう。式典後のあの舞踏会を見て改めて思ったわい」

 ミラーは大人しくポムの次の言葉を待った。

「そうじゃな。儂とミラーは、何というか……すでに王国には公に認められているような、高い身分のある有名人であるからのう。儂らが何か大それた事をしても、役人や貴族達はその儂らの持つ立場だけで、一応は納得してくれるのじゃよ。じゃがミルト達は一般街の身の上で年齢も若すぎる。こういう者が何か偉業を成し遂げると、どこからか妬みや僻みが生じてしまうのじゃよ。それにじゃ、もっと悪い事にまだ貴族や政治の事が分からないミルト達を、何かに利用しようとしてくる輩がいるかもしれない。もしミルトがあの龍精の力の事を誰かに漏らしたりしたら、それこそもう大事になろう。その誰かがミルトのあの力の真髄を知って上手く利用出来れば、その者はこの国での政治や軍事において多大な影響力を持てるからのう」

 ミラーはその考えに少し怯えながらまた訊ねた。

「でもポムお爺様が守って下されば……」

「うむ。外から来る見える圧力ならいくらでもはね除けられよう。しかしそれが内側からとなるとそうもいかん。ミルト達はまだ若く世間と言うものを知らぬからな。彼らを籠絡するならいくらでもやりようはあるじゃろう。まあ儂も彼らにずっとついている訳ではないし、儂やお主の隙をつき色々と厄介な事を起こしてくるやもしれん」

「なるほど、確かにそうですね……」ミラーは腑に落ちたように頷いた。

「うむ、となれば今のところは静寂を保ちミルト達の心と体の成長を見守るのが最善じゃろう」

「はい、分かりました」ミラーはやっとすっきりした笑顔を見せた。

 ポムはそう言えばと思いついたようにミラーに訊ねた。

「それでその彼らは今日はどこに行っているのじゃろうて。今日は儂もレオニス殿も式典に出席して相手をしてやれんかったが。祭りに出かけて遊んでいるとかかのう」

「いえ、たぶん今日も皆で訓練をしていると思います。昨日そんな事言ってましたもの。またあそこにいると思います。北の廃墟森に」

 ポムは少し首を傾げながら言う。

「ふむ、色々と頑張るのは良い事じゃが、何故急にこんなにも根を詰めてやり始めたのじゃろうな」

「さあ、どうなのでしょう。私にも教えてくれませんし。それに最近少し避けられているような感じも……」ミラーは寂しげな口調で言った。

 ミラーはしばらく黙ったまま歩き、そして珍しく少し言いよどみながらポムに向かって真剣な感じで話しかけた。

「あのっ……ポムお爺様。少しお話があります。今回の私達の旅で隔護結界の不順を直せた事によって、私の父のこの街での仕事が全て終わりました。私の父がこの街に呼ばれた理由は、この北の地の地脈と龍脈の調査とそれによる結界の状態把握でしたから、それが終わったのならもうこの街に滞在する意味もなくなってしまったのです。そうしてある問題が出てきました。それが、今後の私達一家の身の振り方なのです。この街の私達の家はいわば国に借りているような状態なので、本来の自分達の家はここから遠く離れたレオニードの街にあると言う事になっています。それゆえにレオニードに帰らなくてはならなくなってしまいました。それでポムお爺様にお願いしたい事があるのですっ……」


 その頃、北の廃墟森の中に三人の少年達の姿があった。それはもちろんミルト達で、彼らは狩人の装備を身に纏ってこの深い森の中を身軽な動きで駆けていた。

 この三人の中で一番前に位置しているのはトーマで、彼は時々後ろを振り返りつつ逃げるように走っている。

 そのトーマを追うように走っているのはミルトで、トーマの後ろのだいたい二十歩くらいの位置につけていた。疾走術は使ってないのと、木々が邪魔して前があまり見通せずにたまに見失うので、その距離はなかなか詰まらずにいた。

 残るキルチェはと言うと、この二人の姿が同時に見渡せる高台を選んで進んでいる。

 ミルトの耳に鳥の鳴き声のような高い音が一瞬聞こえた。

 ミルトはすぐにその音がしたほうに目を向けて、左前方のだいぶ離れた場所にいたキルチェの姿を探した。

 キルチェが左右の腕と手を複雑に動かしてミルトに向け合図を送ってくる。

 ミルトは目を凝らしてそれを見つめて判読していった。

 相手の・位置は・前方の・大きな・枯れ木の・真下。

 進行方向・左の・茂みに・入ると・近道・あり。

 ミルトは口元に笑みを浮かべて了解とこちらも手で合図を送ってから、左手にある茂みに突っ込んでいった。強引に枝葉を掻き分けて進むとすぐに茂みの反対側に出られた。ミルトの側からは分からなかったが、見た目より枝の密度がない茂みだったのだろう。

 そしてミルトは前方にある枯れ木のほうを見た。確かにそこにはその枯れ木まで障害物がほとんどない真っ直ぐな道のような空間がある。

 ミルトはそこを全力で駆け抜けた。

 そして枯れ木のところまで辿り着くと、トーマの後ろ姿がもう間近に見えていた。二人の距離としては十歩ほどにまで近づいている。

 トーマはいきなり間近に出現したミルトの姿を見て驚き、何とか引き離そうと滅茶苦茶な方向に駆け出した。しかしミルトはもう余裕の表情でそれを追っている。

 ミルトがトーマの背に向かって声をかけた。

「さあ、もう諦めたらどうだい?トーマ。いま降参するならその服は汚さずにすむよ」

 トーマは走りながら顔だけ振り返ると、下品な合図の手の形でそれに答えた。そして前方に見えてきているこの追いかけっこの終着点である大岩に向かって全力で駆け出した。

 ミルトは一瞬引き離されそうになったが、落ち着いて懐を探り、仲間内で「飲苦玉」呼んでいる中身がとても苦い味で真っ赤な果汁を持つ果物を手に取った。そして、トーマの背に慎重に狙いを定めて鋭く投げつけた。

 ミルトが投げた印苦玉は見事にトーマの外套の背に当たって弾け、その外套に血のように真っ赤な果汁が飛び散った。

 それを当てられたトーマは、諦めてその場に立ち止まった。

 トーマは天を仰いで大きく息をつくとミルトのほうに向き直る。

「ちぇっ。もう少しだったのにな。ほら、あとほんの二十歩くらいじゃないか」

 ミルトもトーマに歩いて近寄って声をかけた。

「へへ、今回は危なかったよ。勝てたのは本当にキルチェの指示のおかげだな」

 トーマは面白くなさそうな顔でキルチェのいるほうに目を向けた。

「ふん。あいつ、ミルトの時だけ頑張っていないか?」

 ミルトは苦笑しながらキルチェが近づいて来るのを待った。

 キルチェがやって来てミルトに握手を求めてきた。

「やりましたね、ミルト。これでミルトの五十捕獲勝だね」

 それを聞いたトーマは悔しそうに言う。

「でも、この区間は追うのはきついはずなんだがな。高低差もあるし、変な風に木々が植わってるせいで相手をまく機会も多いしな」

 キルチェは背負っていた鞄から、細かい文字が色々書いてある紙束を出して、何枚かめくりながら言った。

「……そうですね。確かに統計から見ても、この区間は逃走者が勝ててますね」

 ミルトも自分なりの考えを付け加えた。

「うん、まあそうなんだけど。今回は指揮者であるキルチェが、常に見晴らしの良い高台の経路を通ってくれたからね」

 それで納得したようなトーマが周りの景色を見ながら言った。

「なるほどねえ。ってか何だかんだ言って、これってキルチェ次第なんじゃね?」

 キルチェは首を横に振った。

「いえいえ、追跡者が逃走者の逃げ道を誘導してくれたおかげもありますよ。でもお互いの性格、走る速度や跳躍力とかの個人差を考えて指示を出すのはなかなか難しいです」

 キルチェはトーマをじとりと睨んで付け足した。

「ちなみにトーマが追跡者の場合は、僕の〈指揮笛〉を聞き逃す事が多過ぎなんですけど」

 トーマは嫌な顔をして言い訳をする。

「あ~……でもよ、あれって、鳥の鳴き声っぽくて聞き取りにくいんだよな」

 キルチェは溜め息を付きつつ説明した。

「でもそうしないと、逃走者のほうに僕が追跡者側にどう指示をしているのかがばれてしまうのですよ。……あまり言いたくありませんが、あの二十戦目付近のミルトの破竹の逃走大連勝、あれはミルトが僕の指揮を逆手に取って逃げていたからなのですよ。あれに気が付いた時は本当に悔しかった……」

 ミルトは得意気に笑った。「へへ」

 トーマがわめくように言い出した。

「えっ?それってずるじゃね?」

「まあ、勝負事ですからね。戦略と言えるでしょう。とにかく僕が甘かったのですよ……」

 キルチェは口を引き結び、腕を組んで悔しそうに言う。

「ちぇ、まあいいや。それを抜いても大負けしているのには変わりはないしな」

 相変わらずトーマはさばさばしている。

「さあ、そろそろ休もうぜ。この背中の染みもちゃんと洗いたいしな。ここから一番近いのは……川の砂地二番地か」

「そうですね。あの谷に沿って行った所です」とキルチェ。

「それじゃ。行こうよ」ミルトが先頭に立って歩き出した。

 森の中をしばらく歩いていると、トーマが何か思いだした様に言い出した。

「川の砂地二番地か……そう言えば、よくミラーあの時一人で来られたよなぁ」

「ああ!あれには驚きましたよね」キルチェもその時の事を思い出して楽しそうな声を出した。

 ミルトも振り向いて、その時の事を何か言おうとしたが、その前にトーマが少し暗い声で言い出した。

「……でもよ、ほんとにミラーいなくなっちゃうのかな?」

 ミルトはむぐっと言葉に詰まってしまった。トーマは目的地からミラーを連想し、さらに今仲間内で気になっている話題までを連想してしまったようだ。

 きるちぇが慌てて遮った。

「だ、駄目ですよ!トーマ。それを口にしては!まだ確定していない事を口に出していると、それが現実に起こりやすくなってしまうと言う、言い伝えもあるのですよ。とにかく今のところはその可能性があるだけで、まだ決定している訳ではないのですから」

 キルチェはそう言いながらミルトのほうを窺ってみた。ミルトはその話題には自分は触れないと言った感じでずっとそっぽを向いている。

 ミルトは母親のマレスから、ミラー一家が引っ越しをするかもしれないと聞かされて以来、物凄く動揺していて、とにかくその話題を避けていたのだった。

 トーマは詫びるように早々に話をまとめた。

「いや、まあ、すまん。取りあえず俺達に出来る事は、早いとこ実力をつけて狩人の称号を得る事だったな。そうすればミラーがどこに行ったとしても会いに行ける訳だし」

 それを聞いたミルトは、やっとトーマ達と目を合わして力強く頷いた。

 ミルト達はミラー一家の引っ越しの噂を耳にすると、直ぐさま皆で狩人になる為の大特訓に入ったのだ。

 自分達にはミラーを引き留める術は勿論なくて、それならば、もしそうなったとしても、こちらから会いに行けるようにしなければならないと思ったのだった。

 狩人の称号さえ得れば仕事で街を出る事も可能になるし、ミルト達はポムやレオニスの力を頼ってでも、とにかく早くミラーの元に会いに行くつもりなのだった。


 川の砂地二番地での休憩が一区切りした頃、キルチェが木漏れ日の光の加減を見て言い出した。

「そろそろポム爺さんとミラーがお城から戻って来る頃じゃないですかね?昼過ぎくらいには帰るって話をしていたような気が……」

「ふ~ん、そんじゃ今日はもう上がるか」とトーマ。

 だがミルトは何か他の事を考えているかのように、黙ってそれに対する返事を返さなかった。

 トーマはそんなミルトを見て諭すように言い出した。

「……ミルトよう。その内に起こりそうな未来の為に、今から頑張るのは立派な事だが、今しか出来ない事を今やっておかないのはどうかと思うぜ。それで後悔するのは目に見えているけどな。取りあえず今、ミルトが出来る事は、城に褒章を貰いに行ってそこで見聞きした事を誰かに話したくてうずうずしているミラーの話を、黙って聞く事だろうな。それにだ、うまくすればミラーが着替える前に、ミラーのお城行きの超お洒落着姿を見られるぜ」

 トーマはミルトにぐっと親指を立ててみせた。

「マレス母さんが作ってたあの服か!僕もミラーが着ているところ見たかったんだ」キルチェも興奮気味に乗ってきた。

 ミルトはふっと頬を緩ませた。

 確かにトーマの言う通りだった。未来のミラーの為に今から頑張る事は確かに大事な事だが、それをする為に今のミラーをないがしろにするのは絶対に間違っている。

 しかし、トーマにこうやって諭されるのもなかなか新鮮な感じがするものだ。ミルトは気が楽になり、自分もトーマのその言葉に乗る事にした。

「ミラーの超お洒落着か!それは僕も確かに見たい」

 ミルトはそう言うと皆を急かすように言い出した。

「よし!早く帰ろうよ!今日ミラーはポム爺さんの家で着付けをしたはずだから、帰りもポム爺さんの家に寄るはずだよ」

 ミルトはいち早く駆け出した。

 残されたトーマとキルチェは顔を見合わせて、やれやれと頭を振りつつ、その後を追いかけたのであった。


 北の廃墟森を抜け出た彼らは、あらゆる近道を駆使してポムの家に向かって急いで駆けて行った。

 そして偶然にも、彼らは中央の通りからポムの家に向かう森の中の小道で、ポムとミラーの後ろ姿を見つけたのだった。

 高位の魔導師のような衣装を身に纏うポムと、清楚な宮廷着のような装いを身に付けるミラーが仲良く腕を組んで歩いていた。

 ミルト達が声をかけると二人は振り返り、彼らを見て微笑んでくれた。

 森の中の木漏れ日の中で、絵画から抜け出たような出で立ちの二人が並ぶその光景は、何だかとても幻想的な雰囲気が感じられて、まるで絵物語の一場面のようだった。

 ミルトはミラーのその姿に見とれながら近づいて行った。

 どこかの国の清楚なお姫様のような姿のミラーが、近づいて来るミルトに向けてその輝くような笑顔を向けている。

 ポムはトーマとキルチェだけを呼び寄せて先に歩いて行く事にした。ポムに呼ばれた二人はミラーのその姿を名残惜しそうに眺めながらすれ違っていった。

 ミルトはミラーの正面に立ち、その姿を目に焼き付けるようにじっと見つめていた。少し前だったら照れてしまい直視は出来かっただろうが、今ミラーがこの街からいなくなってしまうかと思うと、照れてはいられないと思ったのであった。

 ミラーも顔を上気させて、その瞳は相手から決して逸らさなかった。

 二人だけの時間が流れていったが、そんな二人を祝福するかのように舞い降りてきた小鳥達が二人を我に返してしまった。

 ミルトは照れ隠しに頭をぼりぼりかいてミラーに話しかけた。

「あ~、どうだったの?お城のほうは?」

「うん!何かね、凄かったよ。私、初めてお城の奥を見たけど……」ミラーはとても楽しげに話し始めた。その説明はとても上手で、一度も行った事の無いミルトでも、その内部の様子が容易に想像出来るようだった。

 二人は並んで話ながら歩き始めた。もっぱら話をしているのはミラーのほうだったが。

 そしてミラーが一度地面の石に足を取られそうになった時にミルトが手を差し伸べてからは、自然と二人は腕を組んで歩いていた。だがその光景はポムと腕を組んでいた時とは異なり、かなり密着した恋人同士のような感じになっていた。

 お城での話が一段落したところで、ミラーが自分達の引っ越しの話をし始めた。

「……あのね、ミルト。そう言えば言ってなかったけど、私達の住んでいるあの家は借りているみたいなものなの。本来の私達の家はレオニードの街にあるのよね。私達一家は、この街にはあの結界不順を調べる為にお父様が招聘されたから来たようなものだから、それが今回無事に解決した事できちんと後処理をしなくてはいけないの。それでもう私達は故郷のレオニードに帰らなくてはならなくなったのよ。でも……」

 ミラーの話は続いていたが、ミルトはミラーがいなくなるのは本当の事なんだと気持ちが急激に落ち込んでしまい、話がまるで耳に入ってこなくなってしまっていた。

「……って聞いてるの?」

 ミラーは相づちなどの反応がまるでなくなっているミルトの顔を覗き込む様にして訊ねる。

「あ、うん、ごめん。考え事してた」ミルトは慌てて謝ったが、頭の中はもうぐるぐるとミラーがこの街からいなくなった時の事が巡ってしまい、落ち着いて物事を考える事が全く出来くなっていた。

「もうっ。だからね、レオニードは確かに遠いけど、別にもう会えない訳じゃないから、そんなに寂しくない……」

 ミラーはまた先程からの話を続けようとしたが、終わりまで聞かずにミルトが遮ってきた。

 ミルトはミラーの会えないとか寂しくないと言った単語にもう我慢出来ずに反応したのである。 

「僕、行くから!」

「え?」ミラーはミルトの突然の言葉にきょとんとした目を向ける。

「絶対に行くからね。レオニードに!だから待ってて欲しい!少し時間かかるかもしれないけど、何とか狩人の称号を得て、絶対外に出られるようになるから!」

 ミルトはミラーから目を逸らし耳を真っ赤にして、決意を込めたような口調で言っている。


 ミラーのほうは、初めは何でミルトがそんな決意を自分に言うのか分からなかったが、やっと少しずつ腑に落ちてきた。

 ミルトはミラーの一家全員でレオニードに引っ越して帰ってしまうと勘違いをしているのだと。そのせいで、ミルトはさっきから何か上の空の返事ばかり返してきていたのだと。

 たぶん、さっき自分が話した事は全く耳に届いていなかったのだろう。

 ミラーの一家が今回の件が終わった事で故郷に戻る事になったのは確かに本当だが、それは実は一時的なもので、故郷のレオニードに戻る本来の理由は、レオニードにある家を整理して、この街に完全に移り住む為の手続きと準備をする為のものなのであった。

 しかも今回、一時帰郷するのはミラーの両親だけであり、ミラーはポムに頼み込んでポムの家にその間厄介になることで、この街に残れるようにしていたのである。

 ミルトはずっとミラーに向かって愛の溢れる言葉を語り続けている。

 ミラーはミルトのその勘違いを否定する時期を見失ったのを幸いとして、しばらく彼の暖かい言葉に耳を傾けていた。

 ミラーに語りかけるミルトの表情は悲痛な恋人のそれであったが、その言葉を聞くミラーの表情は、申し訳なさそうな、だが口もとにはとても幸せそうな笑みを浮かべていたのだった。



【おわり】

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