伝説の勇者、リゾートを満喫する
「アロハ~! ようこそ、魂の超高級リゾート『冥界・アケロン』へ! お客様が第一号のチェックインとなります!」
次元の最下層に突如オープンした南国風スパリゾート。
そのエントランス(旧・地獄の門)にて、真っ赤なハイビスカス柄の【アロハシャツ】に身を包んだ冥界王ハデス(リゾート支配人)が、顔を引き攣らせながらも必死の「営業スマイル」でレイ(花の首飾り)を差し出していた。
その横では、パリッとしたホテルマンの制服を着た『冥府の執行官』たちが、完璧な角度でお辞儀をしている。
さらに奥では、地獄の番犬ケルベロスが、三つの首すべてにサングラスをかけ、フラミンゴの浮き輪を腰にはめて尻尾を振っていた。
「……えっ? あ、あの……ここ、冥界、ですよね……? 針の山とか、血の池地獄とかは……?」
困惑の声を上げたのは、光に包まれて転送されてきた一人の青年の『魂』だった。
全身傷だらけのボロボロの鎧をまとい、目の下には真っ黒なクマ。その背中からは、隠しきれないほどの疲労感と絶望感が漂っている。
「今日からここは『リフレッシュ休暇』のためのリゾート施設になったんだよ。いらっしゃい!」
麦わら帽子を被った俺、ジンが、トロピカルジュースを片手に笑顔で出迎える。
「あ、あなたは……? というか、俺は確か、人間界で魔王を倒した後に、そのまま国から『復興のための書類仕事』を押し付けられて、三徹したあとに心臓が止まって……」
青年が、生前のブラックすぎる記憶をフラッシュバックさせて頭を抱える。
彼こそは、数百年前のエルディア王国で世界を救ったとされる【初代・伝説の勇者】その人であった。
魔物を討伐した後も、王国の上層部にこき使われ、休みも恩給も与えられずに過労死。死後もその強すぎる未練と疲労から転生できず、冥界の狭間をずっと彷徨っていたのである。
「魔王討伐の後に書類仕事で過労死……。それは完全な労災(ブラック労働)だね。君は世界を救ったんだから、もっと手厚いサポートを受ける権利があるんだよ」
俺は、伝説の勇者の肩を優しく叩いた。
「えっ……権利……?」
「そう! だから君には、これまでの未消化だった『有給休暇(数百年分)』を、このリゾートで全ブッパして、完全に疲れを取ってもらうからね! さあ、まずは温泉だ!」
▼▼▼
(…………本日の、一錠目。……朝から強烈な光景ですわ)
元・暗殺者のルミナは、リゾートのロビーでココナッツジュースをすすりながら、静かに胃薬を飲み込んだ。
「伝説の初代勇者様が……世界を救った英雄が、ジン様の手によって『有給消化を強要される社畜』として扱われています……。王国の歴史書が、また一つゴミクズになりましたわね」
一方、ジンに連れられて『旧・血の池地獄』へとやってきた初代勇者は、目の前の光景に息を呑んでいた。
煮えたぎる血の池は、ジンの管理者権限によって、乳白色のお湯がこんこんと湧き出る『源泉掛け流しの超特大露天風呂』へとリノベーションされていたのだ。
「さあ、肩までゆっくり浸かって。魔界の温泉の成分も少し混ぜたから、疲労回復にバッチリ効くよ」
「は、はい……。それでは、失礼して……」
初代勇者が、おっかなびっくり湯船に足を踏み入れる。
そして、肩までお湯に浸かった瞬間。
『…………ッッッ!!!??』
数百年間、彼の魂にこびりついていた「世界を救う重圧」や「終わらない書類仕事のトラウマ」、そして「無限ブラック労働の疲労」が、ジュワァァァッと音を立てて溶け出していった。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………ッ!」
伝説の勇者は、あまりの気持ちよさに白目を剥き、だらしなく口を開けて天を仰いだ。
「なんだこれ……! なんだこれ最高ォォォッ! 肩が! 背中が軽い! 生きてる時より体が軽いぞォォォッ!」
「お湯加減はどう?」
「極楽ですぅぅぅっ! ジンさん、俺、世界を救って本当に良かったですぅぅぅっ!」
勇者が湯船の中で号泣し始めた。
「お風呂から上がったら、次はビュッフェ形式のお食事タイムだからね。天界の食材と魔界の食材を使った、無制限の食べ放題だよ」
「た、食べ放題……! 生前は、乾パンと塩水しか与えられなかったのに……!」
勇者の瞳に、これまで一度も見たことのないような輝き(欲望)が宿る。
▼▼▼
数時間後。
『ソウル・リゾート・アケロン』のプライベートビーチ。
そこには、パラソルの下のリクライニングチェアに寝そべり、アロハシャツを着てサングラスをかけ、右手にはトロピカルジュース、左手には巨大なローストビーフの塊を持った『ダメ人間(ダメ魂)』が完成していた。
「あー……。もう一生、ここでいいわ。世界とかどうでもいい。王国の未来とか知らんし。俺、ずーっと有給消化して生きて(死んで)いくわ……」
初代勇者が、ストローでジュースをすすりながら、完全に堕落しきった笑みを浮かべている。
「良かったね。君がゆっくり休めるようになって、支配人も喜んでるよ」
ジンが隣で微笑む。
『……クッ。我ガ冥界ノ威厳ガ……。ダガ、コノ【カスタマー・サクセス(顧客満足度)】ノ高サハ、経営者トシテ悪クナイ気分ダ……!』
ハデスが、ハイビスカスのレイを揺らしながら、なぜか満足げに(経営コンサルに染まりきって)腕を組んでいた。
「さて、エルディア星の『死なないバグ(無限労働)』も、これからは『有給休暇を挟む』ってルールが徹底されるから、人間界のブラック貴族たちも労働力を失って痛い目を見るだろうね。これで一件落着だ」
俺は、青い空(※冥界の天井に映し出されたホログラム)を見上げて大きく伸びをした。
「ジン様……」
ルミナが、空になった胃薬の瓶を揺らしながら歩み寄ってくる。
「お疲れ様でした。これで、宇宙のシステムも正常(?)に回り始めますね」
「うん。みんなが休めるようになって良かったよ。さあ、そろそろボロ小屋(お悩み相談所)に帰ろうか。ゼフさんたちも待ってるしね」
ジンが立ち上がると、アロハ姿の冥界王や死神たち、そして堕落した初代勇者が、一斉に深々とお辞儀をした。
「マハロ(ありがとう)! またのお越しをお待ちしております、ジン様!」
宇宙の理を揺るがした「死のバグ」は、ジンの規格外のデバッグ(コンプライアンス順守)によって、誰もが笑顔で有給を消化する最高のリゾート施設を生み出し、平和裏に(かつ常識を粉砕して)解決を見たのであった。




