魔王城の年末大掃除(夏)と、宇宙を喰らう害虫のデリート
「よーし! 今日は天気もいいし、全員でボロ小屋の大掃除をするぞー!」
雲一つない青空が広がる『深淵の森』の朝。
俺、ジンは、頭に手ぬぐいを巻き、割烹着という完全防備のスタイルで、縁側に並んだ同居人(と常連客)たちに高らかに宣言した。
「おおおーッ!!」
俺の掛け声に呼応し、気合十分で拳を突き上げたのは、以下の面々である。
・元・勇者のレオ(首にタオル、手にハタキ)
・元・聖騎士団総長のクラリス(フリフリのエプロン、手に雑巾)
・魔界の絶対君主たる大魔王ゼアノス(なぜか休日のたびに入り浸っている。今日はピンクのフリルエプロン着用)
「ジン殿! 我に任せておけ! 魔界の玉座を千年間磨き続けたこのゼアノスの『暗黒物質・拭き掃除』の恐ろしさ、存分に見せてくれるわ!」
「負けませんよゼフ(ゼアノス)さん! 俺の『聖なる闘気』を纏わせたハタキの乱舞で、天井の埃を細胞レベルで滅菌して見せます!」
大魔王と勇者が、掃除道具を握りしめながらバチバチと火花を散らしている。
相変わらず仲が良いというか、ベクトルがおかしいというか。
「二人とも、張り切るのはいいけど、小屋を壊さないでね。クラリスさんは水回りの掃除をお願い。ルミナは……俺と一緒に納屋の整理を手伝ってくれる?」
「はっ! ジン様の聖域に潜む塵芥、我が『無音殺撃』を以て一網打尽にいたします!」
こうして、世界最強の戦力たちによる、無駄にスケールの大きい(しかしやってることはただの家事)大掃除が幕を開けたのである。
▼▼▼
「オラオラオラオラッ!!」
レオが、凄まじい速度でハタキを振るう。ハタキの先端から放たれる黄金の衝撃波が、壁の埃をチリ一つ残さず空間から消滅させていく。
「フハハハ! どけ若造! 窓拭きはこうやるのだ!」
ゼアノスが、窓ガラスに向かって漆黒の魔力障壁を展開する。ガラスの表面の汚れだけを暗黒空間へ強制転送し、一瞬にして新品以上の透明度(※向こう側の景色がクリアに見えすぎて空間がバグっている)に仕上げていく。
「不潔なカビども……神の御名において消え去りなさい! 『極大浄化』!!」
クラリスが、昨日増築したばかりの神殿浴場(お風呂)で、莫大な神聖魔法をぶっ放す。カビどころか、浴槽の石材の分子構造すらも浄化され、ピカピカに光り輝いていた。
「……うん、みんなすごい手際だなぁ」
俺は、窓の外から彼らの超絶技巧(無駄遣い)を眺めながら、のんきに頷いていた。
やっぱり、プロの冒険者や騎士は体力があるし、掃除も得意なんだな。
「ジン様、納屋の荷物の搬出が完了いたしました」
音もなく背後に現れたルミナが、ホコリ一つ立てずに報告してくる。
「ありがとうルミナ。じゃあ、俺は納屋の奥の床を掃いてくるよ」
俺はホウキとチリトリを持ち、薄暗い納屋の奥へと足を踏み入れた。
昔の大家さんが残していったガラクタをどかし、隅っこのホコリを掃き出そうとした、その時だった。
カサカサカサッ……!
「…………うわっ」
俺の視界の端を、真っ黒で、テカテカ光る、不吉なシルエットが高速で横切った。
触覚を揺らし、カサカサと嫌な音を立てて壁の隙間へと逃げ込んでいく、あの生き物。
異世界に来てから一度も見ていなかったが、まさかこんな森の奥のボロ小屋にも『ヤツ』が生息していたとは。
「……最悪だ。ゴキブリが出た」
俺が思わず顔をしかめて呟いた瞬間。
俺の背後にいたルミナが、かつてないほどの悲鳴を上げた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!?!?」
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ルミナの絶叫を聞きつけ、レオ、クラリス、そしてゼアノスが、一瞬で納屋に駆けつけてきた。
「どうしたルミナ! 敵襲か!?」
ゼアノスが魔力を爆発させ、臨戦態勢をとる。
「あ、あれを……! 納屋の奥の、空間の歪みを……ッ!」
ルミナが震える指で差した先。
普通の人間であるジンには「ちょっと大きめの黒いゴキブリ」にしか見えていないソレは、ルミナたち魔力感知能力の極めて高い者たちの目には、全く別の『絶望の化身』として映っていた。
(な、なぜ……! なぜ『虚空喰らい』がこんな所に!?)
大魔王ゼアノスすらも、顔面を蒼白にして後ずさった。
『虚空喰らい』。
それは魔物ですらない。数万年に一度、次元の歪みから偶発的に発生する、空間そのものを捕食する極小のブラックホール生命体。
放置すれば数日で大陸を飲み込み、星すらも虫食い状態にしてしまう、神々すらも恐れる完全なる『宇宙のバグ(災害)』である。
「お、終わりだ……! あんなものが実体化しているなど……! 我が魔力をもってしても、あの虚無の空間を消し去ることなど不可能……ッ!」
ゼアノスが絶望の声を漏らす。
だが、ジンの【全言語翻訳(Lv.MAX)】スキルは、その『虚空喰らい』が放つ次元の振動音を、見事にこう翻訳して脳内に響かせた。
『ギシシシシッ! なんだこの小屋、こぼれた砂糖の甘い匂いがするぜ! 今日からここを俺様のマイホームにして、卵をいっぱい産み付けてやるからな!』
「…………」
俺は、ホウキを強く握りしめた。
『おっ、人間がビビってやがる! 俺様の素早いカサカサ移動に追いつけるかな!? まずはあのタンスの裏に潜り込んで……』
「……許さん」
俺は、静かに、しかし絶対的な怒りを込めて低く呟いた。
魔王が来ようが、帝国軍が攻めてこようが、常に笑顔でお茶を出してきた平和主義者のジン。
だが、『自宅のキッチン(納屋)に卵を産み付けようとするG』だけは、断じて許容できなかった。
「ジン様、お待ちください! 危険です、あれに触れれば魂ごと虚無に呑まれ……ッ!」
ルミナの制止を振り切り、俺は丸めた新聞紙(※昨日ポチが森で拾ってきた謎の羊皮紙)を手に、壁の隙間へと歩み寄った。
「そぉいッ!!」
バァンッ!!
渾身の力で新聞紙を叩きつける。
だが、G(虚空喰らい)は、次元跳躍を使ってわずかに軌道を逸らし、俺の打撃を躱した。
『ギシシ! 遅い遅い! そんな丸めた紙切れで、この俺様が潰せるかよ!』
「……ちっ。すばしっこいな」
俺は舌打ちをした。
相手は小さいし、狭い隙間に入り込まれたら丸めた新聞紙では届かない。
かといって、殺虫スプレーもない。
「……あ、そうだ。ちょうどいい虫よけがあったな」
俺は、麦わら帽子の上にフワフワと浮いていた『神使の輪』――天界の最高管理者権限――を、むんずと素手で掴み取った。
「えっ……? ジ、ジン様……? まさか、そのリングを……」
クラリスが嫌な予感に震え上がる。
俺は、光の輪っかを虫取り網のように構え、壁の隙間で勝ち誇っているG(虚空喰らい)に向かって、スッと突き出した。
そして、ポチッとな、と心の中で念じた。
(システム・コマンド:対象範囲のゴミ(G)をデリート)
カッ……!!!
神使の輪が、神々しい白銀の光を放った。
『――ハ? え、ちょ、待っ……俺の存在コードが、宇宙の根本から書き換えられ……ギャァァァァァァァァァァァッッ!!?』
次の瞬間。
星を喰らうはずの絶対的災害『虚空喰らい』は、潰れることもなく、血を流すこともなく。
ただ、テレビの電源を切ったかのように、空間から『プツン』と跡形もなく消滅した。
そればかりか、納屋の隅に溜まっていた数十年分のホコリ、カビ、ネズミのフンに至るまで、すべての『汚れ』が、宇宙の歴史から完全に削除されたのである。
「よし。やっぱりこの虫よけリング、最高に便利だな。ホコリまで一瞬で消えちゃったよ」
俺は満足げに頷き、ピカピカ(無菌室レベル)になった納屋を見渡して、光の輪っかを再び麦わら帽子の上に戻した。
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(…………本日の、三錠目。……いえ、もう致死量です)
納屋の入り口で、ルミナは白目を剥いたまま、口からポロポロと胃薬の錠剤をこぼしていた。
ゼアノスも、レオも、クラリスも、全員が完全に石化していた。
宇宙の寿命を縮めるほどの絶望の災害。それを、ジンは「ちょっとすばしっこい害虫」程度の認識で、天界の最高権限を用いて『歴史ごと抹消』してしまったのだ。
しかも、「ホコリも一緒に消えて便利だな」という、ダイソンの掃除機以下の扱いである。
(ああ……。天界の神々が知れば、恐怖で泡を吹いて卒倒する光景でしょう……。ジン様の手にかかれば、宇宙のバグすらも『年末の大掃除のゴミ』として処理されてしまう……!)
「よーし、納屋は終わったぞ! みんな、次はリビングのワックスがけだ!」
ジンが、額の汗を拭いながら爽やかに笑う。
「「「…………ハ、ハハァーーッ!!!」」」
大魔王も、勇者も、元・暗殺者も。
逆らうことなど、もはや細胞レベルで不可能だった。
彼らは、ジンの持つ(無自覚な)神殺しのデバッグ能力に心底恐怖し、一言の文句も言わずに、黙々とボロ小屋の床を磨き続けるのであった。
かくして。
『お悩み相談所・止まり木』の大掃除は、宇宙の危機を一つ人知れず救いながら、ピカピカのフローリングと共に無事終了したのである。
(※その頃、天界の本社では『エルディア星の空間座標に一時的なブラックホールが発生し、直後に管理者権限で握り潰された』というエラーログが届き、システム部門の天使たちが集団で胃に穴を開けていたが、それはまた別のお話である)




