エピローグ
数日後。
新宿三丁目の雑居ビル五階は、いつも通り静かだった。
「相沢真理は傷害致死で送検。悠真は証拠隠滅と死体への不法介入で立件」
山岸はそう報告し、資料を机に置いた。
田所は椅子に沈んだまま、ふうん、と小さく息を吐く。
「悠真は?」
「全面的に認めた。殺すつもりで戻ったこともな」
夏野が静かに目を伏せる。
山岸は続ける。
「だが“殺してはいない”と何度も言っていた」
「その通りだ」
田所はカップを持ち上げる。
甘い香りがふわりと立つ。
「彼は殺していない。
だが、自分の中の殺意に怯えた」
山岸は肩をすくめる。
「人間らしいといえば、そうだな」
「人は衝動で壊し、恐怖で整える」
田所は静かに言った。
「整えた時間は、必ずどこか歪む」
山岸は苦笑する。
「お前は本当に現場に出ないな」
「出る必要がない」
田所は机を軽く叩いた。
「順番と温度が揃えば、場所は関係ない」
山岸は手を振り、事務所を後にする。
ドアが閉まると、また静寂が戻った。
夏野が小さく言う。
「先生。もし悠真が戻らなければ、真理の犯行は十九時台と認識されたままでしたね」
「そうだ」
田所は答える。
「時間は、何もしなければ自然に流れる。
動かした瞬間、痕跡になる」
夏野は少しだけ微笑んだ。
「先生は、動かさない人ですね」
田所は椅子にもたれたまま、カップを傾ける。
「俺は椅子から動かない」
甘いコーヒーを一口。
窓の外では、今日も夕方が十九時に近づいている。
だがその時間は、
もう檻ではない。




