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第十二章 触れた痕跡

「四分間でできることは限られている」

田所は静かに言った。

山岸は腕を組んだまま頷く。

「暖房操作だけでは弱い。

“寒かった”と言われれば終わりだ」

「そうだ」

田所は続ける。

「だから、彼が“死体に触れた”ことを示す必要がある」

夏野が視線を上げる。

「何か残っていますか」

山岸は一枚の写真を机に置いた。

「鑑識が追加で出したものだ」

写真には、倒れた三條隆之の右手が写っている。

指先に、わずかな繊維片。

「スーツの繊維か」

「悠真の上着と一致した」

静寂。

「争った痕跡ではない」

山岸が言う。

「付着は軽微。引きずった形跡もない」

田所は写真を見つめたまま言う。

「右手だけか」

「そうだ」

「左手は」

「何もない」

田所はゆっくりと目を細めた。

「倒れ方は」

「後頭部強打。仰向け」

「右手は」

「胸の上に乗る形だった」

「自然ではない」

田所は即座に言った。

山岸が顔をしかめる。

「何がだ」

「転倒直後なら、腕は無造作に落ちる。

胸の上に整うことは少ない」

夏野が息を呑む。

「誰かが動かした」

「そうだ」

田所は頷く。

「死体を確認し、呼吸を確かめ、

そして手を戻した」

静寂。

「悠真は理系出身だ」

山岸が言う。

「脈を確認するなら、手首に触れる」

「だが繊維は指先にある」

田所は写真を指で示す。

「手を持ち上げ、胸に戻した」

山岸の目が鋭くなる。

「なぜ戻す」

「無意識だ」

田所は淡々と言う。

「人は、乱れたものを整える。

特に身内ならなおさらだ」

夏野が小さく言う。

「死亡を確認した瞬間、もう一度“父の姿”に戻した」

「そして暖房を操作した」

静寂。

「十九時二十五分入室。

死体確認。

手を動かす。

十九時二十七分暖房操作。

十九時二十九分退室」

山岸が低く言う。

「殺してはいない。

だが死亡を認識している」

「そうだ」

田所は頷く。

「死亡を認識していなければ、手を整えない」

甘い香りが漂う。

「彼は父の死を知った。

そして十九時を作った」

山岸は静かに言う。

「秘書が殺し、息子が時間を動かした」

「それで揃う」

田所は椅子にもたれた。

「残るは一つ」

「何だ」

「秘書の衝動を、どう証明するか」

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