容疑者二・佐藤晴彦②
「東城社長が? 確か、美容関係の会社を経営していたのではないですか? ネジを作っている町工場とどういう関係があるのですか?」
「そこが社長の凄いところなのです。社長はね、親父に融資を持ちかけたのです。銀行の借金を全部、肩代わりして、更にお金を貸してくれると言う。夢のような話に、親父は喜びました。それで、会社は持ち直したのですが、その後がいけません。安い外国製品に押されて、直ぐにまた首が回らなくなりました。
返済が滞ると、直ぐに工場と家屋敷を差し押さえられ、あっという間に工場は更地になってしまいました。そして、その後には、洒落た美容院が建ちました。本当に、あれよあれよと言う間でした」
「社長に騙された訳ですね。それで、あなたは社長を恨んでいた」
「いやいや、刑事さん。そう先回りされては困ります。別に社長は何も法に触れることなんてしていませんよ。借りた金を返せなかった親父が悪いのです。そのことは親父もちゃんと分かっていました。
身ぐるみ剥がされて放り出されても、文句は言えなかったのです。ですが、社長のお慈悲で、うちの親は東城グループの社宅に住まわせてもらっています。私なんぞも、ろくな大学を出ていないのに、東城グループで採用して頂き、こうして働かせてもらっています。
正直、町工場の社長をやるより、楽して稼がせてもらっています。私が社長を恨んでいたなんて、とんでもない言いがかりです。恩こそあれ、恨みなんて抱くはずがないじゃありませんか! 息子の件でも社長には、大変お世話になりました。ご恩は一生、忘れません」
「息子さんの件?」
「はい。恥を晒すようですが、うちの息子、もう大学生なのですが、私の育て方が悪かったのでしょうね。わがままに育ってしまいました。遊ぶ金が欲しくて、ファミレスでバイトを始めたのは良いのですが、最近はね、動画をインターネットにアップして、閲覧数を稼ぐようなことが流行っているでしょう?」
「ああ、そのようですね」と柊は頷いたが、詳しくない。
「あいつ、調子に乗ってね、夜中に、誰もいない調理場で裸踊りをして、それを友人に撮影してもらって、インターネットにアップしたみたいなのです。調理場の調理器具を使って、いかにうまく、その、あの、大事な箇所を隠すかと言うような裸踊りで・・・」
バイト・テロと呼ばれる卑劣な行為だ。こうしたバイトを雇ってしまったレストランは「あんな不衛生なレストランには行きたくない」と深刻な風評被害にあってしまう。
「ははあ、その手の話はよく聞きますね。立派な犯罪行為です」
「はい。全て息子が悪いのです。ですが、まあ、若気の至りで、楽しければ良いみたいに、深く考えなかったようです。ネットに乗せてから批判が嵐のように押し寄せて来て、初めて自分がやったことの重大さに気がついたようです」
「若者は愚かなものです。かと言って、皆が皆、愚かな訳ではありません」
柊の言葉に佐藤は「すいません」と謝るしかなかった。
「レストラン側が損害賠償を請求すると言うことになって、私もね、(これで、終わった)と思ったのです。いくらになるか、数千万円になったら、払いきれるか、会社をクビになったら、どうやって返済すれば良いのだろうかとか、色々、考えました。息子も自分のしでかした事の重大さに青くなっていました。そんな時、社長が助け舟を出してくれたのです」
「ほ、ほう~あなたに代わって、賠償金を払ってくれたのですか?」
「まさか。そんなこと、社長に頼めませんよ。社長がね、レストランの経営者と旧知の仲でして、話をつけてくれたのです。東城グループと提携して、コラボ商品を出すことを提案したのです。うちが考案したダイエット・メニューをレストランで提供してもらって、うちの美容クラブの会員にレストランを紹介すると言うアイデアです。流石は社長です。
衛生面でも東城グループが全面サポートをすると大々的に宣伝することで、不衛生なイメージを払拭しました。
東城グループがバックアップするのですから、ダイエット食は売れましたね。会員以外のお客さんにも好評でした。今ではレストランの定番メニューになっています。
結局、レストランの方でも損害賠償の件はうやむやにしてくれました。社長のお陰です。社長が言っていました。『死中に活を求めたのよ。禍を転じて福と為すってやつね』ってね。『死中に活』も『禍を転じて福と為す』も、どちらも中国の諺らしいですよ。社長がそう言っていました」秋香は漢籍が好きだったようだ。
「ほ、ほう~そんなことがあったのですね。面白い」
「そうですよ。私がいかに社長に恩を感じていたか、これで分かったでしょう? 大体、誠一さんには、困ったものだ。あの人こそ、飼い殺しにされていて、社長を恨んでいたんじゃありませんか? あの人こそ、社長を恨んでいた人間、ナンバーワンです」
「飼い殺し? どういうことです」
「役者だなんて言っていますが、実質、開店休業状態でした。社長はね、東城グループの総帥ですから、テレビ局にも顔が効く。いくつかの番組のスポンサーをやっていますからね。だから、社長が口を利いてくれさえすれば、大根役者にだって、仕事が舞い込んで来ますよ」
「ほ、ほう~それは面白い。東城さんは大根役者で干されていたが、社長は何もしてくれなかった。そのことで恨んでいたということですね?」
「はあ、まあ、端的に言うと、そういうことです。でもね、刑事さん。誠一さんも怪しいが、他にもっと怪しい人物がいますよ。社長を殺したのは、あいつに間違いありません」
「あなたより怪しい人物がいるのですか? 誰です?」
柊の言葉に、佐藤は顔をしかめながら言った。「古市卓巳という男です。やつもこの旅館に宿泊しています。あいつは、社長が奥さんを殺したと信じているのです」
「東城社長が人を殺した!?」
古市卓巳の名前は東城誠一が作成した容疑者リストの二番目に乗っていた。




