容疑者六・石田正春②
「何故って、あいつに呼ばれたから来たまでだ。会って、話が出来るのは、あいつがここでのんびり過ごす時だけだ。何時もは仕事が忙しいと言って、俺と会おうとしない。言っただろう。あいつは金づるだって。欲しいものを強請るには、ここしかないんだよ」
(まだ子供だ。減らず口を叩いてはいるが、心のどこかで母親を恋しがっているのかもしれない)正春を見ていて、茂木はそう思った。
「それで、今年は欲しいものを強請ることができたのか?」
「今年はまだ会っていなかった」
東城秋香は呪い谷の阿房宮に到着したその夜に亡くなっている。阿房宮で最初に会う客人は、毎年、決まって八田親子だったようだ。亡き八田正剛に義理立てしていたのだろう。彼らが会っていない以上、実の子と雖も、秋香に会えていなかったようだ。
「去年は随分、荒れたようだな。お前が東城社長に向かって、『殺してやる!』と叫んでいるのを聞いた人間がいる」満を持して、八田親子から仕入れたネタをぶつけてみた。
「ああ、あの時・・・あれは、ついかっとして言っちまっただけだ。本気じゃない。俺、バンドやってるんだ。VTVに新曲をアップしようと思ってな」
「VTV?」柊が知らないことに、茂木も驚いた。
「動画共有サイトだよ。知らないのか?こんだけ流行ってるのに。ヴィティーヴァーなんてのがいて、動画が当たれば一躍、有名人だ。金もじゃんじゃん入ってくる。その為には、楽器を買い換えたり、動画撮影用の機材を買い揃えたり、パソコン買ったり、とにかく金がかかるんだ。それで、あいつに頼んだ。金を貸してくれってな。
別に、くれなんて言ってない。俺に投資してくれと頼んだだけだ。動画が当たれば、そんなはした金、直ぐに返してやる。利子をつけてな。それなのに、あの女は、『そんな時間があったら経営の勉強をしろ』だの、『音楽をやりたいのなら、ピアノを習え。ピアノなら直ぐにでも買ってやる』だの、ごちゃごちゃと言いやがって――」
「ふん。それで殺したのか?――で、幾らだ。幾ら借りようとしたんだ?」
「二百万円だよ。あいつにとってははした金だ。いいか、刑事さん。金なんかなくても、携帯さえあれば、動画くらい撮れる。だから、あきらめた。あいつの世話になんかならなくっても、やって行ける。だから、殺してなんていない」
「ほ、ほう~で、動画は撮ったのか?」
「ああ、撮ったよ。撮ってVTVにアップしたよ」
「その様子だとダメだったんだな。まあ、世の中、そんなに甘くない」柊は「ひっひっ!」と下卑た笑い声をたてた。心底、楽しそうだ。若者をいたぶって、趣味が悪い。
正春は「けっ!」と吐き捨てた。
「今年もまた金を強請ってダメだったのか?それで、東城社長を殺した」
「しつこい親父だね、全く・・・会っていないと言っているだろう!あんな女でも、母親は母親だよ。母親らしいことなんて、してもらったことはないけどね。それでも母親だ。ガキの頃は、たまに会うと、それこそ、あいつにしがみついて離れなかったらしい」
「可哀想にな」
「ふん。――でもな、一度だけ、一度だけだが、あいつ、俺を抱きしめて泣いたことがあったな。抱きしめられて苦しかったけど、あの女が泣いているのが分かったから、大人しくしていた。その内、あいつの胸で眠っちまった。女社長として会社を経営して来たんだ。人に言えない苦労があったんだろう」正春にとっては、貴重な母の思い出なのだ。
薄っすらと目に涙が浮かんでいた。
だが、柊には通用しない。「ほ、ほう~散々、悪態をついておきながら、今更、お涙頂戴って訳か。遅いよ。愛憎は表裏一体だからな。『可愛さ余って憎さが十倍』って言うだろう。お前がやったんじゃないのか?」
「俺なんかより、もっとあいつのことを恨んでいたやつがいるだろうが!」
「誰だ?その、お前よりも東城社長を殺したいほど恨んでいた人間と言うのは?」
「関口夫婦だよ。あいつらなら、あの女を殺しかねない。きっと――」
「関口夫婦?誰だ、そいつら?一体、何故、東城社長を恨んでいたんだ?」
誠一が作成した容疑者リストに名前があった。関口忠明と真奈の二人ことだ。
「あいつらはな、俺の前の里親だ。俺は赤ん坊だったんで覚えていないが、あいつら、赤ん坊だった俺に暴力を振るいやがった。それで里親をクビになった。裁判沙汰になりかけたそうだ。色々あったけど、最近、和解が成立したみたいだ。よくもまあ、ここに顔を出せたものだ。警察なら、ちゃんと調べておけよ!」
「ほ、ほう~それは面白い。ご忠告、感謝するよ。ここに居るのか?」柊はふてぶてしく答えた。
「朝飯のとき、廊下ですれ違ったら、『あっ、坊ちゃん』なんて、ぬけぬけと挨拶して来やがった。俺は無視したけどね」
これで、次の事情聴取の相手が決まった。
正春が部屋を後にすると、茂木が柊に尋ねた。「柊さん。石田正春が実の母親である東城秋香さんを殺害したと考えているのですか?随分、何度も、『お前がやったのか?』と確認されていましたが――」
「ふん。あのガキにそんな大それたことが出来るはずないだろう。生意気な態度だったので、ちょっと懲らしめてやっただけだ。見ろ、最後にはお涙頂戴作戦になっていただろう。
だがな、茂木、予断は禁物だぞ。刑事たるもの、全て疑ってかからねばならん。ああ見えて、やつが犯人かもしれない。分かったか」
茂木は「はい」と素直に頷いてから言った。「肝に銘じておきます。しかし、東城社長は、何故、こうもたくさん、自分に恨みを持っている人間をここに集めたのでしょうか?まるで、自分を殺してくれと頼んでいるみたいです」




