容疑者六・石田正春①
八田親子が出て行くと、「どうだ?」と柊が聞いて来た。
びくびくと周囲を伺う辺りは、また何か鳴り出さないかと警戒しているのだろう。どうせ茂木の意見になど耳を貸さない。仲居が石田正春を呼んでくるまでの退屈しのぎに決まっている。それでも素直な茂木は答えた。「そうですねえ。みなさん、東城さんを恨んでいなかったと、殺害の動機を否定されていますが、結局のところ、東城さんをどう思っていたかは、本人にしか分かりません。みなさん、十分に動機をお持ちじゃないかと思いました」
「何だか、ぱっとしない答えだな」どう答えても、ダメ出しする。
「ひとつ気になったことがあります」
「うん、何だ?」
「古市さん、肩からショルダーバッグをかけていました。肩掛けの部分が細い紐状になっていて、あの長さがあれば、十分、首を絞める凶器になるのではないかと思いました」
「ほ、ほう~それは面白い。お前にしては、よく見ていたな。感心、感心」
柊は気がついていなかったようだ。
「古市が東城秋香を殺害したのではないかと、お前は見ているわけだ」
「いえ、まだ彼を犯人だと疑っているわけではありません。それに、もうひとつ、思いついたことがあるのですが、言ってよろしいですか?」
「今日はやけに張り切っているな。いいから言ってみろ」
「はい。東城誠一が作成したリストの中に八田親子の名前がありませんでした。ところが、八田楓と石田正春の名前はある。――と言うことは、東城誠一は東城秋香の過去を知っていたということだと思います。過去に、東城秋香と八田正剛は不倫関係にあって、秋香は八田の子供まで生んでいる。そのことを誠一は知っていた」
「ああ、そうかもしれないな。東城誠一が社長の過去を知っていたからといって、それが何だと言うんだ?」
「東城秋香の過去を知っていて、八田親子の名前をリストに書かなかったと言うことは、八田親子が東城秋香を恨んでいなかったと東城誠一が考えているからだと思います。我々は東城秋香を恨んでいる人物をリストアップしてくれと頼んだのですから。東城誠一は八田親子の名前を書かなかった。彼らは容疑者から外して良いかもしれません」
「相変わらず、回りくどい言い方だな。そんなことくらい、俺も分かっている。それに、我々じゃない。誠一にリストの作成を頼んだのは、俺だ」
他人に自分の功績を奪われるのが、我慢ならない性格だ。もう少し、茂木の意見を聞いてみたかったが、「失礼します」と石田正春がやって来た。
母親の秋香が三十代後半とあって、若い。まだ十代だ。聞くと、この春から大学生だと言う。大学では経済学を専攻するという。秋香の強い希望があったらしい。
秋香に向かって、「ぶっ殺してやる!」と叫んでいたと八田親子は証言したが、荒事に縁の無さそうな線の細い若者だった。母親譲りの端正な顔立ちをしている。顔が縦に長い点が、馬面だった八田正剛の遺伝だろう。
「東城秋香、いや、あなたのお母さんが殺害されたことは知っているよね?」相手が子供と見て、ぞんざいに柊が尋ねると、正春がぼそぼそと答えた。「ああ、知っているよ。旅館中、その話題で持ちきりだ。朝、飯を食べに行ったら、あちこちでその話をしてやがった」
「実の母親が殺されたって言うのに、何だか他人行儀だな」
「ふん、あんな女、母親だなんて思っちゃいないよ」
「ほ、ほう~それは面白い。その台詞を聞きたかった。母親を恨んでいたわけだな?」意地の悪い聞き方だ。
「恨んでいた?ああ、そうかもしれない。たまに顔を会わすと、ああしろ、こうしろと煩いくせに、母親らしいことは何ひとつ、しちゃあくれなかった。恨んでいたかと聞かれると、そうだと答えるしかないだろう」
「実の母親を殺したのか?」
「はあ!俺がか!?ははは、ばからしい。嫌な女だが、いなくなると困る。俺の生活費はどうなるんだ?」
「そう言えば、お前、姓が石田だが、石田家に養子に行ったのか?」
「警察のくせに、そのくらい調べておけよ。ああ、そうだよ。俺はな、生まれて直ぐに養子に出されたんだ。幸い、今の石田さんご夫婦は良い人たちでな。今は幸せだよ。だがな、随分と苦労もさせられた。俺は親に捨てられたんだからな!」
「だから、実の母親を殺した。そうだろう?」
「違うって言ってるだろう!しつこいな、あんた。あいつは金づるだ。だから生きていてもらわなければ困るんだ」
「なるほど、金づるねえ~だが、考えてもみな。東城社長が死ねば、遺産は誰が相続するんだ?旦那とお前じゃないのか?何と言ってもお前は、東城社長の実子なんだからな」
「あっ!」と言って、正春は黙り込んだ。
秋香が死ねば、自分に遺産が転がりこんで来ることに気が付いていなかったようだ。
「いいねえ~羨ましいよ。きっと莫大な遺産だぞ。一生、遊んで暮らせるんじゃないか」
「ふ、ふざけるな!あんな女でも母親だ。俺が殺すわけないだろうが!」正春が激昂した。
だが、柊は余裕綽々だ。「おや、母親だなんて、思っていなかったんじゃないのか。まあ、いい。昨日の夜は、どこで何をしていた?」
「昨日の夜?どこでも何も、ここにいた。阿房宮には行っていない。他に行くところなんて、ないからな。全くここは監獄みたいなところだよ」
「じゃあ、何故、ここに来た?」




