Ep.371 適材適所
道中、甲板から見下ろした時には透き通って煌めいていた海。しかし今、潜水した途端、そこは薄暗く淀んでいた。
単に海水が濁っているだけじゃなく、下に進めば進むほど温度が上がっていくせいで、水温差による海流が発生していて厄介だ。
その全ての原因は、海底にある。
「やっぱり、思った通りだわ……!」
潜水モードの際に外部を確認する用の投影魔術パネルに映し出されたのは、水中とは思えぬ熱量を放つ灼熱の溶岩だった。
「海底火山……!そんな情報、城の地図には無かったのにどうして……!?」
「なるほど、過去の前兆無しに起きた津波はあれの噴火のせいだった訳だ。―――っ!」
観察のために停止していた船が、上に巻き上がるような海流に煽られバランスを崩す。操縦士が上手く体勢を立て直してくれるからどうにかなっているけれど、元々船体が熱に対策した物じゃないこともあり今のままじゃこれ以上近づけそうにない。
「本当にあの先にフェザー先生やテルさん、ロイドさんが居るの……?とても人間が滞在出来るような環境じゃないけど」
不安げにそう呟くのはクォーツだ。これを目の当たりにすれば当然の反応だろうけれど、一歩前に出てきたライトがある一点を指し示す。
「いや、そうとも言い切れないみたいだせ」
そう指し示した一箇所。そこが見やすくなるように、視界を遮っていた海流を私の魔力で逸らす。
円状に連なった海底火山の中心部にそびえ立つ神殿が、一瞬だけ姿を表しまた畝る海流の中に姿を隠した。
「今のは……!」
「聖霊王様やハイネのお姉様達が以前仰っていた、初代の聖霊王の遣いの魂を弔った聖域のひとつじゃないかしら。はじめは地表にあって長い月日による地殻変動で海の底に沈んだのか、それとも初めから意図があってあそこに建てたのかはわからないけど………」
「少なくとも、行ってみる価値はありそうだな」
互いに顔を合わせ頷きあう。
「海流は私の魔法で避けながら進むから、ライトには火山の熱が直接船体にかからないように援護してもらいたいの」
「あぁ、熱の感知ならこの中じゃ俺が最適だろうしな。任せてくれ」
と、頷いたライトの肩を掴み、フライも一歩前に出た。
「多少勝手が違うとは言え、海流は風の流れに似通った部分があるからね。僕も協力するよ」
「……っ!な、なら僕も…っ」
「いや、クォーツはブランと外の様子を見て俺達に指示を出してくれ。魔術を使いながらだとどうしても見落としが出かねないからな。それに」
「ーーっ、わかったよ!」
ライトの声を遮り、クォーツが彼の手から投影パネルをひったくる。らしくない行動に唖然とする間もなく大きな噴火が起きて、私達は魔術に集中せざるを得なくなった。
「……っ、僕だって…………」
不意に、船体が大きく傾いた。悔し紛れに両手を握りしめていたせいでバランスを保てず、仰向けにひっくり返る。
(なんだろうあの形、まるで……)
その時たまたま目に入った篝火山の裏側が、なんとなく、クォーツの記憶に留まった。
とぷん、と。水面から沈むような感覚がした。
気がつけば潜水艇は波止場のような構造の水路に浮かんでいて、周りは美しい白亜の神殿に変わっていた。
「無事入れたみたいだな……」
「えぇ。一定の範囲に入ったら自動で入り口に転送される仕掛けになってたのかも」
「呼吸が出来ると言う事は、やっぱりこれは初めから水中に……ーっ!」
「フライ!?」
周囲を伺っていたフライがある一点に目を止めて、潜水艇から飛び降りた。
船主には待機してもらうよう頼み、万が一の時は自分の安全を優先して欲しいとも伝えてから皆でフライを追いかける。
水晶で出来た螺旋階段の前でしゃがみ込むその手には、焼け切れた布切れが握られている。フェザー先生が行方知れずとなったあの日、身につけていたというマント。それの端切れの一部だった。
走り出そうとしたフライの体を、ライトと私が両側から掴まえる。
「ーっ、離せよ!」
「落ち着いて!気持ちはわかるけど、ここがどんな場所かもわからないままはぐれるのは命取りだよ!」
「あぁ、動くなら全員で行くか、せめて二手が限界だ。そのマントからしてフェザーが襲撃を受けたのは間違いないんだ。どこに敵が潜んでるかわからないだろ」
「……っ!」
言葉をなくしたフライが脱力したので、とりあえずフライはライトに任せてとりあえずしゃがんでみる。床に手をつくと冷たいけど、ちょっとヒヤッとする程度だ。多分、水晶と……大理石か何かで出来ているみたい。
(残念。もし氷で出来てるなら魔力を巡らせて構造を把握したり動かしたり出来るかなと思ったのに)
でも、私は無理でも出来そうな人が実は一人いたりして。
「クォーツ!」
「……っ!なっ、何?」
「この神殿の構造が知りたいの。石造りなら、大地魔法の扱える素材の一部だよね。クォーツなら把握出来ないかな」
「えっ、僕が!?」
「うん。クォーツ、学院で花壇作る時とかいつも地面の状態を確かめてどの土にどんな植物が最適か割り振ったり、校舎に魔力流してルビーの居場所探したりしてるよね。それの応用でいけるんじゃないかと思うの!」
「待って花壇はともかく何で後半知ってるの!?」
企業秘密です、黙秘します。今はそんなことはいいんだって!
「人質が居なくなってから大分日が経っているし、今どんな扱いを受けてるかもわからない。それに……」
私の視線を追って顔色を無くしたフライを目の当たりにしたクォーツが、瞳を見開く。
「フライの心境を思えば尚更、これ以上は時間を無駄に出来ないと思うの。だから、お願いします!」
「ーー…………簡単に言ってくれるね?成功するとも限らないのに」
いつになく自虐的な言葉だ。らしくない。
でも、クォーツの目は真剣だ。なら、私もらしくない返しをしよう。
「クォーツなら絶対大丈夫って、信じてるもの」
根拠の無い『大丈夫』ほど無責任なものはないのだ。普段なら絶対使わない。だから今日は、とっておきね。
「そうだぞ。さっきから何に拗ねてるのか知らないが、潜水艇の指示出しだって海底の地形を正確に把握してるクォーツだから安心して任せてられたんだ」
いつの間にか隣に来ていたライトに優しく背中を叩かれて、クォーツが顔を上げる。そのまま視線は、フライに向いた。
「土地に携わる魔術は僕等には難しい。兄さん達が心配なんだ。どうか、力を貸してほしい」
頭を下げたフライに驚いた様子で、クォーツが笑った。
「ずるいなぁ皆して。そこまで言われちゃったら断れないじゃない」
瞳を固く閉じたクォーツが膝をつき、両手の平を床へとつける。暖かい黄色の魔力がふわりと花のように広がった。
〜Ep.371 適材適所〜




