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洗濯バサミ

洗濯ばさみを渡す人


第一話


町には変な老人がいた。


橋へ行く。


洗濯ばさみを挟む。


帰る。


それだけ。



子供たちは


「洗濯ばさみ爺さん」


と呼んでいた。



理由を知る者はいない。



ユウも知らない。


知りたいとも思わない。



変な爺さん。


それだけだった。



ある日。


学校へ向かう途中。


橋の近くを通りかかる。



いつものように老人がいる。



だがその日は様子がおかしかった。



右ポケット。


左ポケット。


上着。


ズボン。



必死に何かを探している。



そして座り込んだ。



「終わった。」



小さく呟く。



「世界が終わる。」



ユウは笑った。



「洗濯ばさみ無くしただけやろ。」



「終わる。」



「終わらんて。」



「終わる。」



「なんでや。」



老人は少し考えた。



「知らん。」



「知らんのかい。」




その時。



ユウは橋の端に赤い洗濯ばさみを見つけた。



誰かが落としたのだろう。



拾う。



「これちゃうん。」



老人は顔を上げた。



洗濯ばさみを見る。



ユウを見る。



また洗濯ばさみを見る。



しばらく黙る。



ユウの手の中の


赤い洗濯ばさみ。



しばらく動かなかった。



そして小さく呟く。



「そうか。」



ユウは首をかしげた。



「何が。」



老人はもう一度言った。



「そういう事か。」




次の瞬間。



老人はユウの腕を掴んだ。




「来なさい。」




「は?」




「早く。」




「いや何が。」




「来なさい。」




「どこに!?」




「家じゃ。」




「嫌やわ!」




しかし老人は離さない。



思ったより力が強い。




「ちょ、待て待て待て!」




橋を引っ張られていく。




「何なん!?」




「急がんと。」




「何を!?」




「分からん!」




「分からんのかい!!」




老人は構わず歩く。




ユウは手に持ったままの洗濯ばさみを見る。




「てかこれどうすんねん!」




その言葉で、


老人が止まった。




「あ。」




振り返る。




「確かに。」




「確かにちゃうやろ。」




老人は初めて手を離した。




ユウはため息を吐く。




そして洗濯ばさみを見る。




ただの赤い洗濯ばさみ。




何年も見てきた。



毎日。




変な爺さんが、


橋でやっていた事。




だから何となく。



本当に何となくだった。




橋の手すりへ近付く。




パチン。




洗濯ばさみを挟む。




「いや何なんこれ。」




少し笑う。




「俺何してんねん。」




振り返る。




老人が立っていた。




動かない。




声も出さない。




ただ、


泣いていた。




ボロボロだった。




子供みたいに。




ユウは固まった。




「え。」




老人は何度も頷いている。




何かを確認するように。




何かを終えたように。




「よかった。」




小さく呟く。




「ほんまによかった。」




そして目を拭く。




数回深呼吸する。




空を見上げる。




その顔は、


さっきまでとは別人みたいに軽かった。




老人はユウを見た。




「よし。」




「・・・。」




「家に来なさい。」




「嫌や。」




「お茶出す。」




「行く。」




老人は少し笑った。




二人は歩き出す。




橋には、


赤い洗濯ばさみだけが残った。




夕方の風で揺れている。




ただそれだけなのに、


なぜかユウは、


後ろを振り返りたくなった。



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