第6話
シュウの紫色の目は輝いていた。
多彩な光源を放ちながら、異色であることを表明する。
いつ見ても綺麗で、この姿を見た際はついつい魅入ってしまう。
「もっと食べてもいい?」
指をさす。
その先には、王様と護衛の兵士たち。
街の住民は全員どこかへ行ったのか。
「……ダメだ」
「なぁんでぇ」
「食べていいのは、一人だけ」
「……誰でもいい?」
「王様は良いもん食ってるだろうから、一番うまいんじゃないか?」
「じゃあそうするぅ♪」
屈んで、飛び上る。
足を天に向けて、虚空を蹴った。
闘技場は砂埃で見えなくなり、けれど赤い血が砂を巻き込みながら飛散する。
年寄り風の掛け声とともにその場で座り込んで、見えない闘技を観戦する。
あちこちで不規則に動く煙。
絶え間なく聞こえる悲鳴。
心の中で奏でる、鎮魂歌。
――シュウに魔物を与えるから、こうなるんだ。
人間ならまだ、こうはならなかっただろう。
魔物は人間に比べ、魔力総量が多い。
その代わり知能が低い場合が多く、人間は優位な知能を駆使して渡り合ってきた。
シュウは、比較的知能が高い魔物のような存在だ。
人間でいえばまだ子ども程度だが、魔物の中では特出している。
そんなシュウの弱点は、魔力を自己で回復できないこと。
人間も魔物も、魔力は自然回復する。
シュウは苦手なのか、できないのか、回復が著しく遅い。
効率よく回復する方法が、『魔力を持った生き物を食す』。
オーガを食ったシュウは、今や高い知能を持った魔物と同等。
統率を欠いた人間が勝つなんて、早々無理な話だ。
落ち着きかけても暴れ続ける魔物のせいで、全く晴れなかった砂埃。
頭の中で説教しているうちに、ようやく人影が見えてきた。
少し前に浮かんだ映像、そのもの。
王様の首を鷲掴み、足先がギリギリ着く高さに浮かせている。
シュウは舌でなめずりながら、血走った眼球で見ていることだろう。
……と思ったら、俺の方を見てきた。
これは許可待ちということだろう。
「風魔法」
アイツのおこすものとは大きく違う、優しい包み込む風。
一気に闘技場の広場まで下りれば、見るからにご機嫌なシュウが見つめてくる。
逆に苦しそうで、助けを求めている視線を向けてくる王様。
余すことなく食べるつもりだろう。
傷はあれど、欠損はしていない。
「イイ?」
期待と、懇願。
二つの瞳が俺を見つめる。
冷めた感情は、瞼とともに閉じる。
「――いいぞ」
何かが風を切った。
飛び散った何かが、俺の顔を湿らせる。
シュウががっついたのだろう。
そう思ってゆっくりと瞼を開いた。
「カハッ……はっ、はぁ」
「……?」
へたり込む王様と、呆然と自分の左腕を見つめるシュウ。
その腕は、肘から指先までがなく、噴水の様に血が噴き出している。
噴水は俺に向いている。
俺の顔を湿らせているのは、シュウの血だった。
なぜ、そうなった。
「アイツ、キョウカを狙った」
そう言う、シュウの目線の先。
どこか既視感のある男だった。
震える体で、欠けた剣を両手で持ち、構えている。
「へ、陛下……! こ、こ、コイツらを倒したら、境界へは……!」
「っ、やれ! さっさとやるんだ!!」
ああ、討伐に行く前に境界へ送られそうになってた奴か。
そして、理解した。
この国の奴の中には、王を慕っている奴もいるんだろうが、境界へ送られたくない故に慕っているフリをしている奴もいる。
『境界』なんて制度ができているのは、王様に取り入っていれば安全が確保されるからだ。
雄叫びと剣を振り上げながら、軟弱な兵士は走り寄る。
――食べてくれと言っているようだ。
シュウは足を振り上げた。砂が舞い、不用心な兵士はそれを浴びた。
怯む兵士。
シュウは左手で兵士の顔を鷲掴む。
「イタダキマス」
赤い血が吹き上がる。
骨の折れる音と、筋肉が引きちぎられる音。
最初こそ聞こえていた声は消え、絶命を察することとなった。
歯の鳴る音がする。
王様は腰を抜かしてしまったようだ。
人が食べられる場面なんて、今まで見てきたんじゃないのか?
「う、うで……」
「……ああ、そっちか」
再生したことへの、驚愕。
確かにこの王様ならば、そっちの方が注意をひくか。
「その、力は」
「これはあまり知られていないんだ。その人がその力を持っていたと知れたら、死ぬよりも辛く、連れ去られた上で拷問されるなんてこともあるだろうから」
「なんだ……なんなんだ……!」
「勇者が『予言』の力を持つように、聖女は『再生』の力を持つんだよ。それをなぜ、シュウがもっていると思う?」
「…………っ、は、いや、そんな……」
頭を抱え、掻き毟り、狼狽える。
崇拝していた聖女を感じ取ったか。
けれど、恐らく、王様の想像は現実よりも甘い。
「聖女は死んでない」
「へ……」
あまり大きな声では言えないので、地べたに座り込む王様の耳に、囁く。
――聖女は生きている。シュウの腹の中で。
だからこその回復力。
聖女を取り込んだ、証。
喚き散らす力さえも出ないのか、王様は放心状態。
立ち上がり、シュウを見れば、兵士の身体を貪っている最中だ。
「勇者を自称するアンタには、あいつのあの姿は視えてなかったんだな」
声をかけても、頭が少し動くだけで、何も言わない。
否定も反発も、気力もないようだ。
「俺には視えてたけどな」
頭と、首と、視線が、俺を見上げる。
絶望に揺れる瞳が、俺を捕らえた。
王様が俺に何を求めようと、俺は王様に何もする気はない。
たとえ俺が勇者の力を持っていたとしても、俺はまだ勇者ではない。
「シュウ」
「んぉ?」
「こいつの口と足も、今のうちに潰してくれ」
「はぁーい」
「ま、待て!! シュウ! 私は貴様の欲しいものをなんでもくれてやるぞ! こ、コイツよりもいいものを!」
「僕、キョウカのハンバーグオムライスが大好き」
「ハン……」
「キョウカがいればご飯が食べれる。キョウカがいれば、お腹が空いても大丈夫。キョウカがいれば、大丈夫」
熱烈な愛にも似た言葉を囁いて、熱烈な目線を受けて、何とも言えないむずがゆさを覚えた。
王様は俺を見つめ、シュウの口が頭にかじりつく寸前まで、微動だにしなかった。
最期には俺の姿が焼き付いていただろうか。
それとも、現実を受け入れられなくて、欲望が産んだ幻でも見ていたのだろうか。
人道から外れた奴の思考ほど、わからないものはない。




