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いつか魔王と勇者になる、その日まで。   作者: 彩白 莱灯


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第7話

 ――― ♡



 闘技場の明かりは一つか二つ。シュウが言っていた逢魔が時はとう(・・)に過ぎた。

 篝火が揺らめき、不自然な風があることを告げる。

 さすがに兵士は近くにいるらしい。

 けれど、王様がシュウに食われるまで黙っていたということは、もうほぼ反対派だったということだろう。



「お腹い……っぱい」



 地面に座り込み、文字通り骨の髄まで食いつくしたシュウは、瞳孔を細長くしたまま恍惚とした表情を浮かべている。

 人間ではなく、獣。魔物もどき。

 魔物のどれにも分類されない存在。 人間のように喋れて、魔物のようには魔力を取り込めず、扱えない、けれど強く、角が生える、そんなものを俺は知らない。

 だから知りたい。俺はシュウを、知りたい。



水魔法(イズ)

「わぷ」



 頭の上からバケツ何杯か分の水を被せた。

 まともに食らったシュウは、全身を揺すって水滴を四方八方に振りまく。

 その姿はまるで獣のようで、けれど俺の方を見たシュウは、ただ角があるだけの人間にしか見えない。



「もーっ。もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃん!」



 頬を膨らませ、見た目以上に幼い仕草をしてくる。

 無駄に似合っているのがまた憎たらしく、先程までの悪食の様をしてた奴の言うことかと嫌味も言いたくなる。



「汚ぇ掃除してやったんだ」

「汚いっ!?」

「砂だらけ、泥まみれ、おまけに血まみれ。さらに臭ぇし。風呂入るまでそのままでいたかったか?」

「ぬ……ぬぬぬぬぬぬ……」



 汗と、苦虫と。

 双方を溢れんばかりに顔に浮かせ、けれどついには頭を垂らした。



「……ありがとう……」



 ここで無駄に反抗しないのがコイツのかわいい所だな。



「どういたしまして」



 と、したところで。

 シュウに立つようジェスチャーを見せる。

 察して、静かにのっそりと立ち上がった。

 そして近くなった耳に口を寄せる。



「宿に戻って、荷物持ったらすぐこの国を出るぞ」

「なんで? 急ぎ?」

「この国の王様を殺したんだぞ。いくらこの国の連中に好かれていなかったかもしれないとはいえ、やばいことをしたのには変わりないんだ。変なことに巻き込まれる前に逃げる」

「わかったー」



 正しく理解したシュウは、俺の腹に手を回し、肩に担いで高く飛びあがった。

 二度目の景色。境界が見える。

 夕方に見た時よりも、境界付近には蠢くものが多い。気のせいかもしれないが、それは人々が抱きしめ合っている様に見えた。



 良いことをしたとは思ってない。

 ただの成り行きだ。

 そもそも王様を殺そうと考えたのは殺す直前だったし。

 シュウの再生を見られた。変化を見られた。

 人間でない様を見られた。

 きっと、逃げた奴の中にも見た奴はいるだろう。

 そいつらは、王様の様に『前兆』と捕らえ、シュウに襲い掛かるかもしれない。

 怪しきは罰せよ、悪の芽は早いうちに摘んでしまえ。

 シュウが負けることはしばらくないだろうけど、厄介ごとは少ないに越したことはない。

 だからこそさっさとこの地を離れてしまおう。



 何度か屋根を凹ませた音を聞いて、最後は優しく降り立った。

 街中は夜にもかかわらず騒がしい。

 混乱が起きている。

 討伐隊が出てしまっているから、兵たちや治安維持の人員も少ないのだろう。

 その間に退散したい。



 俺を下ろしたシュウは軽やかな身のこなしで開けておいた窓に体を滑り込ませる。

 俺は風魔法を使って確実に入室。

 少しだけ懐かしくもある宿泊所。

 簡素な造りの部屋。

 あるのはベッドが二つと、小さなテーブルとその上のライト。



「荷物は?」

「持った!」



 すぐに出れるようにまとめておいた。

 買い物したものは残念ながらどこかへ行ってしまった。

 買い物してすぐ馬車に乗ったから、きっとその中だろう。

 それを気にしている余裕はない。

 また窓から外に出て、屋根を渡って行こう――



「あんたら! 頼む行かないでくれ!!」



 扉を壊す勢いで入ってきたのは、この宿泊所の亭主だ。

 その他にも知らない人間が沢山入り込んできた。

 驚き、体が硬直した。

 窓枠に足をかけたままのシュウも、人間たちを見つめている。



「頼むよ! 境界の人間は解放された。この街が襲われたら街中まで一気に入ってきちまう。俺たちは戦えないんだ。魔法が使える奴は大部分がお前らが食っちまった。戦えるほどの魔法が使える奴、この街にはもういねぇよ……。責任取ってくれよ。頼むから助けてくれよ……!」

「あんた、ちっこい方。めちゃくちゃ強かったじゃねぇか。な? 人助けだよ」



 藁にもすがる思い、とはこのことなのだろう。

 そしてこいつらは、他人が境界で犠牲になっている間に自分たちは安全に逃げようとしていた典型的な奴らなのだろう。

 仮にも同じ国の奴らを食った相手に、よくそんな願い事を言えるな。

 別にそのことを非難するつもりはない。

 強い奴に頼るのは普通のことだ。

 だが、俺たちに責任があったとしても、問答無用で放棄する。



「食わせたのは悪かった。が、お前らの肉壁がいなくなったことについては知らないし、どうでもいい」

「僕も、別に君たちを助ける義理はないかなー」



 責任なんてくそくらえ。

 先にこっちに剣を向けたのはこの国の奴らだ。

 だから対抗した。

 致し方なく殺した。

 ただそれだけ。



 慈悲がないとわかると、人間たちは悲痛の表情を一変させ、怒り狂った(オーガ)の様に暴れだした。



「くそ!! くそ!! どれだけあいつに貢いできたか、お前らにわかるか! 家族の安全のために身を粉にしてきた俺たちのことが!!」

「いや知らんわ。この国はそういうやり方なんだな、そう思っただけ。非難も同情もない」

「俺たちの努力を無駄にしやがって!! ぶっ殺してやる!!」



 隠し持っていた刃物を振り上げ、この部屋に押し寄せてきた数人、いや、十数人が一斉に向かってくる。

 瞬時にシュウは俺の襟を掴んで窓から飛び出した。首が絞まったがまあ予想してたので良いとしよう。

 道を挟んだ建物の屋根から、窓に身を乗り出して目を血走らせている奴らを見る。



「僕たちはやることがあるんだ! 僕は美味しいものをいっぱい食べて大きくなって、大好きなこの世界の王様になる! キョウカは色んな生物(たべもの)を使って僕に料理を作って、生物学者になる! だからこの街にずっといるわけにはいかないんだよー!」



 シュウは絶対、向こうの怒りを理解していないだろう。

 とても晴れやかな笑顔だ。

 してやったり、言ってやったぞ、どーだすごいだろー。

 そんな言葉が顔に書いてある。

 意味もなくまとまった空気を吐きだした。

 窓枠には怒り狂いすぎて何を言っているかわからない獣のような人間たち。

 地面を見れば、俺たちのいる建物にも何人かが入り込んできていた。



「一つ教えておいてやるよ」



 叫んだ。

 冷静でない奴らの耳に届いただろうが、聞こうとしている奴らはいるだろうか。

 どちらでもいい。

 とりあえず伝えるだけはしておこう。



「境界部分を掘って、水を流せ。入り口には橋をかけろ。もし魔物が襲ってきたら橋を落とせばいい。しばらくは孤立するだろうが、その間に別のルートで逃げるでも、援軍を呼ぶでもすればいいさ」



 血の登った頭で理解できただろうか。

 相変わらず何か叫んでいる奴らばかりで、足音も近くなってきた。

 もう潮時だ。



「シュウ、行こう」

「はいよー!」

「――≪招来≫」



   ≪召喚魔法・霊鳥シムルグ≫



 高く啼く、巨大な鳥。

 足は獣。

 幾重にも重なり、多彩な翼は大きく煽る。

 俺とシュウが乗っても余裕がありすぎる。

 そんな巨体は一度、屋根を叩くようにして翼を仰ぎ、空高く舞い上がった。

 一瞬にして音は途切れ、光は虫の集合の様に瞬いている。



 聞こえないだろうが、呟いた。



「もう一生来ねーよ」



 世界は広い。

 回る国は、まだまだ沢山あるんだから。


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