第16話
土間というのか、ほぼ地面もお構い無しにへたり込んだ。
腕だけでなく足腰も力が抜けていったから。
片方だけ立てた膝に、肘を乗せる。
天井を向いた手は空を掻き、足掻いて、藁のような髪を掴んた。
その腕を守るように、反対の腕で膝ごと抱え込んだ。
守るように。
隠れるように。
……見ないように。
俺もババァも喋らない。
もちろんシュウも、声をかけてこない。
誰かが無音を裂くのを待っている。
制限はない。
焦る必要は無い。
自問自答の時間。
内で考えていても纏まらない。
ならば、と、とりあえず思いつく言葉を連ねてみよう。
「友達の夢を、応援したい」
第一の優先順位。
素直な気持ち。
堰を切ったように、次の言葉が湧き上がった。
「けどそれはつまり、いずれ敵対するってことだ。殺したくない。俺が死ぬのはまだいいが、俺はそれよりもアイツと一緒にいたい。話したいし、遊びたいし、生きたい。だからどうしたらいいかわからない。だから、考える時間が欲しくて、一緒に旅をしてる。
一緒に旅をして、アイツの自我が無くなるというか、アイツがアイツじゃなくなる時は……俺が引き戻してやるんだと今は思ってる。アイツはアイツのまま魔王になりたいだろうし。それを叶えてやれるのは俺の役目だ。それに、俺がアイツから離れて、誰かに退治されるとか、そういうのも嫌だった。
まだ誰も……いや、殆どのやつは、アイツがその存在とは気付いてない。それだけ片鱗が少ないんだ。でも、いずれは誰もがそうだとわかるようになると思う。そうなったら、逃げるか戦うか、どっちかだ。誰かが気付く前に俺が気付いて、先手を打たないとアイツが危ない。体を調べてるのはそういう理由だ。いつか必ず来る時を、すぐに察知できるように。少しの変化も見逃さないように……」
アイツの、ただ「将来なりたい職業は魔王!」という、無邪気な夢を叶えてやりたいだけ。
ただそれだけなのに、その職業になるには妨害も多々ある。
世間一般では大量殺害予備軍みたいな扱いだからしょうがないが。
じゃあ世間一般を優先するのかといったら、俺はそうではない。
世間よりシュウが大事だった。
それだけだ。
世界中の全員がシュウの敵だとしても、俺だけはシュウの味方――で、いたい。
「なんで……俺が勇者なんだろうな……」
俺にとっては、なりたくてなったものじゃない。
誰かにとっては、なりたくてなれるものでもない。
交換できたらいいのに。
そうすれば、俺は回りくどいことをせずとも、シュウを守れたのに。
膝を抱える力がいっそう強くなる。
腕の中に顔を埋め、視界は真っ暗になった。
煙管の煙が鼻を掠める。
頭の中は、直近の通りかかった国。
『勇者になりたいヤツ』
『大事な相手同士、協力して商売をしてるヤツら』
『相手を思いやって自分の全てを投げ出すヤツ』
表向きにいいことをしているとは言えなかった。
だが、それでも、羨ましかった。
表立って堂々としている様が、眩しかった。
「あの子はあんたの事は?」
「言ってない。気づいてもないだろうし」
「もし、あの子が殺しにかかってきたら、どうする」
ババァはどこまで気付いているのだろうか。
「殺す」という単語を出してくるぐらいだから、危険なヤツだという認識はあるんだろう。
あんなに懐いているのに、その気配を察するのはさすが年の功。
いや、逆にその気配を察していながら、ガミガミとキレ散らかしているのか。
さすがババァ。
「アイツとの喧嘩なんて、今に始まったことじゃない」
シュウとの喧嘩はもはや殺し合いだ。
女装させようとしたときでさえ殺気を感じていた。
寝首を掻かれそうになったこともあった。
どこまで本気だったかと聞かれれば、8割は本気だっただろう。
シュウにとって、俺はその程度。
……それでも。
俺はシュウのことを、大切な友達だと思ってる。
「そう、友達だ」
ババァは「あの子をどうしたい」と聞いた。
俺は「友達の夢を応援したい」と思っている。
それが答えだ。
暗闇に光が差し込んできた。
浮かせた顔にさす、くすんだ光。
明暗で視界がチラつくが、慣れてしまえば晴れた世界。
「シュウが夢を叶えたいのなら、それを手伝う。アイツが魔王になってからが勇者の出番だ」
そうだ。
勇者の出番は魔王が誕生してから。
魔王が誕生するまでは、勇者といえどただの冒険者。
普通の依頼と魔物退治をしていればいい。
そして魔王が誕生した瞬間、必要なのは勇者。
――なんだ、わかってたことじゃないか。
「『魔王には勇者が必要』で、勇者にも魔王が必要。アイツが夢を叶えるまでは、ただの友達だ」
頭の中がクリアになった。
胸のつかえが取れた。
呼吸がしやすくなった。
冷えた尻を上げ、両の足で立ち上がる。
冷めた目を向けてくるババァに、たぶん今までで一番の笑みを見せる。
「サンキュー、ババァ。ようやく決まったよ」
「はっ。こっちを巻き込んで自己完結して、結構なこったね」
「悪かったって。だが、ミコの依頼は俺も巻き込まれたんだぞ」
「女のわがままを叶えるのが男の甲斐性だよ」
「子どもだからわかんねぇわ」
「クソガキ」
軽口が心地よい。
迷いが晴れたあとの意味がない会話の、なんと楽しいことか。
俺の悩みが減ったとて、ミコの願いはまた問題だ。
「んで、ミコの願いはどうすんだ?」
薬はない。
買うこともできない。
母親の元のストックも限られる。
そんな中で薬を届けろという、一見無茶な願い。
だが、ババァに焦る様子はない。
「問題ないよ」
「なんで?」
「アタシを誰だと思ってんだい」
「ババァ」
煙管が飛んできた。
眉間を狙ってきやがった。
「ババァ!!」
「口を慎みな。こちとら『眠らずの美女』だよ」
足元に横になっていた杖で、強く床を叩いた。
天井が開き、ボトっと重そうな音を立てて落ちてくる包み。
「まさか……」
「ミコの母親の薬さ。売りに出された瞬間から限度一杯買ってたんだよ」
「準備のいいことで……」
「『占い』とはそういうもんさ」
ミコの占いのことを言っているのだと思った。
ミコが道を選ぶ。
選ばなければいけないような事態になる。
ババァはその結果から、自分ができる対策を打ったのだろう。
最悪を想定して。
ミコが母を見捨てるとは思ってなかったろうが、もし薬を使わないとなっても売ればいい。
親しい間柄ならではの、気の遣い合い。
「ほんと、アンタらの関係ってなんなの?」
引き出しから新しく取った煙管を吸って、煙を長く吹いた。
「なに、『眠らずの美女』同士な友達さね」




