第12話
「とりあえず、今日はどうする? このまま逃げる?」
その一言が、頭の中に響いた。
まるで水滴の様にじんわりと広がっていく。
水を得た魚の様に思考が動き出す。
「いや、騒ぎを治めよう」
シュウから離れると、「どうして?」と首を傾げている。
そんなお前が理由だよ。
「むかつくから」
関係があるにしろないにしろ、守護をしたということは災いについて知っていたんだろう。
シュウを放置してくれてありがとう。
だが、コイツを守るのは俺の役目だ。
遊郭の国についてはどうでもいいが、コイツを危険な目に合わせたことと、コイツを守ったことについては礼をさせてもらおう。
お前の力なんかなくとも、俺はシュウを守れる。
お前より俺の方がシュウを守れる。
守って見せる。
そのために、この災いを治めてやる。
屋根の頂点に登り、全体を見回す。
国全体から煙が上がっていて、どこが一番かというのはわからない。
だが、見渡して分かった。
諸悪の根源は『魔物』だ。
「ボイタタがいる」
「なにそれ」
「蛇の魔物。這いずった場所が着火するんだ」
「へぇー。食べれる?」
「食えるぞ」
「いいねぇ」
途端に捕食者の表情をして、蛇のように舌を出す。
エルフがシュウを見逃したのなら、魔王の素質には気付いていない。
魅狐が言っていた全聖女の片鱗にも気付いていない。
魔物を食ったらその片鱗が見えてしまうかもしれない。
が、それがシュウであると判断しえないだろう。
シュウ自身は魔力を持っていなかったから、エルフの国に勧誘されなかった。
つまり魔力を持っている者という候補には上がらなかった。
だから、聖女の魔力が周囲に漏れ出たとしても繋がりにくいだろう。
なら、攪乱という意味でも、シュウに食わせてもいいかもしれない。
ちょっと危険な賭けではある。
普段の俺なら選択しないだろう。
守護を挑発と取ってしまったんだ。
冷静に自己分析しているようで、頭の中は相当沸いていたんだ。
他の道は見て見ぬふりをして、作戦を練る。
「俺は消火活動する。シュウはボイタタをひたすら集めろ」
「すぐ食べちゃダメなの?」
「2・3匹ならいいぞ。残りは後で料理してやるよ」
「やった!」
「ボイタタは地面や壁を張って移動する。水には弱いから、俺の消火のあとは動きが鈍ってるはずだ。ひょうたん貸してやるからそんなかに入れて」
「わかった! 今日は蛇料理だー!」
ひょうたんを手渡すと、ぶんぶん振り回してやる気満タンの様子に笑いが出る。
熱風が顔や髪を焦がそうと吹きつけてくる。
気持ち悪いそれを今度はあざ笑ってやる意気込みで、魔力を練った。
「水魔法」
空を指差した。
指の先端のその先、唐突に浮かぶ雲。
指先程度の大きさしかなかったそれが、だんだんと大きく、厚く、存在感を増していく。
空が雲で覆われることで熱気が籠っていく。
蒸し暑い。
身の内から汗が出てくる。
それと同時に、手の甲に水滴が落ちてくる。
「……雨だ!」
どこからともなく声が上がる。
比例するように雨粒も増えていき、一瞬のうちに屋根から地面から濡らしていった。
やりたい放題だった炎は弱っていき、踏めば消えるほどにまで減っていく。
燃えていた時ではない、消火した後の独特な匂いが充満する。
喜ぶ声も泣き叫ぶ声もする。
びしょ濡れの身体で横を見たが、シュウはもういなかった。
「あいつは風みたいだな」
気まぐれで、いきなり来てはいきなり消える。
身軽な体で、なにかされてもどこ吹く風。
たまに強くなったかと思えば、つかみどころなくやり過ごす。
そのくせやりたいことは一貫している頑固な面もある。
やりたいこと以外はどうでもいいんだろう。
その余裕が、少し羨ましくもある。
意気揚々と蛇を掻っ攫う姿を、一般人の眼に映ることはない。
どこからともなく強風が通り過ぎていく。
たまに咥えている姿が俺には見えている。
一見するとスリの様だが、取られて困るものではないというのが大事なところ。
屋根のてっぺんに座って帰還を待っていると。
突然、甲高い魔物の鳴き声が響き渡った。
「っ!? なんだ?」
複数体の騒がしい音がそこらかしこから響いてくる。
決して蛇ではない。
どちらかと言うと鳥のような……。
国中の人々もその声に気付いたようで、雨の喜びから一転、忙しなく空を伺う。
灰色の雲に模様を描くように、黒い何かが飛び回っている。
「ガーゴイル……!?」
この街の守り神だと言われていたそれが、飛び回っていた。
―― ♦︎
国から離れた木に登り、悠長に物見遊山に勤しむエルフの爺。
決してこちらに牙を剥くことはない魔物。
その暴れ様を安全に眺めるために、わざわざエルフは遠く離れた位置まで移動していた。
「ほっほ。何百年ぶりかのぉ。ガーゴイルの雄叫びを聞いたのは。そしてこの雨……実にええ、丁寧な魔法や。キョーコちゃんのようやな。実に惜しい。いずれはエルフの国へ来てくれること願おう」
この災いの起源であるエルフは手で影を作りながら呟く。
お付のエルフは答えるでもなく、何十回目の主の気まぐれを悠々と受け入れ、思うがままにしていた。
長命ゆえに気は長い。
お付が気を抜いていようが気にならない。
どうせ何とかなる、何とかしてしまう。
その余裕が勝負強さでもあった。
「よろしいんどすか?」
「なんのこっちゃ」
「貴方様の暇潰し場所であったのに」
「よい。変わりのあらへん場所やらつまらん。こうしてたまに荒らして、新顔を入れてもらわな。それが魔力を持っとったら国にとっても、ひいては世界にとっても有用なこっちゃ」
マンネリした環境に刺激を入れただけと、エルフによる有難い介入だと疑わない。
だがそれは、傍から見れば、無意味で人為的な天災でもある。
得られるのはエルフの利己的な満足感と、聖女精製に必要な魔力の収穫。
正しく、『エルフ以外は家畜同然』という思考からの行動。
エルフの爺は自慢の髭を撫でながら、エルフにとって少しの間、離れることを惜しむ心を馳せる。
「再建した時にまた会えればえぇな、魅狐。もしくはやっぱ、地獄かもしれへんけどな」
年齢を感じさせない身のこなしで木から降りた。
お付のエルフはのっそりと体を動かし、帰路への道を確認する。
「さぁて、聖女はどない作り上げるか。ユウをモデルにしては幼すぎるか。もう少し年齢層を上げることにしよう」
――そうやな。まるで、ユウの姉のような皮としよう。




