第3話
そうして自己犠牲精神を宿らせ、魔王討伐に挑ませる。
一人の命で世界を救うという美談を操作している。
これを最初に読んだ時、吐き気がした。
自分に勇者の素質が宿っていると知っていたからこそ余計に。
絶対にこのことは知られてはいけない。
エルフは魔法の達人だから、逃げるのは容易くない。
シュウも……異様な気配はすぐにわかってしまうだろう。
スケルトンでさえ惹かれるものがあったのだから、魔力に敏感なエルフはシュウという存在を目の前にしたら……最悪の場合、その場で殺そうとするだろう。
シュウは魔王になる。
だからそれまでは死なない。
それは俺だけが知っている安心材料。
だが、未来が変わらないとも限らない。
『ない』ことは証明できないんだ。
魔王の身体がなくなってしまったことを証明できないように。
だから、エルフを避けて旅を続けるのが第一条件。
エルフの数は多くはなく、さらにはおおよそ一つの国に留まっているから、そこまで気にしなくてもいい。
だが、一人のエルフに見つかってしまえば全エルフに見つかったと同義でもある。
魔法の達人は連携されると厄介だ。
辺りを見回してみたが、やはり人間しかいない。
この世界の人型の大半は人間だ。
希少な種族がそれぞればらけていたり、一つの所で集落を作っていたりと、エルフ同様にそうそう会うことはない。
……会ってみたい気持ちはあるが、会わない方が良いだろう。
散策しつつ、旅館に帰ってきた。
帰ってきた部屋にシュウはいない。
今日は二か所回ると言っていたから、まだ入っているのだろう。
俺ももう一か所行くことにしよう。
明日はオババの所だ。
湯浴みを堪能して湯たんぽ化したシュウが帰ってきたのは、ご飯時だった。
―― ♣
「シュウ、脱げ」
「いやんっ」
「ふざけるな」
夜が明けて、早速次の湯へ行こうとするシュウを捕まえた。
どこで覚えたのか、体を捻って嫌がる素振りを見せる。
冷めていく俺の目を見ずに、「はいはい」と腰の紐を解く。
「布団に寝て」
下着姿で両手足を放り投げて寝そべる。
色白い全身に真新しい傷は一つもない。
ただし、古傷はいくつかある。
それは聞いても答えず、むしろ「言いたくない」と強い拒否を示す。
その時ばかりは俺も無理やりには聞けない雰囲気を醸し出すため、未だに分からないままだ。
そして、それはおそらく、聖女を食う前の傷。それも相当前のもの。
だから治らない。
「体の違和感は?」
「なーい」
一通り見たうえで、紙に身体を描いていく。
骨の突起を目印にして、長さを測りながら正確に。
色味の変化と形状の差は、前回書いた時のものを参考にして比較する。
今回は切断された腕の実物もあるからわかりやすい。
今のところは爪の形状は変わらない。
指の長さも、身長も変わらない。
「……角が伸びてる」
額から頭のてっぺんに向かって伸びる透明な角が、少しだけ伸びていた。
「模様がないから気付きにくいな……いつからだ……?」
「特に違和感なかったけどなー」
何がきっかけだ?
魔力を得たことか、再生したことか、……毒で死にかけたことか?
シュウの身体は成長がない。
それがどうしてはわからない。
そんななかで、角だけは成長している。
それはつまり。
――魔王に近づいている。
警笛が鳴る。
俺の頭の中でのみ、けたたましい笛が反響している。
いやだ。いやだ。いやだ。
シュウは優しく角を撫でている。
そんな角、折ってしまいたい。
「まあまだ赤子だね」
……。
子ども。
「成長途中ってことか?」
「うん。何となくそんな感じしてる。もっともっと大きくなれるよ、これ」
動物的本能か、体の持ち主であるからこそなのか。
どちらにせよ、直ぐに一人前という訳では無いらしい。
信憑性の有無は置いといて、胸が下りたのは無意識だった。
「……変化を感じたら言って」
「ほーい」
「じゃあ背中」
背中は一見、普通の人間と同じだった。
古傷はやはりあるが、それはもうそういうものとした。
「よし、終わり」
「んねー、これやる意味あるの?」
「ある」
「どんな?」
「お前がどれだけ魔王に近ずけてるか」
「どう!? あとどれ位!?」
「まだまだまーだ先」
「ぬーーーー」
「世界中の美味いもん食って回れるからいいんじゃねぇの?」
「それはそうだけど!」
複雑なようで、眉根が忙しく動いている。
それを端目に出した荷物を片付け、まとめておいた荷物を手に持つ。
「オババんとこ行くぞ」
腰を上げて、素直に着いてくるこを確認。
受付で鍵を預けず、出すふりをする。
「『行ってきます《・・・・・・》』」
「道中、お気をつけて」
鍵を受け取る挙動をして、一礼する。
それを見届けて、二人で向かったのはトイレ。
外開きの扉が三つ。
誰も入っていない。
その中の一つに二人で入る。
「せまーい。はやくー」
「喋るなよ」
この状況を一般人に聞かれたら怪しまれるだろう。
内側から二本目の鍵を指し、捻る。
内側に引くと、目の前には坑道だ。
「すずしーい」
両手を広げて広さを堪能している。
扉を閉めた瞬間、それは消えた。
錆び付いた線路はもう使われていない。
その線路の先、音のする方へ進む。
松明が添えられているから足元は明るい。
しかし外の時間はわからない。
騒音が一際大きくなった。けれど行き止まり。
「シュウ」
「はいよー」
手渡したのは面。
シュウはフードを被っているから鼻から下だけ。
俺は全顔を包むもの。
この場ではこれこそが正装でマナーだ。
壁に向かって鍵を提示する。
――露出の多い黒い服を着た、手のひらサイズの妖精が現れた。
「いらっしゃいませ、お客様。『裏市』へようこそ」




