第2話
部屋のテーブルに向かい合って座る。
真ん中にはこの国の案内図がある。
国内には湯が四つあるらしい。
シュウの目の輝きから、全制覇を目指すだろう。
「オババに会うのは明日の夜」
「湯浴み二つ行ってからだね」
「だな」
湯浴みの種類はなんでもいい。
どんな理由があるのかはわからない。
だが、オババに会う条件は必ず『湯に浸かる』こと。
「それまでは一応自由な訳だが、裏市に行こうと思う」
「あ、僕も行きたい」
「わかった。けど行くのは最後だ。シュウが行きたいところはあるか?」
「湯!」
「おー行ってこい。他」
「ない!」
「そ。一応個室選べよ」
シュウの角は透明だ。
一見分からないものの、表に出したらパニックになるに違いない。
外ならフードやタオルでなんとかなるものの、風呂場となればそうともいかない。
幸い、大衆風呂と個室風呂と完備されている。
家族や身内でも入れるようにということらしい。
多少追加料金はかかるが、好きなことを存分に堪能できるのならばまだ良い出費だろう。
出費が痛くない懐事情の時に限るが。
「キョウカは行かないの?」
「行く。が、図書館にも行きたいし、荷物整理もしたいからな」
休息を目的に集まる国なだけあって、余暇を過ごせる環境もある。
前回のテーマパークの国のように遊び回るものではない。
俺はどちらかといえばこっちのが性に合っている。
「ま、ひとまず今日は湯を楽しむか」
「わーい! 行こー!」
「待て待てここで服脱ぐな。外歩く気あんのか」
幼稚退行したか?
いや、元々だ。
鍵を受付に預け、手近な湯場へ入る。
程よく人は少なく、個室風呂も空いていた。
この時ばかりはちょっかいを出してこないシュウ。
二人してぐったりと浸かった。
シワくちゃになった。
―― ♣
二日目。
節約のために森で採ってきたもので腹を満たす。
シュウは早速次の湯へ旅立った。
俺は残された部屋で戦利品を広げる。
「オーガの身体。スケルトンの骨と内臓。吸血鬼の……核」
一番貴重なのは吸血鬼。
それぞれに求めるのは情報。
人間の身体との相違点。
進化でも劣化でも、どうしてそうなったのかを知りたい。
そのためには報酬が必要だ。
売った上で情報のバックを求めるための。
「お化け屋敷の金、ありがたく使わせてもらうぜ」
氷漬けコウモリに向かっての一言。
迷惑料としてもらったが、自分が解剖されるために使われるとは、どういう気持ちだろう。
聞こえていないのは救いになるだろうか。
改めて検品した上で、希望価格を決める。
これは裏市に持っていく。
その他の普通の持ち物の点検をして、今度は外に行く。
目的地は図書館だ。
ここの図書館は入場料は取られない。
借りて持ち出す場合のみだ。
清浄な空気と本の香りに包まれて、俺は湯の匂いよりこっちの方が好きだなぁと来る度に思う。
特に目当ての本がある訳ではなく、ただ本棚の隙間を練り歩く。
専門書、参考書、童謡、歴史書。
数ある本の中で、どこにでもある本。
その本はどうしても流すことはできず、しばらく立ち止まっても、他を見て回っても、ついつい手を伸ばしてしまう。
――『裏切り者の勇者と聖女』
俺が産まれる前の、先代の勇者の話。
一行の内、二人だけが帰ってきた。
その発言についてただただ批判するだけの話。
「『勇者は文字通り命をかけて、魔王を倒した。その命を救うべく、聖女は魔法を使った。俺たちは助けを呼びに行った。戻ってきた時、二人どころか魔王の痕跡すらも、跡形もなく消えていた』」
その場に残されたのは凄惨な戦いの痕と、誰のものともわからない血液。
魔力を通わせる生き物の死体は良質な肥料となる。
だから魔王が倒れた場所は今後栄える……はずだった。
「『魔王のいた場所はただの廃れた土地となり、人間、及びエルフは荒れ狂った。その後の計画が丸潰れだったからだ。俺たち三人も迫害され、討伐の証明を強要された。しかし明確な証拠の出せない功績を認められず、あまつさえ魔王と勇者一行は手を組んだとありもしない噂を立てられた』」
三人、役職で言えば剣闘士と弓士、そしてもう一人の魔法使い。
仲間の行方がわからないだけでなく、彼らも命をかけたはずなのにまともに労われることもなく、石を投げ続けられた。
なんと苦しく、世知辛いことだっただろう。
少人数に自分たちの命と世界を掛けておきながら、なんと傲慢な生き物たちだろうか。
結果、残された三人も早くして亡くなったようだ。
理由はこの本には書かれていないが、まあそうだろうとはなる。
むしろその方がいいだろうとも。
世界が攻撃してくるのなら、甘んじて受け続けることはない。
逃げることも一つの戦略だ。
そうして遺された文が、より世界を炎上させた。
「『勇者と聖女は愛し合っていた。戦いが終われば二人で過ごすはずだった。だから、逃げるなんてことは考えられない』」
二人だけ幸せになるつもりかと、世界は荒れに荒れたらしい。
ハッキリしない結果だけを残され、世界は不安に苛まれたのだろう。
追い詰められた生物がポジティブになることは難しい。
最悪なパターンを想像し、不安を攻撃力として、『敵』という役割を与えられた相手を滅多刺しにする。
正常な判断ができない。
そしてそれは伝播してしまった。
「英雄たちが叩かれる世界なんて、存在する必要あるのかね」
静かな図書館で、予想よりも声が響いてしまった。
周囲に気配がないにしろ、迂闊な発言だった。
本を元に戻し、そそくさと図書館を出る。
あの本を書いたのはエルフだ。
目的は批判、そして風化と再発の予防。
世界を不安に陥れた勇者たちは悪だと再三書かれている。
そうならない為に、勇者と聖女は魔王討伐の前に『教育』しなければならないと謳っている。
『この世界は愛すべきであり、自らの命を賭けるに相応しいものである』と、洗脳するために。




