第7話
でかすぎる手から伸びる指の隙間から、様子のおかしいエリーゼが見える。
「……! ……!?」
ガチガチと歯を合わせ、音を立てる。
まるで怯えているように、震えているかのような挙動。
顔の震えは手にまで伝播する。
徐々に俺から離れていく。
俺もさらに距離を取って、様子を伺う。
震える両手は頭を、顔を、喉を、胸を握ろうとする。
骨の奥の袋が微かに蠢いている。
「……シュウ……?」
袋が内から突かれるように張り、破れる。
底から油のように照った黒い液体が流れ出る。
粘りなのか、とろみなのか、異様に流れるのが遅い。
そして臭い。
俺の胃液も込み上げてきそうだ。
浸みる目を閉じないよう必死に見つめ続け、そして、出てきた。
「シュウ!」
強引に、かつぞんざいに広げられたそこから、黒く染められたシュウの姿が見えた。
だが、やはり様子がおかしい。
「……酔ったか!」
奥歯が軋む。
魔物の一部を食ったのか、もしくは内部に入ったことで、魔力に当てられたか。
オーガの時のように別人格が出てきているだろう。
伏した顔のシュウが、肩を震わせる。
「ふ、ふふ……、ふふふ、あはははは!」
明らかだった。
シュウが取り込んだ『聖女』が出てきている。
袋を掴んでは引きちぎり、口に運んでいる。
その動作を繰り返す度にエリーゼは歯音を鳴らす。
生きたまま内臓を千切られる痛みはさすがに例えようがないし、想像もしたくない。
口元を黒く汚し、けれど輝く瞳と透明な角がシュウを鮮やかに彩る。
食べるのに夢中なうちにどうにかしないといけない。
魔力を食い荒らし、より手がつけられなくなる前に。
足を掴んでいた骨は力なくひっくり返っていた。
痺れる体にムチを打ち、棒立ち状態のエリーゼの足元に駆ける。
シュウの真下に位置して、目を細めた。
「……あった」
腰紐に引っ掛けてる。
それがわかればあとは飛び跳ねるだけ。
足に風を纏わせ、両膝を曲げ、跳躍する。
シュウの高さを通り過ぎる。
その時にスった、俺が渡した毒。
跳躍の最高地点から、自然落下。
俺の存在に気付いたシュウが俺を見上げる。
「――キョー、カ」
「胃薬飲んどけ、大食らい」
俺の名を呼んで開かれた口を手で覆う。
シュウを抱き抱えながら、ともに降りながら。
着地した時にはもう飲み込んでいた。
信用度が高すぎる。
ちょっとは警戒しろと言った方がいいか。
胸の中の息を吐き出す。
これで終わりではない。
ここからもまだ大変なんだ。
麻痺毒を食らって動き回った。
肩を上げるのも、歩くのも不便さを感じてきた。
抱きしめているシュウをなるべくゆっくり座らせる。
「う……ぐ……」
苦しそうに呻く。
当然だ。蛇の毒を飲ませたんだから。
顔は青白く、息は荒く、冷や汗が浮いている。
瞼を開けていることもできないようだ。
だが、これでいい。
『魔』を使うものにとって、魔力は生命維持に重要なものだ。
魔法使いと魔物は、魔力の有無が生命維持に直結する。
使い切れば最悪死ぬし、魔力があれば傷の治りが早くなる。
普段、シュウは自分で魔力を取り入れる手段が『食事』しかない。
けれど中にいる聖女は、自身を治そうと魔力を消費している。
だからシュウは大食らいなんだ。
そして今、シュウは命の危機に瀕している。
聖女は得た魔力を治療に専念させる。
治るまでは大人しくしているはず。
治るころには魔力をほぼ使いきっているだろうから、主導権はシュウが取り返していることだろう。
それまでの辛抱だ。
「待ってろよ。最後の片付けしてくるから」
比較的、残骸の少ない場所に寝かせる。
息も絶え絶えなのは、スケルトンの方もだ。
内部を食いちぎられ、臭い流動体に自らを沈めている。
「お前らはいい標本だ」
人型の構造がわかるいい素材だ。
吸血鬼と比べたら違いがあるだろうか。
コウモリ型で拘束したが、さてどう調べるか。
俺が調べるには機材も場所も、頭も足りない。
ならば頼るしかない。
ひょうたん型の魔法収納にスケルトンを込めた。
上階に行ったら吸血鬼も別の収納に収めることを頭にメモする。
シュウを方に担ぎ、ぎこちない風の魔法で移動を補助する。
扉を開けて、振り向いた。
人の骨。
ここに楽しむために来ていた人間たちだろう。
子どもの骨もあった。
大人は親でもあっただろう。
子を誘拐し、親に探しにこさせ、殺す。
効率よく集めていたんだろうな。
バイト募集も、希望者の周辺状況を確認した上で、連絡がつかなくなっても大丈夫なやつか判断していたのだろうか。
エリーゼがシュウを欲しがった理由は定かではないが、俺とシュウには身内はいないから、行動に移しやすかったのはあるだろう。
――ここにきたばっかりに。
同情ではない。
いつ誰が事故に遭うかなんてわからないもんで、防ぎようのないことだってある。
理不尽なくじ引きを引いてしまっただけ。
同時期に同じような標的がいたら、もしかしたらそちらを優先して楽しく帰れたかもしれないな。
シュウを支える腕と逆の手を、部屋の中へ向ける。
「土魔法」
底から湧き出てくる土。
天井まで詰めて、埋めて、蓋をした。
登りきったらもう一度埋めてしまおう。
発見を希望するやつがいるかもしれないが、死人に口なし、ワガママ言われたところで聞こえない。
コウモリの氷を拾った。
一つ目の部屋を通り、受付と会計を出て、アトラクションを去った。
荷物を回収したら、早々にこの国を出よう。
次はしっかり休める国に行こう。
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