第6話
暗闇の中で蠢く気配を大まかに把握。
両手の人差し指には螺旋状に風を纏わせる。
コウモリの一匹一匹を指刺せば、羽には穴が空く。
突いた個体は床に落ちて芋虫のように這うだけの存在。
感覚、条件反射。
考える余地は要らない。
間合いを詰めながらキリのように串刺すだけ。
甲高い鳴き声が重なっていた。
一分経つかどうかの時、気配が二分した。
次の部屋へ進む個体。
最初の部屋へ戻る個体。
下の階へ戻る個体。
敵対を辞め、逃亡を図るつもりだろう。
暗闇に慣れた目は既に空間を把握している。
「逃がすと思うか?」
問うた瞬間、明かりがついた。
コウモリかスケルトンが操作したのだろう。
慣れてしまった目が光を拒絶する。
そして一斉にかけ出す個体。
その内の一匹に、指先の螺旋状の風を投げつけた。
「ギッ!」
残った二つの個体も倒れた。
仕留めた個体にそれだけのダメージが入り、伝播したということ。
つまり、当たりだ。
「な、ぜ」
牙の隙間から血を垂らし、通じる言葉を話す。
逃げられる心配がなければ悠々と近寄って、しゃがみこんで、見下す。
「大事なもんは、一番最初に動かしたいよな」
少しばかり、スタートダッシュに誤差があった。
いや、誤差が出るだろうと予想した。
だから、視界を封じられたことでまた反射に頼ることにした。
それが俺には幸運だった。
風の魔法で、要のコウモリを球体の檻に拘束する。
名品、美術品、工芸品のように大事に、ちょっとだけ掲げながら、語りかける。
「俺もさぁ、アンタらみたいに血肉を集めてんだぁ」
コウモリが身体を震わせた。
「なんか……俺は生物学者になりたいってことになってさ。学者になりたい訳じゃないんだが、でも実の所はとある生物の進化の過程を調べてる。進化を知るには現状を知らないといけない。進化の可能性を知るには他の生物の進化を知るといいと思ってな。人間も、魔物も、色々集めてんだ。……吸血鬼は不老なんだってな。それは生き物の進化で、体の進化と老化を止めてるってことだよな。……ああ、いいな、知りたいなぁ」
一気に話したので唾液が溜まった。
ゴクリと飲み干した。
想像した。
こいつから、どんなことがわかるだろう。
アイツについて、もっと知れる。
「お前らにシュウは渡さない」
――アイツは誰にも渡さない。
「っ、と。こんなことしてる場合じゃない」
水属性の派生でコウモリを氷漬けにし、投げ捨てた。
一目散に地下への階段へ駆ける。
構造がわかっているからこそ可能な階段の飛び降り。
最初はぐるぐると目が回りそうだったが、踊り場に飛び降りてしまえば実質ショートカット。
何回、十何回繰り返し、扉を開けた。
「シュウ!!」
――いた。
骨の海の中で佇んでいる。
微かに動いて、俺の方を見ている。
見ている、はず。
視線があっているはずなのに、俺を見ていないようだ。
両腕を垂らしたまま。
……既視感があった。
ああ、そうだ。
これからおこる未来を察して、骨を踏み潰した。
「シュウ!!!」
手を伸ばした。
今度こそうかもうと、必死だった。
けれど俺よりももっと大きい手が天から伸びて、攫っていった。
されるがままシュウは宙へ吊られ、そして……――喰われた。
スケルトンはゴクリと飲み込んで、骨の内側の黒い袋のような場所を揺らした。
一呑みだ。咀嚼はなかった。
それは普段なら安心材料。
噛み砕かれてはいない。身体は残っている。
そう思えるのに。
あんな。
あんなに調子の悪い、俺を認識しているのか分からないシュウに、安心感なんてものはない。
頭から血の気が引いた。
気持ち悪い。頭が痛い。
どうする。
――……「どうする」……?
そう思った瞬間。
床を押さえるだけだった足は、今度は蹴り飛ばしていた。
向かう先にあるのは、敵。
「誰にもやらねぇって言ってんだよ!!!」
エリーゼに近づくほどに多くなる砕けた骨の絨毯。
両足に風を纏わせて、邪魔なそれを吹き飛ばす。
平らな床が現れ、音を立てて靴を打ち付ける。
「火魔法!!」
風を辿るようにして足を這う炎。
床を蹴り飛ばすと共に、炎は床を焦がす。
その勢いが加速剤になり、建造物を思わせる高さまでたどり着くのは瞬きの速さだ。
腕にも炎を纏わせ、頬骨をぶん殴る。
「っ!!!!!」
声はなく、ただなんとも言い難い音を上げる。
「うわっ!?」
骨が砕けて破片が飛び散る。
どういうわけか、その破片は落ちることはなく俺を襲ってきた。
細かく鋭い。
両腕で顔と頭部を守ったから、服も四肢の皮膚も裂けてしまった。
ふと感じる、指先の違和感。
「毒……?」
痺れ毒だ。
骨のくせに。
骨だけだから表情はない。
なのに見上げた先のスケルトンは、下衆な笑みを浮かべているように見える。
被害妄想か。
とにかく即効性の毒だ。
さっさと片をつけないと、俺も危ない。
「腹を殴ったらシュウにダメージが行く可能性がある」
スケルトンの内部の黒い袋は、内臓の役割だろうと予想する。
まだシュウは無事だ。
それは確定した事実。
シュウはこんなところでは死なない。
まだ『魔王』になっていないから。
そして吸収もされていない。
されてれば、スケルトンの骨が治るはずだから。
――それが聖女の能力で、聖女を吸収している《・・・・》シュウの能力だから。
大振りな腕が天から降ってくる。
痺れる身体を強引に動かすと、想定よりも移動が出来ず衝撃波を受けた。
「いっ!!?」
飛ばされた先には骨の残骸。
背中に何かが刺さった。
「くそ……!」
瞬時な痺れはない。
多分床掃除した時の、兵隊スケルトンの骨だ。
少し手を伸ばせば攻撃出来るエリーゼは、手負いの俺を捕まえようとしてくる。
「うわっ」
距離を取ろうと重い体を動かした、はずだった。
誰の骨かわからないが、俺の足首を掴んでいた。
視線がそれたその一瞬で、エリーゼの手は目と鼻の先に伸びていた。
――そのまま止まっていた。




