十話「廃墟の地下」
敵団員(空虚の白狼)がいる廃墟に突入してから、軽く十分が経過した。
廃墟は全部で二階あり、大きさはそこらで建っている一軒家の軽く二倍ある。
「ダメです。やはり建物の中にはいません」
「なら部屋中の痕跡を探せ。手掛かりくらいあるはずだ」
各班が廃墟中を探すが、セレナの姿が一向に見つからない。
しかし、発せられる声には焦燥感はなく、一つ一つ確実に真実へと向かう意思が感じられる声。
共に捜索している斑「四班」は俺含め五人編成で、一階の台所がある部屋を探索している。
特に作戦会議で言及された地下への存在を危惧して、地面の痕跡を重点的に探す。
「探索系の能力者を頼れば、彼女の居場所くらい一瞬で見つけられると思いますがーーー」
彼女が連れていかれた場所を特定したガルディアンの能力者。
その人の力を借りれば、すぐに見つかると思うが、何か事情があるのか一向に報告がない。
「お前の言いたいこともわかるが、あいつは今他の任務に出ていてな」
何とも間が悪いが、騎士団とガルディアンは別の組織。
前世風に言うなら騎士団は警察、ガルディアンは自衛隊と言えばいいだろう。
だから、日程や任務で協力できないことだってあるはずだ。
逆に、ここまで人員を割いてくれたことは感謝しかない。
「ん?何でここが擦れているんだ」
地面を重点的に痕跡を探していると、物を何度もずらした時にできる『擦れ』があった。
ただ、場所がおかしい。
部屋の片隅、焜炉があるところに痕跡があったのだ。
目の前の情報に眉をひそめ、班の人たちに情報を伝える。
「すみません。ここに何度も物をずらした時にできる『擦れ』があるのですが」
「本当だな。確認するため一緒にずらすぞ」
『班の人その1』にそう言われた俺は返事をして、一緒に焜炉の位置を横にずらす。
何度も聞いた石と石が擦れ合う音が部屋中に響き、隠れていた空洞が広がる。
あったのだ、会議中に言及されていた『地下』がそこに。
「これ、本当に降りますか?。流石に危険すぎますよ」
『班の人その2』が言う通り、危険すぎる。
その事実を裏付けるように、班の人たち全員が自身の武器に手を掛ける。
地下への空洞には下に降りるための階段が作られているが、横幅は人ひとり分しかなく、
降りている途中で魔術を打たれると死ぬ。
仮に防げたとしても、避けることができないから連射速度によっては物量で負けてしまう。
さまに、「死の空洞」と呼べる。
だが、
「降りないと彼女を救出できません」
「危険すぎる‼。もし、降りたら死ぬ可能性だってある」
言いたいことはわかるが、他の班が入り口を発見したという報告もない。
ここで立ち止まっていてもセレナの救出がより困難になるだけだ。
なら、進むしかない。
進んだ先にしか道は開けないから。
「僕が先行します。魔術の相殺は苦手ですが、夜桜流を収めていますので問題ありません」
現状を停滞させないために俺は自分が最初に階段を降りると提案するが、『班の人その3』が声を上げる。
だが、俺は否定の声を「覚悟の上」ということで沈めさせる。
いくら任務とはいえ、自分より遥かに年下の少年を死地へ先に行かせるようなことは抵抗感があるのだろう。
だが、俺の言うことも一理あるようで、班の人たちに沈黙が落ちる。
それは、何か別の手段がないかと思案している事への証明であり、班の誰もが俺の提案を飲み込めないということ。
「わかった。しかし、防げない攻撃が来たら迷わず退け。」
が、その空間を打ち破ったのは茶色の髪に他の班の人より、一層強い魔力を帯びている男性。
第四班の班長は苦言に近い指示を俺に言うと、剣の柄を握っている手をさらに強める。
多分、俺が死にそうになった時、助けるためだろう。
「わかりました。無理だと思ったら退きます。」
その言葉を言い終わると同時に俺は地下に続く階段に足を運ぶ。
地下へと続く階段は何年も放置されていたせいか、所々割れて、欠けており、少し踏み外せば
一気に階段を降りれるだろう。
ただし、落下という形だが。
コツ、コツ。
地下に続く階段を下りるごとに、妙な空気が体にまとわり緊張感が増す。
いつ来るかわからない罠に注意を払い、階段を下りるのは白色を黒色が侵食するかのように精神的を蝕む。
数分、ようやく階段の中腹まで降りることができた。
ここまでは罠はなかったが、それが返って俺の不安を煽る。
汗を流しながらも、罠が発動しなかったことに少し安堵を覚えると、一瞬にして現実は反転した。
「ッッ‼」
安堵を覚え、階段を一段降りると、目の前の空間から突然魔術の陣が展開される。
一瞬の曇りもない、全てを燃やすような真っ赤な魔法陣。
予想が正しければ、あれは火属性の魔術を発動させるための陣だ。
それが今放たれる。
大きさは、空洞を埋め尽くすほどで、当たれば間違いなく死ぬ。
現状の分析を終えた俺は心の中で「嫌らしい」と思った。
平地であれば魔術で打ち消したりできるだろう。
が、空気の循環がない空洞で炎を放たれれば一酸化炭素中毒になる。
そうなれば救出は遅れる。
魔術は使えない。
ならーーー
「フッッ‼」
腰の鞘に納められた普通の剣を抜き、放たれた炎へと剣を振り抜く。
美しい鋼が描く弧は迫ってきた魔術を絶つのではなく、纏った。
まるで、剣という身に炎という衣をつけるかのように。
纏った炎は空間を揺らめかせ、周囲の空気を重くする。
熱く、それでいて美しい炎を俺は真正面にある魔法陣へと放つ。
瞬間、次の魔術を装填した魔法陣は鼓膜を叩くような爆発音とともに、硝子のように砕け、赤い粒子となり散った。
役目を果たした、美しい終わりに俺は少し見とれ、敬意を払ってしまう。
夜桜流「纏い流し」。
剣をうまくコントロールすることで自身に向かってきた魔術を纏わせ、対象に向かって流し放つ。
夜桜流の中級を収めた者に教えられる技だ。
魔法陣はアニメのように剣で斬れば、欠き消えるわけではない。
質量をもたないこれ(魔法陣)の有効打は『魔力を帯びた攻撃』のみ。
だから、初代の夜桜流の当主は魔法陣を潰す、この技を作ったらそうだ。
実に効率的で、技術をどこまでも追及する夜桜流らしい技である。
「ふぅ~~」
今の一撃で緊張はほぐれ、体の調子を取り戻せたので、再度階段を降りる。
コツ、コツ、今度は剣を鞘から抜刀した状態で階段を降りる。
階段しかない空洞に足音が再び響く。
さらに数分、階段を降り切った。
地下へ到達した俺は侵入者への攻撃がないか、周囲の安全を確認する。
数秒、周りの安全性を確認した俺は階段の一番上、班の人たちに問題ないことを合図を出す。
それを皮切りに、上に残っている隊員が慎重に一人ずつ降りてきた。
「お前、よくやった‼」
階段を降りてきた班長は俺の首に手を回し、笑顔でそう言ってきた。
他の人たちに目を向けると同じ笑顔を作っている。
俺が一つ危険を払ったことに班には関心、称賛、驚き、が飛び交う。
そのすべてに”鍛錬のおかげです”と答えると班の人たちは『謙遜はよせ』といわれ、さらに笑いが上がった。
危険な場所を一つ乗り越えたことに安堵を覚える中、誰一人として警戒を緩めない。
仮に今このタイミングで敵が襲撃してきても、返討ちにできるだろう。
さすが、対犯罪組織ガルディアンの隊員。
「よし、ここからは俺とこいつが先頭に出る。お前は真ん中で続いて来い」
班長と指名された一人の隊員は先頭に出て、残りの人は真ん中よりやや後ろで俺を守る簡易的な陣を作成。
俺は抜き身状態の剣を鞘に戻し、少しでも走れるようにする。
ガルディアンから貰った戦闘服は黒と赤を基調とした服で、肌にぴったりなサイズは動きやすい。
彼らの話によれば、これは見た目や重量は服そのものだが、防御力は鎧より硬く、魔力の伝導率もいいとのこと。
まさに、戦闘服だ。
「準備はいいな、これから本格的に地下を探索し、セレナさんを救出する」
班長の掛け声と同時に俺らは走り始める。
何もない地下空間は、何もないがゆえに特有の雰囲気を撒き散らす。
意識が吸い込まれるような重たい空気。
そんな空気の中、班長が戦場の詳細を話す。
今いる地下空間は廃墟の二倍近くあり、三層にわかれているとのこと。
なんで班長がそれを知っているのか疑問に思ったので聞いてみるた。
どうやら和平王国には過去の事件を教訓に、誘拐や敵拠点の襲撃の対策のため、建設する前に設計書の作成を義務付けている。
その図面をサラーム王は『王国設計貯蔵庫』という王とガルディアンの隊長格などの限られた人物以外、立ち入れない部屋へ保管しているらしい。
初めて聞いた時、”悪用されたらヤバくね?”と思った。
しかし、前世と違い能力や魔術という物理現象を超えた”神秘”が溢れたこの異世界では必要な制度なのかもしれない。
現に救出作戦をするうえで、場所の詳細を知っているのは大きなアドバンテージになる。
そうやって思考に浸っていると
「止まれ‼」
班長の声と同時に全身が、骨の髄まで冷えた。
突然、止まれといった意味が身に染みてわかる。
先ほどまでの空気とは全く違う。
濃密な底知れない真っ黒な魔力が空間全体を漂い、地下を『死の空間』と成り果てさせる。
およそ別世界、この世界を知ってしまった俺は多分もとの世界を幼稚と捉えてしまうだろう。
そして、わかる。
本能的に察してしまう。
これが敵なのだと、これが空虚の白狼(世界最大の能力犯罪組織)なのだと。




