八話「誘拐事件」
セレナの出自を知って翌日。
あの時、抱いていた感情は奇麗になくなり、朝の鍛錬に励む。
騎士団と共に戦闘に特化した体を作り、鍛錬の間でひたすら実践。
昼に差し掛かるであろう時間に鍛錬を終え、汚れた体を洗い、借りた本を片手に図書室に向かう。
「少し眠いな」
朝早く起き、鍛錬をしたせいかやけに眠い。
前世だとこうなったら、すぐに寝ていたが約束を反故にはできないので、眠気を無視して歩く。
昨日と同じ図書室の扉を空いている手で開け、部屋に入る。
空けた扉の近くには本を読むための机と椅子があったので、俺はそこに座り本を開いた。
一枚、また一枚、紙をめくり読んだ所を再度読み直す。
本を読むとあっという間に時間は過ぎる。
この感覚は前世でも変わらない。
その事実に俺は妙なおかしさを感じ、思わず苦笑してしまう。
「やあ、少し待たせてしまったかな?」
「いいえ、僕も今来たところです」
学んだ内容を復習していると、背後から女性らしいが確かに男っぽい冴えた美しい声が聞こえ、振り返る。
そこには茶色の髪をなびかせ、スカートではなくズボンをはいているセレナがいた。
隣の席に座る彼女の表情は、笑顔だが今日は様子がおかしい。
初めて会った時の笑顔は純粋な光そのものだったのに、今は瞳の奥に濁った不純物(不安)があった。
「あの後何かあった?」
俺の質問にセレナは笑顔を太陽が落ちた影のように暗くし、こちらを見る。
どこか悲しげで、失望的で、なにより不安げだった。
「セレナ、別れた後何かあったの?」
「何もなかったよ、何も」
「いや、あったでしょ。仮に君の言う通りだったら、そんな反応しないでしょ」
セレナは言われた正論に顔を引きつらせながら、ぽつぽつと吐露するように話す。
「昨日の会話を聞いちゃって」
「??」
「室長さんとの話を聞いて、君の態度が変わってないか不安になった」
ああ~、あれ(クソみたいな)話のことか。
要は自分の出自を俺に知られて、態度が変わると不安になっていたのか。
心外だな、俺は相手の立場だけで人を決める小さい人間ではないぜ。
ただ、俺がそう思っていてもセレナは不安に思い、打ち明けてくれた。
なら、おふざけなく真剣に答えないと彼女には失礼だ。
「君の出自なんてどうだっていいよ。俺は楽しいから君と一緒に本を読んでいるだけだし」
一言、嘘偽りのない本音をセレナに伝える。
彼女にとってこの返答は予想外だったようで、目を見開き驚いていた。
生前でも今でも俺はあまり相手に本音を伝えた事は少ない、理由は一言「無駄だから」。
しかし、不安を抱いている女性相手に嘘をつくほど性根は腐っていない。
「そう、なんか嬉しいね。みんな私の地位や強さしか見てくれなかったから」
不安な顔を、濁りがある人身を明るくし、「まあ、言い方はあれだけど」と一言付け加え、笑顔になった。
やっぱりセレナは笑顔が似合う、性根は腐っているし、人を殺してもなんとも思わない俺でも不幸が好きなわけではない。
だから、目の前の光は自分にとって少しの救いであり、他者に興味を抱かない俺が彼女に対して興味を抱いている理由だ。
別に惚れているわけではない、ただ安心するんだ、彼女の笑顔を見ると。
「で、今日も一緒に本を読もうよ」
「うん、時間いっぱい本を読もう」
それからは昨日と同様、外が暗くなるまでセレナと一緒に本を読み続けた。
「ラウロ、これってどういうことなのかな?」
「臨廻のことだね。多分これは闘獅の応用だと思う。こう闘獅は魔力を体に固定してるけど、臨廻だと血液をめぐらすように魔力を回すんだと思う」
「そういうことね。確かに魔力を回すと闘獅の時より、魔力がしっかり出力されるわ」
このように、読んでいてわからなかったことがあれば互いに聞き、共に考えた。
とても充実した時間。
色はついていたが、どこか褪せていた時間に俺は明日もこの時間が来ることを望んだ。
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朝の光は不純物がなく、どこまでも奇麗な日差しは体を包み、意識の覚醒を促す。
閉じていた目を開いて数秒、ぼやけていた意識がハッキリとする。
寝るために使っていたベットから降り、歯を磨き、服を着替え、朝のルーティンを終える。
今日も早朝の鍛錬を終えた後はセレナと一緒に本を読む。
変わらない日常、充実した日常を進めるために、扉を開けた。
「ラウロ‼」
偶然、八合わせたアルフレットは、異世界に転生した俺の人生の中で見たことのないくらい焦っていた。
(あのアルフレットが息を切らし、焦っているなんて)
彼は異世界でも中間くらいの戦闘力を有している実力者。
何より、いつも道化のような飄々としたアルフレットが真剣な顔で焦っていたのだ。
その事実に俺は嫌な予感を覚え、疲れている彼に申し訳ないが、状況を理解するために驚きながらも質問を投げかける。
「うお‼、ど、どうしたのですか父様」
「お前、セレナ様を知っているだろう。図書室で一緒に本を読んだ女性だ」
知っているも何も、これから会おうとしていたからな。
にしても、アルフレットは俺の動向を王城に勤務している騎士か室長から聞いていたな。
息子が心配だからと言って、プライベートを調べるような真似をすると嫌われるよ。
と、心の中で呟くが、言葉にはしない。
目の前の父親の焦りが、それを許さなかったからだ。
「彼女が誘拐された」
突然、伝えられる到底許容することができない情報。
「は?」
思考が突然の言葉に追いつかなかった。
人間はある程度の衝撃は受け入れることはできるが、本人の許容量を超えた場合、思考が停止すると聞いたことがある。
今の俺はまさにそれだ。
何より、アルフレットから発せられた言葉を拒絶したかった。
誘拐、---前世では縁遠いが、こと異世界においては野盗がいるので身近な話だ。
現に過去、村が田舎ということもあり、ごく偶に子供が誘拐されることがある。
セレナが誘拐された、という情報は自覚がなかっただけで俺に大きな衝撃を与える。
それくらい彼女のことが大事になっており、あの図書館の時間が幸福と感じ取れたからだ。
だからだろうか、一泊置いてあらゆる感情が一気に噴き出る。
焦り、厭尾、殺意、憤怒、敵に対する「悪意」が。
「詳しく聞かせてください」
彼女を助けたい。
見返りが欲しいからではない、敵を殺したいからではない。
ただ、彼女の尊い光のような笑顔を、自分の考え以上に大切なセレナを助けるために。




