第八ゲーム・アンバランスなお月様
その時、バンッ!と湊の行き先を突然現れた腕が塞いだ。驚き、跳び跳ねるようにして身を引く湊を追うようにその腕の持ち主がヌッと店内に侵入してきた。
「暫し待たれよ?そこの坊主と小娘」
「……何用?」
湊を自分の背後に隠しながらツキカゲが入って来たその人物に問う。人物は男性であり、彼の後ろからは青年と云った方がよさそうな年齢の、少し女性的な顔立ちをした青年が続く。湊がツキカゲの肩越しに店の外を伺うと何人もの男が立っており、この店を包囲していた。街の人々はなんだと野次馬している。
「此処に一週間前に起きた殺人放火事件の犯人がいると密告があってな。確かめに来た次第だ」
「一週間前?僕達には関係ないことだよね。さっさと通してくれる?」
バサリと腕を覆うように肩から垂れるマントをはためかせながら、男性が言う。するとそれにツキカゲは知ったことじゃないと彼を睨み付けるようにして言う。それもそうだ。湊とツキカゲは昨日この街にやって来たのだ。一週間も前のことなど知ったことではない。だがそれでも男性はニヤリと勝者の笑みを浮かべていた。この人達、何処かで…?ゲームに似た世界設定を持っているならば、何処かは〈乱殲ノ闘魂〉と似ているはず。此処にいるのは大きな街を魔物や危険から守る自警団のみ。魔物がいるために武器を持っているが、マントは自警団の証となっていた。ならば、彼らは自警団?湊は懸命にプレイした時の記憶を探っていく。キーワードが自警団なら早いものだ。その間にも二人の緊迫した会話は続く。
「甘い。事件の夜、犯人を見た者が居ってな。それが一致した次第だ、貴様にな」
「は?そんなわけないでしょ?私達がこの街に来たのは昨日だよ。一週間前なんて、絶対にあり得ない!」
男性の主張に湊がツキカゲの隣に躍り出て叫ぶ。男性が湊を煩わしいとでも云うようにギロリと睨み付けた。その瞳に一瞬恐れを覚えたが、神様で鍛えられたのだから、怖くともなんともない。男性は青年に顎を使って示すと何かを取り出させ、二人の目の前に突き出した。それは「重要参考人」と大きく下部に書かれた紙だった。その上、紙一杯に書かれた似顔絵に湊は息を呑んだ。
「これでも納得できぬと申すか?」
似顔絵はツキカゲにそっくりだった。正確にいえばチョーカーがない以外、ツキカゲのまんまである。だが、湊は信じられなかった。ツキカゲがそんなことするはずないと云う確固たる自信があったからだ。けれど、此処にいるほとんどがツキカゲを犯人だと思い込んでいるような敵意の視線を向けてくる。それがなんとも怖く、悲しかった。しかし、ただひとつだけ違う視線があった。湊は気になったがそちらを見るよりも早くツキカゲが吠えた。
「ただそっくりってだけでしょ?僕じゃないし。ねぇマスター」
「うん!ツキカゲがそんなことするはずないもん!」
「だが現に目撃者が存在しておるのだ。言い逃れは出来ん。ご同行願おう。これは強制だ」
ツキカゲを犯人だと信じて疑っていない。しかし、男性の瞳にはなにやら違和感が漂っていた。それを彼自身もわかっていた。けれど、証言がある以上、見過ごすわけにはいかない。
「嫌だと言ったら?」
ニヤリと笑って悪戯っ子のように言うツキカゲ。それに男性もニヤリと、意地が悪そうに笑った。
「なんとしてでも連れて行こう」
「っ!ツキカゲは無実!なのに犯人として連れて行くの!?自警団は!」
湊が叫ぶと男性は彼女を見て、少し表情を崩した。その表情にえっと湊は面食らった。
「犯人ではない。犯人に近い重要参考人だ」
そう告げて男性は腰に携えていた武器に手を伸ばした。ほぼ断定してるじゃないか!と湊が叫ぶよりも早く、ツキカゲが彼女を後方へ放り投げた。武器屋のオーナーがまだ背後におり、湊をタイミング良く受け止めた。それを気配で察知しながらツキカゲが武器を抜き放ち強行突破しようとしている男性に視線を向ける。そして足元に転がっていた薙刀を足で空中へ放り、手に納めると男性が振り下ろした刃物を防いだ。バッと薙刀で男性の武器を弾き返し、後退した男性の様子を伺う、がすぐさま男性はツキカゲに向かって武器、剣を突き出して来る。それを薙刀で軽く受け流すツキカゲ。そして受け流した最後に柄の方を押し上げ、薙刀を突き出す。男性が悔しそうな表情でツキカゲを振り返り、ニヤリと笑った。湊がその意味に気付き、飛び出そうとするのを何故かオーナーが抑え込む。男の力に女が敵うはずがない。それでも湊は大声で叫んだ。
「ツキカゲ!」
「やれ」
青年と他数人が一斉に店内に雪崩れ込み、ツキカゲの首筋目掛けて刃の切っ先を突きつけた。多勢に無勢。辛うじて弾けても全ては無理だ。それを理解していたツキカゲは数本を払い除けると、残り全てを甘んじて受け止めた。首に突き刺さる、かと思い湊の心中は恐怖と鼓動が止まらなかった。男性は何処か怪訝そうでありながらも、安心したように軽く頬を綻ばせると剣を納めた。ツキカゲは「降参」と云うように薙刀を手放した。湊が慌てて駆け寄ろうとするのをオーナーが止める。
「連れて行け。話を聞く」
「ツキカゲ!」
声を荒げる湊にツキカゲは大丈夫と微笑んでみせた。それにぴたっと湊の動きが止まる。男性は青年にツキカゲを連れて行くよう指示した。その指示に従い、ツキカゲも先程の抵抗などなかったかのように従う。心配そうな彼女に向けて手で小さくサインを送る。そのサインに湊はハッとしたが、やはり不安そうである。チラリと自分を見ていた男性に向けて湊は叫んだ。その中に憎らしさと不安が混ざっていたのは、誰にでもわかった。
「これで良いの!?朝霧!」
事件発生です!いつものことです!←