第六十七ゲーム・夜空
歌声が聞こえる。透明な、まるで水のような歌声。けれど、その歌声は自分じゃない。違う人が奏でるこの歌声は、きっと応援歌。美しくも強い、応援歌なんだろうな。誰に向かってかは、敢えて目を逸らすけど。あの人は、自分のことを思っての行動なんだろうけど…知っている。でも、怖いものは、怖いんだ…!だから、ごめんね。通り雨が過ぎ去った後の夜空は、恐ろしいほど綺麗で。きっと、あの人達のことを言うんじゃないの?ねぇ……
「………でも」
何処かで、思っていることもあって。どうしたら良いんだろう?どうしたら、良いんだろう?手元にある固いような薄いようなものに触れる。ずっと触れていれば、何か分かるような気がした。でも、自分で気づかなければ、いけない。
「っ?!」
その時、凄まじい殺気を感じた。そして悪寒も。嗚呼、怖い…足は自分の思いと裏腹に動く。振り返ったら、嗚呼もう駄目だった。振り返った時には、色々遅かった。
…*…
「お月様キレーイ!」
「でしょ?」
湊が夜空に浮かぶ大きくも真ん丸な満月を見上げ、興奮した様子で片腕を広げて言う。そんな彼女の隣でツキカゲが嬉しそうに笑いながら「離れないようにね」とからかうように湊の手を繋いだ。途端に恥ずかしくなった湊が声を潜め、まるで気にしてないと言わんばかりに腕の中で気持ち良さそうに眠る清光を見下ろした。二人の後ろを微笑ましそうに見ているのは案の定、ピィアレナである。龍華は湊と同じように満月に気を取られているらしく、額に片手を当てて空を見上げている。代金を支払い終わり、外に出た湊達。どちらかと云うと食事の時間帯だったらしく、ほぼ一例に並ぶ家々の明かりがまるで星のように輝き、明るく暖かい気持ちにさせてくれる。
「酔いを覚ますには良い夜風ねー」
「そうは言ってもピィアレナ、そんな酔ってるようには見えなかったよ?ツキカゲも龍華も。お酒に強いの?」
ピィアレナが背伸びをしながら言う。通り雨だったのだろう小雨が過ぎ去った雨の余韻も風に乗って自分達の頬を優しく撫でていく。湊がピィアレナを振り返り、ツキカゲ、龍華と視線を移して問う。
「まぁ、どっちかって云うと強いんじゃないかな。オレとピィアレナは強い方だけど」
「僕も強い方だよ。マスターもお酒飲めたら良かったのにね」
「私はまだ飲めない年齢なの!もう少し待って!」
「あら!飲む前提なのね!嬉しいわ!」
「の、飲めたらだよ!?約束は出来かねないかな!?」
ピィアレナがピョン、と可愛らしく嬉しすぎて小さく跳ねると慌てる湊の隣を陣取った。クスクスと笑いながら「できたらねー」と湊に言う。湊は暫し考えた後、少し寂しげに頷いた。その表情には悲しさと嬉しさが入れ混ざり、複雑だった。自分は、さっきの食事中でもあったように巡り終わったら帰ってしまう。君達とお酒を飲み合うなんて、絶対楽しい。でも、そんなに長く、私は此処には居られないの。湊の心中に気づいたのか否や、その時、突然、龍華が後ろから勢いよく三人に向かって駆けて来た。かと思うとピィアレナの隣に滑り込むように陣取ると夜空を指差した。
「あれ、流れ星じゃない?!」
「え!?どこどこ!?」
「あそこだよ!あそこ!」
「あ!あれか!」
突然の流れ星に全員が一斉に夜空を見上げた。すると、流れ星が夜空を滑るように流れて行った。それも一回ではなく、二回、三回と続いたのだ。思いがけない偶然に何を云うまでもなく、湊とピィアレナが両手を組んで願い事を唱え始める。そんな二人を見てツキカゲが「ナイス」と小声で龍華に言うと片手を伸ばした。伸ばされた手に少し背伸びをして龍華も手を重ねた。二人の邪魔にならないように小さくハイタッチだ。得意気に笑った龍華が、年相応の子供に見えてツキカゲはまた嬉しくなった。
「なにお願いしたの?マスター、ピィアレナ」
「んっふふ、秘密だよツキカゲ♪」
「そうよー♪」
「楽しそうだね二人共」
「秘密ー♪」と笑い合う女子二人に男子二人も笑い合う。美しい夜空のもと、湊達の楽しげな声が響き渡る。と、その笑い声に反応したのか湊の腕の中で清光が軽く身を捩った。丸めていた尻尾をまるで発言しているかのように動かす。それがなんとも可愛らしくて湊とピィアレナが笑顔になった。夜風に当たり過ぎたかもしれない。少し寒くなって来たようだそろそろ戻ろうかと、宿屋の方向に誰と云うわけもなく振り返った。
「…………ん?」
「ツキカゲ?どうかした?」
「んー…」
何処からか声が聞こえた気がした。ツキカゲがなんだろうと周囲を見渡した。そんなツキカゲと手を繋いでいた湊が突然立ち止まった彼を不思議そうに顔だけで振り返った。少し先に行ってしまった龍華とピィアレナも二人をどうした?と振り返る。ツキカゲは怪訝そうに周囲を見渡し、気のせいだったのかなと首を傾げた。
「悲鳴?が聞こえた気がして…」
「悲鳴?!え、何処から!?」
湊が驚き、ツキカゲに詰め寄ると話が聞こえた二人も顔を見合わせて、緊急事態かもしれないと緊張を孕んだ表情でこちらにやって来た。
「んー小さい声だったから自信ないけど…」
「それって夜が独壇場だから分かるのかしら?」
「それもあるだろうね。いつもより、全てが聞こえるし見える」
ピィアレナの問いにツキカゲはそう答え、声が聞こえた方を探す。湊が次に何を云うかを理解しての行動だ。こんな状況なのに信頼しているんだと、ちょっと嬉しくて湊の頬が綻んだ。冷たくも優しい夜風が頬を撫でていく。ツキカゲが周囲を見渡して、ある方向を指差した。
「あっち」
「あっち…って丘…?」
ツキカゲが指差した方向は暗くてよく見えなかったが、龍華が呟いたように丘のようだった。此処の住人の憩いの場所になっているのか、丘の頂上にベンチのような影が見える。その近くには木々が生えているようで月夜の光を反射して、キラキラと輝いているようにも見える。と、その木々の方へ向かうなにかが一瞬見えた。一瞬だったので、自信はないが見えていたであろうツキカゲ、龍華、ピィアレナが湊を振り返った。
「マスター、見た?」
「んー私には微妙だったけど、でも」
湊はツキカゲを真剣な瞳で見据え、言う。
「みんなが云うなら、ツキカゲが云うなら、行ってみないとね?」
少し低めに言われたその言葉にツキカゲの脳内である映像がフラッシュバックする。が、湊はすぐさまコロッと声と表情を変え、ニヒルに笑う。
「そ、れ、にっ!気にもなるし!本当に悲鳴だったらツキカゲ以外に分かる人いないもん!」
「そうねぇ湊ちゃん!じゃあ、清光を叩き起こしちゃいましょ!」
「叩き起こすのは後にしな。ツキカゲ、教えておくれ」
「……言われなくても、そのつもり」
龍華の言葉にニィと片方の口角をあげてツキカゲが笑った。そして湊達はツキカゲの先導のもと、悲鳴が聞こえたと云う方向へ走って行った。夜は何処か、静かだった。
その最中に清光が起き出したのは言わずもながである。
進みます~
次回は木曜日です!




