第三ゲーム・チュートリアル(2)
「君の、大切な子供達。ぜーんぶリセットして初期化」
みぃちゃんのその張り付いたようないびつな、不気味な笑みが湊の目に大きくうつりこみ、まるで挑発するかのような声が彼女の耳元で木霊する。え?今、なんて言った?端正込めて育てた愛し子達を、嫁を消す?なんで
「なんで?!私が、なにかした?!」
「マスター、落ち着いて」
「これが落ち着いてられる!?突然連れて来られて揚げ句には何も説明なしにゲームデータ消すって言われてんだよ?!ツキカゲにも会えなくなる…耐えられるか!!せめて納得のいく説明しろやぁあああああ!!!」
青年の背後からみぃちゃんに向かって飛びかからんばかりの勢いで湊が叫ぶ。怒りに震える声が大きく木霊する。それでも湊のその半分の心中は、自分でも驚くほど冷静を保っていた。そんな自分にも何故か苛立つ。でも、今はこの自称が問題だ。青年はこんな状況なのだが、彼女の気持ちが嬉しくて頬を少し綻ばせながら湊を「まぁまぁ」と両肩を掴んで落ち着かせる。だが、そんな二人とは裏腹にみぃちゃんは腹を抱えて笑い出しそうだった。それがなんとも苛立ちを誘う。
「ハハハ、たかがデータなのに?」
「私にとってはたかがじゃない。いつかは消えてなくなるかもしれない。忘れてしまうかもしれない。でも、ゲームは今の私には大事な自分の一部なんだよ!!」
力強い瞳で叫ぶ湊。その瞳に、表情に、みぃちゃんはイラッとした。ギリッと唇を噛み締める。どいつもこいつも、馬鹿らしい。アホらしい。大切、大切、大切。その現実を見れば、そんなこと言えなくなるくせに。どうせそんな事、そんな事さえ……ぶるぶると拳を握り締めていたことにみぃちゃんは気付き、苛立ちを悟られないようにニッコリと親しみ深い笑みを浮かべる。
「だったらさぁ、これから云うことやってくれるよにゃ?」
「……時と場合による」
自分でも思ってみなかった事を言ってしまったのか、湊は頬に集まりつつある熱から意識を逸らすようにみぃちゃんを睨み付けている。青年もいまだ警戒を解いてはいない。それでもなんら問題はない。
「これから君には、四つの異世界を巡ってもらうにゃー!だからその子を、顕現したんだから」
「でも、僕がいたゲームとは違うんでしょ?」
「さあ、どうだろうねぇ」
青年の問いかけにみぃちゃんはニヤリと笑った。その笑みが恐ろしいものに感じ、ブルリと湊の背筋に悪寒が走った。それに気づいた青年が湊を背中に隠す。みぃちゃんは愉快そうに笑いながら言う。
「四つの異世界を巡れば、データはリセットしにゃいし、ちゃんと元の世界に帰してあげる」
「……本当に?」
びくびくと怯えた湊が聞くとみぃちゃんはニッコリと笑った。
「うん、そうだにゃー♪だから君の大好きにゃその子を相棒として呼んだんだから」
何処までその言葉が真実かわからない。けれど、湊は青年とゲーム内ではあるが相棒同士であった彼と一緒なら出来る気がした。チラリと青年を窺うと彼は湊の視線に気付き、ニッコリと笑った。ゲーム内で、一番最初に彼に惚れた儚い笑み。その笑みを間近に見て湊の頬が一気に赤くなる。だが湊はそれを仕舞い込み、みぃちゃんの前に躍り出た。
「……良いよ。こうなったらおもいっきり楽しんでやろうじゃん!もうこれ妄想で収まんないし!」
「あ、まだ妄想だと思ってたんだねマスター」
真剣な、強い眼差しを伴った湊の言葉にみぃちゃんはうっすらと満足そうに笑った。もう、その笑みは、怖くない。青年が湊の決意にもう何も言わないと云うように肩を竦めながら空に片手を添える。裏切ったら、こいつか。みぃちゃんは軽く笑いながら、パチンと指を鳴らした。途端、湊の体を粒子が包み込んだ。何事かと湊が困惑しながら目を固く瞑った。瞑ったにも関わらず、目の奥が焼けるように痛い。いや、指先から体の中まで灼熱の炎に焼かれているかのようだ。よくその痛みに大声を上げなかったものだとあとあと湊は思った。その痛みに思わず目を開けると既に粒子は消えていた。そして、焼けるような痛みも消え、目の前の青年が驚いたように自分を見ていた。
「その姿じゃにゃにかと不便でしょー?だから、アバターにしたあげたにゃーにゃんのことか、わかるよね?」
「……あの時悩みに悩んだアバター製作が此処で役に立つとはね」
湊は皮肉だなと苦笑しながら自分の、アバターだと云う手を見つめた。その声には困惑と何処かウキウキとした感情が混ざり合っていた。今自分がどんな容姿をしているのか、見なくても分かったし、青年の嬉しそうな様子からもだいだい理解出来た。自分とアバターが融合していくよく分からない感覚が湊を支配する。それが本当に、現実の世界であり現実なのだと教えてきて湊は思わず、息を吐いた。始まりだ、と決意を新たにする。
今の湊は少し薄めの銀のボブで、それでも残った髪をサイドよりで細いポニーテールにしている。瞳は碧色。ゲームの中だけでも現実では出来ない可愛いらしい服を着たいと思い、白を基調としたセーラー服と浴衣ワンピースが合わさったものを着、差し色に碧と翡翠色を使っている。胸元にはセーラー服なため、碧色のスカーフの中心には美しい桔梗の花が小さく輝いている。袖口は着物風の振袖風である。靴は薄茶のロングブーツで、右足首に小さな翡翠色の布を結びつけている。
この格好のアバターは青年が出る、湊が大好きなゲームのものではない。一週間で諦めてやめてしまったスマホゲームで製作したアバターである。指先に感覚が来る。ギュッと拳を握る。そしてその拳を決意だと云うように突き上げた。
進みますよー
あとこの頃、主人公によく白系の色を入れている気がします…気のせい?