第13話 終わりの記憶・中編
ごめんなさい、中編にまでもつれちゃいました。
何卒、何卒ご慈悲を!
魔族と人は同じ存在――その認識が、脳裏に貼りついて消えない。
だからオレは逃げた。
思考を止め、俺の足が辿り着いたのは戦場。
文字通り自我を消して剣を振るい、大地に屍の山、血の河、剣の森を築く。
腕力を無光の聖剣に、意思を嘗ての剣聖に託し、俺はただ一人、勝者として君臨する。
戦いの果てに、戻る場所がある。
そこまで逃げ切れば、全てを忘れられると妄信して。
時折、聖国軍の人達が俺を止めにきたが、彼らは魔導の鏃を示すだけで怯えて撤退した。
例え魔族相手であろうと、個人が暴走して一個師団にも匹敵しうる戦果を上げているのは問題なのだろう。
もう聖国にも、戻る場所はない。
だったら最短で帰り道を歩くだけだ。
時間間隔はほぼ麻痺していたが、1ヶ月ほど経過していただろう。
たった一人で死の行軍を続ける。
それでも、俺の旅に終わりはない。
俺の旅が終わるのは、この世から一人残らず魔族を殲滅してからだ。
俺は奴らを許さない。
――奴らが母さんを、父さんを、親友を殺し、挙句に村に火を放った時の記憶は、鮮明に残っている。
時折、聖国軍の連中が俺を止めにきたが、一人残らず剣の錆びにした。
元より聖国に戻るつもりなどない。
俺はただ、自らの道を邁進するだけだ。
「待って、ユーキ!」
懐かしい声を聞いた瞬間、俺は即座に振り向く事ができなかった。
馬鹿だな、俺の事なんて放っておいてくれればいいのに。
「アンタ、逃げればどうにかなると思ってるんじゃない?」
「逃げたい時は逃げればいい。そういったのはお前だろ、リリシア」
「ッ! それはそうだけど、でも今のアンタは逃げても辛そうにしている。
だったら、私は何としてもユーキを引き止めてみせる。
それが今の私にできる、最大限の償いだ!」
宣誓と共に、彼女は剣を構える。
リリシアの実力は俺であれば同格だが、俺が相手となるとこちらが上手だ。
適当にあしらって、早くワースマルに乗り込もう。
そう思い、俺も剣に手をかける。
「そうだ、アンタに一つ言わなきゃいけない事があるんだった」
何気なく彼女の口から放たれた一言。
「実は私、人間じゃなくて吸血鬼なんだ」
言葉と共に湧いて来たのは、俺にとっては度し難く、俺にとっては当然の、激しい怒り。
俺の内側から湧く負の感情が、俺を飲み込んでいく。
――復讐だ。復讐だ。復讐だ。
俺の心に満たされたのは、剣聖が生涯抱き続けた怒りだけになった。
冷静沈着な殺戮兵器となった俺は、怨敵に剣を放った。
初撃、次撃、追撃と、絶え間なく剣戟を浴びせる。
普段通りであれば四度目の一閃で彼女は斃れる。
しかし、彼女は斃れない。
それどころかこちらを押し返さんとすべく、聖剣に向かって剣を打ち合う。
腕力で言えば勝っているはずのこちらが、一歩間違えればはじかれそうになる。
彼女の剣が聖剣に絡みついてくる様が錯覚として現れるほどだ。
「お前ッ、そんな力をいつッ……!」
「ごめんね~。私ってば昼行燈なの、吸血鬼だからね!」
鍔の付近を叩く一撃が、聖剣を高く打ち上げる。
此方の連撃を封じられた。
だが、無理な体制で放たれたのか、彼女の切っ先はあらぬ方向を向いている。
彼方の追撃もまた不可能。
――互いに残心。
剣戟の技量は互角。
なればこそ、戦いの舞台を魔術戦に移すのが道理というものだ。
得意の炎魔法《烈火乃槍・陣》を展開する。
6本の炎槍が、彼女の四肢、心臓、頭蓋を的確に貫く――。
「《基底回帰・六》」
直前、霧散。
励起状態だったはずの魔力は詠唱によって基底状態になり消滅する。
「それじゃあお返しに、《烈火乃槍・陣》!」
意趣返しに彼女も同じ攻撃魔法を使用。
全霊で放たれるその炎槍の本数は、実に9本。
紅蓮の一斉掃射が俺を襲う。
回避不能な槍だけを無詠唱の《基底回帰・肆》で無効にし、弾幕の隙間に身を潜める。
そこからは、火炎、雷光、烈風の入り混じる乱戦状態。
魔法だけでは手数不足とお互いに判断し、戦場は中距離から近距離へと移行する。
この場に天災の惨状が顕現した。
当然、渦中で剣を振るう俺たちは無傷では済まない。
無詠唱の俺は速度で、魔術の自力が高いリリシアは火力で互いを圧倒する。
皮膚を灼き、肉を裂き、骨髄を痺れさせる。
極限状態の中での剣戟は、瞬く間の失態が死に繋がる。
音鳴り止まぬ台風の中心で、確実な生を得るために剣を振る。
――幾度となく続く暴圧。
それに決着がついたのは、思いがけない瞬間であった。
to be continued...




