残された回数
「あと3回……」
小さく呟く。
たったそれだけの回数。
だが、その一つ一つが“死”に直結している。
回数として明確に提示された、明確な終わり。
残り3度――。
それを使い切れば、俺は確実に死ぬ。
無意識に、首元へと触れる。
刻まれているはずのその証は、見た目こそただの模様に過ぎない。
それは俺の命そのものに、見えない制限をかけるように刻まれた枷だ。
しかも厄介なことに、それは自分の意思ではどうにもならない。
契約主が命じる分には問題ない。
だが、呪華側が“勝手に”力を使った場合は話が変わってくる。
こちらの意思とは関係無く、能力が引き出され、こちらの命を確実に削ってくる。
拒否も、回避も出来ない。
それは既に一度、この身をもって味わっている。
ただ一方的に、代償だけを背負わされるのだ。
「随分と……、理不尽な話だな」
自嘲気味に言葉が零れた。
視線をティアの方へと向ける。
相変わらず美味しそうにタルトを貪り続けており、こちらの視線に気付くと小首を傾げた。
――あれが。
自分の命を削る存在。
そう理解したはずなのに、どこか現実味がない。
ただ一つ確かなのは。
あの力が、俺の意思とは関係無く、彼女に無理やり使われれば。
その度に、自分の命は確実に削られていくということだけだ。
そこまで教えられて、ふと疑問が湧いた。
「なんでそんなこと、俺に教えるんだ?屋敷に侵入して、俺たちを誘拐してまで。おまえたちはなにがしたいんだ?」
誘拐犯にしてはあまりにも、意図が理解出来ない。
公爵家の人間を狙った誘拐かとも考えたけれども、どうもそんな雰囲気には感じられない。
身代金を要求することもない。
ここに来てから、生命を脅かすようなことをする気配も無い。
ただ親切に、この首筋に刻まれた刻印の説明をしてくれている。
俺の純粋な問いに、ノクスは目を細めた。
「ボクたちの目的はね、この子たちを殺してあげることなんだ」
「は……!?」
あまりにも、さらりと。
信じられないことを口走るノクスに、驚きの声をあげてしまった。
目の前の男は、自分たちの仲間であろうセレナとティアへと視線を向けながら、さも当然のことのように告げたのだ。
セレナとティアも、特段驚いた様子も無い。
彼女らも本気でそう思っている。
「特に……、この子ですね」
セレナが付け加えるように続けた。
彼女はティアを見据えながら話す。
「この子は自分で死ぬ術を持ちません。やり方もわかりません。だから、その方法を探して行動しているのです」
セレナは表情を変えることも無く話を続ける。
「そんな時に、この子の契約者が現れたのです。どうせあのまま朽ちる生命。でしたら……、私たちの協力者として迎え入れた方がいいと思ったんです」
あまりにも淡々と告げられる残酷な目的に、しばらく言葉が出なかった。
どういう反応をすればいいのかわからなかった。
どういう言葉を掛ければいいのかすら、判断出来なかった。
沈黙がしばらく流れる。
やがて、意を決したように、口を開いた。
「……能力、っていうのは……。どうやって使うんだ」
真っ直ぐにノクスを見据える。
すると、面白いものでも見るようにノクスが目を細めた。
「どうやって、ねぇ」
くっと喉の奥で笑うと、ノクスはゆっくりと背を向けた。
そのまま気まぐれのような足取りで歩き出す。
円を描くように。
まるで品定めでもするかのように、レインの周囲を歩く。
靴音が、静かな食堂にやけに大きく響いた。
「そんなの簡単だよぉ。契約主が命令するだけ。この“刻印”を通して強く念じつつ呪華に指示を出す。そうすると契約相手の呪華がそれに応じて力を引き出すってやつ」
「……命令」
「そ。声でもいいし、意識するだけでもいい。要は“力を使え”って意思が伝わればいい」
言い終えると同時に、ノクスはいつの間にか背後へ回っていた。
軽く体重を預けるように、俺が座っている椅子の背もたれへ手を掛けられる。
「まぁ。その分ちゃんと扱えれば、……だけどねぇ?」
間近で落とされる声に、わずかな含みが混じる。
「言葉で説明されたところで、すぐに上手くやれるようなものでもないし、実際にやって見せるのが一番早いんだけど~……」
そこで一度、言葉を切られる。
「……?」
なんだ?
言い方が自棄に含みを感じる気がする。
違和感だけが残る不自然な間。
何かを測るような沈黙が流れた。
次の瞬間。
ぱっと、空気が切り替わる。
「ま!今は見せられないんだよねぇ!」
先ほどまでの含みをすべて打ち消すような満面の笑みに肩透かしを食う。
場違いなほど明るい声だった。
「いやぁ~、見せてあげたいのは山々なんだよぉ?でもねぇ、うちのお姫様の能力は夜にしか使えないんだもん。呪華の能力はみんな違うんだけどさぁ、それじゃあ見せたくても見せられないってもんだよねぇ」
「な、なるほど……?」
納得したわけではないが、少なくとも今はどうしようもないらしい、ということだけは分かった。
「でしょでしょ~?」
満足げに頷いたノクスが、ぱん、と軽く手を打つ。
「ってことで、時間までどうしよっか~」
楽しげに首を傾げ――
「このままここで大人しく待つのもつまんないしさぁ」
にやりと笑みを浮かべた。
「ちょっと街でも見て回ろうよ」
あまりにも気軽な提案だった。
「え、街……?」
思わず聞き返す。
つい先ほどまで、命の話をしていたとは思えないほどの落差に間抜けな声が出てしまった。
(俺が、外を自由に歩き回っても良いのか
こいつらは俺を誘拐したんだぞ?
何を考えているんだ?)
「そそ。こんなところにずっといると息が詰まるでしょ~?外の空気でも吸って、気分転換といこうよ。うん、そうと決まればご飯食べ終わり次第出発ね。お坊ちゃん。夜まで時間あるんだからさぁ」
こちらの意見など聞く気が無いのだろうか。
返事を返すよりも前に、決められていく。
こうして食事が終わり次第、外へ出ることが決まった。




