恩返し
鬼童丸は宿儺との戦いの傷を癒す為正体を隠し、人の営む宿に居た
「鬼童丸様、雲外鏡が今結界を張りに行っております、ですのでお傷を治すことに全力を注いでください」
「思いのほか重傷ではない、二、三日もすれば全快するだろう」
「それは良かった、一つお聞きしてもよろしいでしょうか、両面宿儺と八咫烏様はどのようなご関係だったのでしょう」
「俺も八咫烏から聞いただけだから、詳しくは分からぬが、少しの間共に強者を探す旅をしていたらしい、奴の出生は悲しきものと言っていた」
すると部屋の襖がスっと開きその先には老婆が立っていた
「お客様、お寛ぎいただけていらっしゃいますか、このような辺鄙なぼろ屋にお泊まりくださり、ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます、何も聞かずに泊めてくださって」
影鰐のその様子を見て鬼童丸は軽くため息をつく
「何のつもりだ、なぜそんな変化をする、茨木童子」
その言葉を聞き老婆は口角を上げ、顔に手をかざすとみるみる姿形が変わり、そこに立って居たのは酒呑童子の右腕の茨木童子であった
「さすがは若この程度の変化では気づかれてしまいますな」
「二度は聞かない、何のつもりだ」
「そう殺気立てないでいただきたい」
「黙れ、貴様の軽口を聞く余裕なぞ俺には無い」
「お厳しい事だ、若お耳に入れていただきたいことが」
すると急に空気の感じが重くなる
「八咫烏様が酒呑童子様と戦い敗れ死にました」
影鰐はすかさず刀を抜き茨木童子の首元に刃を突き立てる
「何の真似だ、鰐」
「そんな事を言いにわざわざここまで出向いたのか、ふざけるなよ茨木童子、貴様如きが八咫烏殿の名を軽々しく口にするな」
「やめろ影鰐、落ち着け」
鬼童丸は奥歯を軋ませ手を強く握る
「お許しください、鬼童丸様、わかっております、八咫烏殿が戦ったのはあの方の意思、死のうが生きようが誰のせいでもない事など理解していますとも、ですがこの様な下衆があのお方を語る事だけは我慢できません、恩人を見捨てたこんな下衆が」
奥歯を噛み締め、影鰐の刀を茨木童子は目に涙を溜めながら強く握る、強く握るその手には鮮血が流れ冷たく伝ってくる
「小生がなんとも思わないと、八咫烏様がお亡くなりになってなんとも思わないと思っているのか、小生とて八咫烏様に命を救われた身、何も思わぬわけ無いだろ、だが酒呑童子様にはそれ以上に返せぬ程の恩がある、だから小生は恩人に唾を吐いてでもあの方と、地獄を歩むと決めたのだ、付け上がるなよ影鰐」
「影鰐、刀を鞘に頼む今は」
鬼童丸は静かに諭す、影鰐は刃を震わせながら悔しげに刀を鞘に収め茨木童子を睨みつける
「茨木童子、よもや八咫烏が死んだことを伝えるだけに参った訳では無いのだろ」
「こちらをお渡しに来ました、お受け取りください」
茨木童子は懐から一振りの刀を持ち出す、その刀を鬼童丸達が見間違うわけもないその刀は名刀神無、八咫烏の刀だ
「なぜこの刀を、父上の刀である炎華と同等の代物父上が許すわけない」
「この刀を持ってきたのは小生の意思です、これは八咫烏様の刀ならば、貴方様が持つに相応しいと、小生が判断致しました」
「なぜお前がそんなことを自分が何をしているのかわかっているのか」
「無論です、この刀ならば酒呑童子様の首にも刃が届きましょう、下手をすれば酒呑童子様を打ち倒すことも可能でしょう」
「それがわかっていながら、お前が何故それをする、お前は父上の右腕何故だ」
「それでも、この刀は八咫烏様の生きられた意思そのもの、八咫烏様のご意志を継ぎたいならばこの刀は貴方様が持つべきにございます、若」
嘘偽りなく曇りない目をした茨木童子、その目に打たれゆっくり刀に手を伸ばす、受け取った刀はずっしりと重い、軽いはずがないこの刀は八咫烏と共に多くの戦いを経験し共に研ぎ澄まされた物なのだから、鬼童丸はゆっくりと刀を腰にさす
「やはり重いな、この刀は」
「とてもよくお似合いです、若」
「茨木童子、ありが」
感謝を言おうとする鬼童丸の口を茨木童子はゆっくり塞ぎ、真っ直ぐと冷たく見つめる
「いけません若、感謝なぞ、貴方の目の前に居る鬼は、恩人を見捨てた、ただの下衆なのですから、お強くなられてください若。そして決して死なないでください、本来ならばこの様な戦いは誰一人望んでおらぬのですから」
茨木童子はスっと立ち上がり襖を開け頭を下げる
「これでさよならです、これからの小生は敵です、背を向け去る敵を刺すならお好きに若」
「いや今日の所は見逃すよ、次会ったら敵なのだろ茨木童子、だから次会う時まで決して死ぬな」
「若こそ」
茨木童子は最後に笑みを零しながら姿を消す、茨木童子は酒呑童子の居る根城に戻る、そこは薄暗く嫌な瘴気の立ち込める洞窟の中
「茨木童子戻ったか」
「はい、ただいま戻りました、お伝えしたいことが」
茨木童子は静かに膝を着き真っ直ぐとした目で、酒呑童子を見つめる
「神無を鬼童丸様にお渡し致しました」
酒呑童子はそれを聞き茨木童子の周りを炎で包む
「聞き間違えをした、何を誰に」
「鬼童丸様に神無を託しました」
酒呑童子の炎がジリジリと茨木童子に迫っていく、炎の熱気が茨木童子の肌をジリジリと焼く
「何故そのような戯言を、理由を申せ」
「神無は、八咫烏様の刀、主なき今その刀を持つにふさわしいのは鬼童丸様と勝手ながら考えました、御身のご意志に背く行為であること貴方様の部下として間違った行為であること、重々承知しております、ですがこれが私なりの恩人への敬意なのです、罰ならば甘んじて」
「なぜわざわざ申した、言わねば気付かぬ事を」
「黙っておくことなぞできませぬ、それこそ貴方様への忠義を捨ててしまう行為になるからです、どうか罰を」
茨木童子は震えながら最期を悟るが、酒呑童子は頬を綻ばせ、周りの炎を消す
「茨木童子よ、それが主の決断ならば何も言いまい、主は意志を持たぬ道具では無いのだから、すまなかったな脅すような真似をして、謝ることなど一つもない」
「酒呑童子様、申し訳ございません」
「主の正しいと思う道を歩め、それに主は正しい事をしたよお主は、いつでも間違っているのは我の方だ」




