76 悪魔を愛する歌 Loving For The Devil 10
「ハァ……ハァ……ハァ……」
俺は走る。ひたすらに走る。道行く人がギョッとした表情で振り返ろうが、全身汗まみれでみっともない姿だろうが、ひたすらに走る。
普通に考えれば、バスや電車、それこそタクシーを使った方が遥かに早いし効率的だろう。だが今の俺は、そんな待ち時間すら惜しい気がする。
だから、無駄な時間だろうが非効率だろうが、俺はひたすらに走る。円城家へと向かって。
☆ ☆ ☆
「那澄菜っ!!」
「キ、キーちゃん!?」
全身ずぶ濡れで、おそらく鬼気迫る表情をして家に飛び込んできた俺に驚いたのだろう。華澄さんたちは唖然とした表情を浮かべていたが、それも一瞬のことだ。俺の表情を見て、何を決意したのか悟ったのだろう。すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「キーちゃん、那澄菜ならまだ大丈夫よ」
「は……、はい!」
「ほれほれキーくん、早いとこ行ってあげな。んで嫌がらせのように、アタシらにラブシーンでも見せつけてくださいにゃ」
「そっ、そんなことするわけないでしょ!」
「あの那澄菜姉にも、ついに彼氏ができるのかぁ。しかもそれがキーお兄ちゃんなんて……。いいなぁ。美澄も、キーお兄ちゃんみたいなカレが欲しいなぁ」
「み、美澄ちゃん!?それはちょっと、気が早いって言うか……。ほっ、ほら、結局フラれるかもしれないし」
自分の先ほどまでの葛藤が馬鹿みたいに思える陽気さで、円城家のみんなは俺の背を押してくれる。それは、今の今まで感じていた焦りや不安を、すべて吹き飛ばしてくれるほどに。
その言葉と笑顔に勇気づけられた俺は、足を踏み出す。そして那澄菜の部屋へ向かう前に、御門さんを見る。
「うん、いい表情ですね。覚悟を決めた目をしてます」
「御門さん……」
「ハッ、アタシらをフッて馬鹿猫に告白するときのアンタも、同んなじ顔してたけどね」
「はぅ~、たしかに。でもでもっ、私に告白するときの光一さんも、同じくらいカッコよかったですぅ~」
「はいはい。緋色といい鬼龍院といい、今はアンタら馬鹿夫婦の惚気話はどうでもいいんだよ」
「ぐっ、馬鹿夫婦って……。いやいや、今は俺や鬼龍院さんのことはどうでもいいんですよ!」
フェンリルさんにたち茶化された御門さんは、少しばかり顔を赤らめている。というか、やっぱりフェンリルさんや狗巫女さん、さらにはリサリサ先生たちが取り合ったのって、やっぱりこの人なんだよな。しかも、リサリサ先生は未だにこの人のことが大好きみたいだし、フェンリルさんに至ってはフラれたことを結構根に持ってそうだし。
いや、根に持ってるっていうか、この感じ……。もしかしたら、フェンリルさんも今でも好きなんじゃないだろうか。
「フン、くだらぬ茶番だ。緋色様のお手を煩わす前に、さっさと済ませろ」
「はい、クーちゃん……さん」
「きっ、貴様!我を愚弄しておるのか!!」
「すすっ、すみません!」
どう呼んでいいのかわからず、妙な呼び方になってしまった。しかしながら、狗巫女さんたちの話が本当なら、この得体の知れない少女も、御門さんに恋していた一人……なんだよな?
そう思うと、真っ赤になって怒る少女に感じていた違和感が、今となってはまるで気にならなくなっていた。
「とっ、とにかくですね、私も色々と準備はしました。ですが、鬼一君を介して解決するのが那澄菜さんの体……、そして『心』にとっても一番安全である可能性が高いんです。そのためには……。つまり、そのために戻ってきた……という解釈でいいんですね?」
「はい!」
「…………わかりました。では、行きましょう」
わずかにほほ笑んだ御門さんの脇を抜け、俺は那澄菜の眠る部屋へと足を踏み入れた。
☆ ☆ ☆
「ハハハ……っ。相変わらずお前にゃ似合わねえ、何とも言えない雰囲気の部屋だな……」
那澄菜の部屋に充満するのは、相変わらず性欲を刺激するような濃密な匂いだ。いや、気のせいか俺が家を出る前よりも、少しばかり濃くなっている気がする。
油断すれば理性をなくしてしまいそうな誘惑に耐え、俺は那澄菜のベッドへと近付く。そこには、変わらず滾々と眠り続ける那澄菜がいる。
「なんだよ那澄菜、ほんのちょっと見ない間に、少し痩せたんじゃねえのか。もう何日食ってねえんだよ。あ、もしかしてダイエットでもしてんのか?かはははっ。つーか、お前がダイエットなんて似合わねえよなぁ。ほら、そろそろ腹減ったろ。起きてみんなで、華澄さんの作ってくれたメシ食おうぜ。今日はハンバーグだってよ。起きる気がねえんなら、俺がお前の分も食っちまうぜ。華澄さんの料理はどれも旨いけど、俺はコロッケが最高だと思うんだけどな。お前はどうよ?」
「…………」
「なんだよ。まだまだダイエット継続か?やめとけって。どうせ続かねえんだし、それにさ……。そんなことしなくたって、その……、お前はスタイルいいんだからよ」
「………………」
くそっ、誉め言葉もダメか……。やっぱお前は、俺のそんな言葉じゃ刺激を受けねえよなぁ。
でもな、こんな呼びかけ程度で目を覚ますとは思っちゃいないさ。だったら、もっと挑発してやるよ。
「そういや、俺が初めてこの家に来た時に、華澄さんが作ってくれたのもコロッケだったな。あん時は美澄ちゃんが、『あ~ん』して食べさせてくれたんだっけ。いや~。小学生の美少女に食べさせてもらうって、興奮するよな。あ、そうだ美澄ちゃん。うるさい那澄菜もいないし、今日は一緒にお風呂に入ろうか。たっぷり時間はあるし、洗いっことかしようね」
「……………………」
なんだよ。まだ足りねえってのか?
「そういやさ、澄麗さんを迎えに行った時のこと覚えてるか?実はあん時、澄麗さんにホテルに行ってエッチしようって誘われちゃったんだよなぁ」
「…………………………」
うん。後ろのちょっぴりざわついた空気は、気付かなかったことにしよう。なんだよ。これでもまだ刺激が足りねえってか?上等じゃねえか、だったら……。
「そうそう、みんなで海に行った時のこと覚えてっか?実はあん時さ、流された先で双子の人魚にエッチしようって迫られてな。子作りしようってねだられて大変だったぜ。二人とも可愛いし、お前と違っておっぱいも大きくてさ。背中に当たった感触なんて、プニプニで柔らかくて……。いや~、モテる男って辛いよな~」
「キーお兄ちゃん…………。それ、ホント……?」
「みみみ、美澄ちゃん!?ここ、これは那澄菜を起こすためのお芝居……、いや、嘘ってわけでもないんだけど……ね!?」
「ふ~ん。アタシの誘いは断ったくせにねぇ。キーくんはモッテモテで羨ましいにゃ~。ちょっと明日から、三ヶ月くらい虐めたくなるほどに……ね」
「ち、違うんですよ澄麗さん!けっしてやましいことはしてなくてですね。そ、それに大きいって言っても、華澄さんや澄麗さん程じゃ……」
「キーちゃん……?今日はハンバーグの予定だったけど、キーちゃんだけベニテングタケのソテーで良かったかしら?お肉ばっかりってのも良くないだろうし、たまにはヘルシーなキノコ料理も……ね。フフフ、腕によりをかけて、た~くさん作っちゃうから」
「い……、いやいや華澄さん!それって毒キノコですよね!?つーか、どうやって準備する気ですか」
ヤバイ、調子に乗り過ぎた……。円城家の面々からは、若干恐怖を感じる視線を向けられる。だが、どんな目で見られようがここで臆してはならない。今こそ温めておいた、ファイナルウエポンの出番だ、
「と……、とにかくだな、いつまで寝たふりしてんだよ。そうそう、そういやお前さ、チンピラに絡まれた時のこと覚えてるか?さっき秘密子にさ、ついつい『その後』のことを話しちまったんだよ。次の勉強会じゃあ、きっと散々にからかわれるぜ。いやー、悪かったな。でも、言っちまったもんはしょうがねえよな。ハハハハハ」
ど、どうよ。言っちまったぜ。べ、別に全然ビビッてねえし……。ほら、早く起きて、俺の顔を引っ叩きに来いよ!
「………………………………」
だが、変わらず那澄菜からの反応はない。やはり、飛び道具ではなく真正面からぶつかるしかないのか……。そして俺は覚悟を決める。
「…………なあ那澄菜。お前が本当に俺のことを好きでいてくれるのかなんて、俺にはわからねえ。でもな、さっきから散々に、人生で初めてってくらい、頭がパンクするくらいに考えてよ、いろんな人にも怒られまくって、そして勇気を貰って、自分の気持ち『だけ』はわかったんだ」
「…………」
「でもさ、それはいろんな人を傷付けて、悲しませることにもなったんだ。華澄さん、澄麗さん、美澄ちゃん、秘密子、銀狐……。それに、俺に期待してくれてた親父さんや月狐さんも」
「………………」
「お前がそんなみんなの幸せを考えて、悩んで悩んで、そんなになっちまうまで悩んで……。その優しい気持ちは否定しねえし、大切なものだと思う」
「……………………」
「お前はさ、馬鹿みてえに優しいんだよ。いや、そんなこと言ったら、この円城家のみんなもそうだよ。普通はあり得ねえだろ。こんな得体の知れない男を一緒に住まわせて、家族にしてくれるなんて。でもな、そんな中でもお前は……、那澄菜はとびきり優しいんだよ。最初からずっとあんな感じだったけど、俺にはわかるんだよ。だから……、だからもっと自分に素直に、正直になったっていいじゃねえか」
「…………………………」
「なんだよ、まだ無視かよ……。んじゃ勝手に喋るぞ。そんで俺はな、そんなコトを必死に悩んでる馬鹿なお前がな…………………………」
「………………………………」
「俺は、そんなお前が………………、好きなんだよ!那澄菜!家族じゃなく、一人の女として好きなんだよ!!」
俺の告白に、一瞬だが背後のみんなの気配がざわつく。もちろんそれは悪い意味ではなく、ついに……という暖かい祝福の気配だ。
だが、ベッドで眠る那澄菜は微動だにしない。
「………………っ!?これでもダメだと……。すみません。私の計算違いでした。やはり、それだけでは……」
少しばかり計算が狂ったのだろう。だが、俺は声をかけてきた御門さんを制す。
「大丈夫です。俺の話はまだ終わってません。いえ、むしろここで起きてこられちゃあ、困るんです。一番大切なことを、伝えていませんから」
そう、俺の告白はここからが本番だ。那澄菜の気持ちが本物か、ただの幻想ではないのか、それを確かめるために……。
「お前が俺のことを見直したのって、やっぱチンピラに絡まれた時か?それとも、華澄さんの件を薄々気付いた時?それとも美澄ちゃんを助けた時か、澄麗さんを迎えに行った時か……」
「…………」
「いつからかはわからねえけど、お前が見てるそいつは、この家に来た時からただの綺麗ごと、表っ面の俺だ。だから、本当の俺を見せてやるよ。いや、これは那澄菜だけじゃありません。華澄さんは今さらですが、澄麗さんと那澄菜ちゃんにも見て欲しいんです。それでたとえ拒絶されたって、文句は言いません」
「キーちゃん?…………まさか……!?やめなさい!そんなコトしなくたって、私たちはみんな……!!」
華澄さんは、俺がなにをしようとしているのかに気付いたのだろう。慌てて止めようとするが、そんな華澄さんを手で制す。
「大丈夫です。どんな結果であろうと、今の俺には大切な人たちがいます。それに俺を受け入れてくれた家族のみんな……、なにより那澄菜に、隠し事はしたくありません」
「キーちゃん……」
俺の気持ちを察してくれたのだろう。華澄さんはそれ以上言葉を発することもなく、黙って俺を見つめている。
そして……
「キー……くん……?」
「キ、キーお兄ちゃん……」
ゆっくりと角と牙が伸び、筋肉が膨れ上がる。背を向けているためにはっきりとはわからないが、それでも澄麗さんと那澄菜ちゃんが、息を飲み俺を見つめているのが感じられる。
そして全身が赤黒く染まった頃、俺は澄麗さんたちへと振り向く。
「これが……俺です。澄麗さんたちは、俺を化け物なんかじゃないって言ってくれました。でも、やっぱり俺の本当の姿はこんなんで、華澄さんが認めてくれなかったら、意識さえも見境なく、凶暴な鬼のものとなって……」
そんな俺の姿を、二人は怯え、恐怖に震えた目で見て…………、見……て?
「な~んだ、たいそうに言うから何事かと思ったら……。そんなことか」
「は……?澄麗……さん?」
「も~、びっくりさせないでよね。もうすでに恋人がいるとか、下手したら人魚との間に子供がいるとか、とんでもないこと言い出すのかと思っちゃったじゃない」
「え……?美澄ちゃん……も?」
予想の斜め上を行く反応に驚いたのは、むしろ俺の方だった。
「にゃははは。今さらなに言ってんのさ。アヤカシの多くの人が、本来の姿を持ってるのなんて、今や常識じゃない」
「で、でも、俺の姿……。怖いとか、気持ち悪いとか……」
「ま、ちょっぴりビックリはしたけどね~。でもね、アタシはその姿、見たことあるんだよね」
「え……!?い、いつ……?」
澄麗さんの言葉に、むしろ俺の方が驚く。いったいいつ、この姿を見られたというのか。
「キーくんは覚えてないかにゃ?ま、見たって言っても、お酒とクスリでおぼろげな記憶の中でだけどね。でも、姿は見てなくてもアタシはハッキリと覚えてるよ。あの大っきくて逞しい、優しい雰囲気を感じさせる恩人の姿はね。だからさ、そんな大事な人のホントの姿、嫌うわけないじゃん」
「澄麗さん……」
そうだ……。
確かに俺はあの日、迎えに行った先で澄麗さんの先輩を追い払うために、この姿を晒した。意識の無かった澄麗さんには、見られていないと思っていたそれを、俺のことを思ってずっと黙って心に秘めていてくれたのだ。
「そうだよ鬼一君。私だってたまに犬神の姿に成っちゃうけど、そんな姿でも光一さんは、モフモフで可愛いって全身を撫でてくれるんだから。も、もちろん良い雰囲気になったその後は…………。はわわわっ!」
「ったく。だから今は、アンタら馬鹿夫婦の惚気話はどうでもいいんだよ」
「リッ、リルさん!馬鹿夫婦だなんて……。照れちゃいますぅ~」
「…………」
まあ、狗巫女さんの惚気話は置いとくとしてもだ……。
「それに、美澄だって……ね」
続く澄麗さんの言葉に、俺は慌てて美澄ちゃんの方に向き直る。
「そうだよ。そんなことで美澄がキーお兄ちゃんのこと嫌いになると思ったの?そんなに美澄が信用できないなんて、失礼しちゃうな~」
「あ、あの……。ごめん!そうじゃないんだ」
「ふふ、冗談だよ。だって、キーお兄ちゃんはいっぱい美澄を守ってくれたじゃない。自分が怪我しても、俺の体は丈夫だから大丈夫!って。でも、いくら丈夫でも心配なんだよ。だから、その姿なら怪我も減りそうだし、なにより強そうでカッコいいじゃない」
「美澄ちゃん……」
そして、それ以上言葉の出ない俺の頭を、華澄さんが優しく抱き抱えてくれる。
「もちろん私も、キーちゃんがどんな姿であろうと構わないわ。だって、私たちは家族なんだから……」
そして俺は、華澄さんの柔らかな胸に包まれハタと気付く。恐怖で怯えていたのは、澄麗さんたちではなく俺の方だったんだと。
「ちょっととママ、ズルいよ!そーゆーのアリなら、アタシもやるから!!」
「そーだよ!だったら美澄も!!」
「あらあら、これは『母親』としての行動よ。下心なんてあるわけないじゃない。それに……。ウフフフ」
そう言うと華澄さんは、二人に向けて思いっきり挑発的に笑う。
「澄麗は及第点としても、私と比べればまだまだだし、お子様の美澄の胸じゃ、キーちゃんを慰めるのは無理じゃないかしら?」
「ぐぬぬぬ。たしかにママと比較すると……」
「いっ、いいもん!キーお兄ちゃんは、今日は美澄と一緒にお風呂入ってくれるって言ったもん!楽しみだなぁ~。うふふ、もしかしたら澄麗姉より先に、大人になっちゃうかも」
「ダッ、ダメよ美澄!」
「ちょっ、さすがにそれはマズイにゃー!」
「えー?美澄お子様だからわかんなーい。ふふんだ。お子様にはお子様の武器があるもんねー」
おっ、おい。なんだか話が脱線してないか?こんな時に親子喧嘩なんて、洒落にならないぞ。
「てなわけでキーくん、これでこっちの心配事はなくなったでしょ。そんな程度のことで、那澄菜がキーくんを嫌うわけないじゃない」
「あ……」
そうだ、いくらなんでも、この親子が本気でそんなことをするはずがない。これは全て、俺が那澄菜へ告白をするお膳立てをしてくれたんだ。
「さあ、言いたいことを、全部那澄菜にぶつけてきなさい」
「大丈夫だよ。那澄菜姉にフラれたって、美澄が彼女になってあげるからね」
「おやおや~。将来性はともかくとして、美澄の子供おっぱいでキーくんを誘惑できるのかにゃ~?」
「ふ……、ふ~んだ。でもあと5年もしたら、オバちゃんより若い娘が選ばれるんだよ。ねーキーお兄ちゃん、付き合うなら小じわの出来たオバちゃんたちより、ピチピチの女子高生の方がいいよね~。その頃には、美澄のおっぱいもきっと大きくなってるよ。まあ、オバちゃんたちのおっぱいは垂れてるだろうけどね」
「おお、美澄が毒舌だにゃ……。でも、男の子を喜ばせるテクニックは、小娘にはまだまだ無理じゃないかにゃ?」
「ぬぬ……」
「あらあら。その理屈なら、やっぱり未亡人の私が一番キーくんを満足させられるんじゃないかしら。フフフ。私ならあんなことやこんなこと……。子供なんかじゃ味わえない、とぉ~~~~~~っても気持ちいいことしてあげられるわよ」
「そっ、その頃にはアタシだって、そのくらいのテクニックは……!」
「みっ、美澄の若さが一番だもん!」
あんなことやこんなことってのは滅茶苦茶気になるが、さすがに詳細を聞けるほど俺は図太くはない。
そして家族は憎まれ口を叩きあう。笑いながら楽しそうに。そして、愛情いっぱいに……。
「みんな……。ありがとうございます」
円城家の、そしてフェンリルさん、狗巫女さん、御門さん、クーコさん……はわからないけど、とにかくみんなの暖かい気持ちを背に、俺は那澄菜の元へ向かう。そして……。
「見たか那澄菜、これが俺のホントの姿だ。ここにいるみんなは受け入れてくれたけど、それはみんなが優しすぎるくらい優しいからだ。世間の誰もかれもが、受け入れてくれるわけじゃねえ。それは俺が、ガキの頃から嫌って程経験してきたことだ」
「…………」
「もっともお前のサキュバスってのは、こんなむさ苦しいのじゃなくてもっと綺麗なんだろうし、受け入れてくれるヤツも大勢いるんだろうけどな……」
「………………」
「だけどな、アヤカシになっちまってからじゃ遅いんだよ!それになにより……、なにより俺が、俺が嫌なんだよ!お前が他の男と……なんてのは、耐えられねえんだよ!俺はお前を独り占めしてえ!だから起きろよ!起きて、俺の告白の返事を聞かせろよ!!」
だが、俺の渾身の叫びも虚しく、那澄菜は微動だにしない。
「いいよ。もしもお前が起きる気がねえ……、サキュバスになっても構わないってんなら、受け入れる。もしも戻り方がわからねえってんなら、ここには専門家の御門さんもいるんだ。きっと力になってくれる」
俺の言葉に、御門さんはそっと頷いてくれる。
「でもな、それでも……、それでも人間に戻れなかったら、俺がこの姿で、一生そばにいてやる。お前が望むなら、俺は一生人間の姿になんか戻らねえ!それに、未経験だから自信はねえけど、お前が望むならその……、よ、夜の方も頑張るから!見ず知らずの男となんかとシなくてもいいくらいに、お前が満足するまで頑張るから!!」
なんだか、どさくさ紛れにとんでもないことを口走っている気もするが、自分で自分の言っていることがわからなくなってきた。だが、決して嘘や取り繕いの言葉を発していないことだけは自信が持てる。
「だから起きろよ!お前の意思で人間に戻ってみろよ!那澄菜!!」
渾身の力で俺は叫ぶ。そして……。
「な……、なんで起きねえんだよ。那澄菜……」
俺の叫びも虚しく、那澄菜の目が開かれることはない。
「御門さん!どうすれば……」
すがるように御門さんに目を向けるが、声がしたのは意外な方向からだった。
「う~ん。これはやっぱアレだねぇ」
「澄麗姉もそう思う?やっぱり美澄も、そうじゃないかって思ってたんだよね~」
「まあ、そうねえ。定番中の定番過ぎて、恋愛小説家としては少しばかり思うところはあるけれど……。やっぱりそれが一番よね」
「え?あ、あの……」
聞こえてきたのは、その場にはあまりにも不釣り合いな、ほんわかとした雰囲気の雑談。声の主は当然のごとく、円城家の面々だった。
「あ、あの、何か知ってるんですか!?澄麗さん?美澄ちゃん?華澄さん!」
「あ~、まあまあ、落ち着きなって」
なぜか澄麗さんは、焦る俺が馬鹿馬鹿しくなるくらいにのんびりとした雰囲気を醸し出している。
「冷静に考えなって。昔からこういう時には、お姫様を目覚めさせる方法があるでしょ」
「は……?」
鈍い俺には、突然澄麗さんが何を言い出したのか、さっぱりわからない。
「んも~。じゃあヒントだよん。童話にもあるでしょ、眠れる森の人魚姫が七人の小人と毒リンゴを食べて、お菓子の家でガラスの靴を履いた王子様と結婚して幸せの青い鳥を見つけて、貴族同士対立している家の男女が愛の逃避行……って」
「…………はい?」
えっと…………。
澄麗さんの言いたいことがさっぱりわからないのだが、とりあえず話を整理してみる。
いろんな話がごちゃ混ぜになりわけがわからなくなっているが、要約するとつまり、眠り続けるお姫様を起こす古典的な方法ってのは……。
「いっ、いやいや!そんなことできるわけないでしょ!!」
結論に辿り着いた俺は、慌てて否定する。
そりゃそうだろう。いくら何でも相手の同意なく、しかも無防備に寝ている女の子に、勝手に…………キス……するなど……。
「じゃあなに?キーくんは那澄菜を助けたくないの?」
「そっ、そりゃあ助けたいですよ!でも、それとこれとは……」
そもそも、俺にとっては初めてのことなのだ。正直、那澄菜はどうなのかわかんないけど……。でも、やっぱり初めては、ちゃんと相手の同意を得てから……。
「なるほど。やっぱキーくんは律儀だねぇ。でも、さっきは那澄菜のために頑張ってエッチしまくるって言ったじゃない。だったら、キスくらいたいしたことないんじゃない?」
「ぐっ……、あれは……」
たしかにそうだ。だが、あれは少しばかり興奮しすぎていたというか……。思い返せば、自分はいかにとんでもないことを口走っていたのだろう。
「ほれほれ、You、ぶちゅ~っといっちゃいなYo!」
「なんですかそれは!?」
インチキラッパーみたいな澄麗さんにツッコミを入れるが……。
「うっ……、ぐすん。キーお兄ちゃんは、那澄菜姉を見捨てるの?ぐすっ……」
「ちっ、違うんだ美澄ちゃん!そうじゃなくて、女の子にとってキスは……、えっと、たぶん那澄菜は初めてだと思う……思いたいし、ファーストキスは大事だと思うんだ!だから、意識のない相手に無理矢理ってのは……」
くそっ。絶対にウソ泣きだって思うが確証はないし、たとえ嘘でも、美澄ちゃんの泣き落としは効くんだよなぁ……。
「心配しなくても大丈夫よキーちゃん。確かにファーストキスの思い出って大事だけど、年を取ってこればそんなに重要じゃなくなるから。それに女って、新しく恋をすれば、昔の思い出って上書き保存で消されちゃうから」
華澄さん……。それは生々しすぎて、正直聞きたくなかったっす……。
「ほれキーくん、那澄菜を助けるためには、ちゅ~しかないんだって」
「ぐっ……」
「ほら、キーお兄ちゃん。ちゅ~だよ」
「で、でも……」
「どうしてもできないんなら、私にしてもいいのよ」
「…………いや、それはマズイっす、華澄さん……」
ドサクサ紛れの華澄さんは置いておくとして、しかしながら、順調に外堀は埋められていく。
「ほらほら、ちゅ~ぅ!ちゅ~ぅ!」
「「ちゅ~ぅ!ちゅ~ぅ!」」
「「「ちゅ~ぅ!ちゅ~ぅ!」」」
「はわわっ、ちゅ、ちゅ~ですよ鬼一君!」
いつの間にやら、円城家挙げての大合唱となっている。
「なんだいこりゃ?狗巫女まで一緒になって……。真面目にやってるのがアホらしくなってくるよ」
「まあまあリルさん。たしかに無理強いは良くありませんが、彼女を救うには最善の方法かもしれませんよ」
一方では、若干呆れながらも止める様子の無い御門さんたち。この二人が止めないということは、本当に那澄菜を救う手段なのかも……。
そう思った俺は、半ば無理矢理に覚悟を決める。
「わっ、わかりました!わかりましたよ!いっ…………、行くぞ那澄菜!!」
そして意を決した俺は、ベッドで眠る那澄菜に向き合い、肩を掴む。
「ん……?」
だが、そこで俺は何か違和感を覚える。
「んん……?」
よく見れば、先ほどまで無反応、無表情だった那澄菜の顔が、やけに紅潮しているのだ。
「んんん……?」
さらには、額には大粒の汗がにじんでいる。
「んんんん……!?」
さらに全身を見れば、明らかに体が硬直し、力が入っている。おい、これってまさか……。
俺は慌てて背後の面々を振り返る。
そこには、口の端をこれでもかというくらいに吊り上げ、ニュ~っと笑う円城家の面々。満面の笑みで俺たちを見つめる狗巫女さん。少しばかり申し訳なさそうな顔で、苦笑いをする御門さん。フェンリルさんに至っては、しかめっ面を保とうとしてるが、明らかに笑いをこらえきれずに体を震わせている。そしてクーコさんはといえば……。
「まったく……。くだらぬ。我は早く、風太様の元に戻らねばならぬのに……」
正直、今はクーコさんの反応が一番ホッとする。
「あの……」
「どったのキーくん?ほら、早く那澄菜を目覚めさせなきゃ」
「あの、これってすでに起きて……」
「キーお兄ちゃん、早く那澄菜姉を助けてあげて!」
「いや、だから起きて……」
「お願いキーちゃん!」
「…………」
あ~……、そう来ますか。つーか、那澄菜はそれでいいのかよ。いや、むしろ抵抗しないってことは、そういうことなのか?ホントにいいんだな?だったら、俺にも覚悟があるぞ。
「だったら…………、行くぞ那澄菜!」
覚悟を決めた俺は、那澄菜の両肩を掴む。その瞬間、ビクリと那澄菜の体が震えるが、知ったこっちゃない。
そして俺は、ゆっくりと那澄菜の顔に近付いて行く。ヤバイ、心臓が爆発しそうだ。だが、今さら引くわけには行かない。
そして、俺の唇が那澄菜の唇に触れ……………………………………。
「ななななっ……!なにしやがんだこの、スケベ鬼一がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺の唇が那澄菜の唇に触れる瞬間、那澄菜の強烈な平手打ちが俺の頬にさく裂したのだった……。
今年は年末年始に休みが取れましたので、頑張って投稿間隔を短くしました。少しばかり長い回となりましたが、キリの良い所を優先したつもりです、さて、ようやくここまで来ました。次回最終話(の予定)です。良ければあと一話だけお付き合いください。




