表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/77

12 かくしごと 円城さんの家庭の事情 その4

 主人……、あの子たちの父親はね、美澄の言ったとおり、あの子が生まれてすぐに事故で亡くなったの。

 もちろん私は再婚なんてするつもりもなかったし、それまでの蓄えもあったからしばらくは頑張って生活してたわ。

 でもね……。

 なかなか仕事も軌道に乗らなくて、蓄えは減るばかりだったの。

 そしたら、4年くらい前かしらね。先の見えない不安もあって焦っていた私に、あの男が声をかけてきたのは……。

 優しそうで、何より誠実そうに見えたわ。

 キーちゃんには刺激の強い話かもしれないけど、お付き合いしている時だって軽いキスくらいしかしなかったし、私の体を求めてくることもなかった。

 もちろん、今はそれがどういう理由だったかはわかってるわ。でも、それを誠実さと勘違いしちゃったのね。

 今にして思えば、焦りで人も見る目も曇っていたんでしょうね……。

 娘たちのことも、可愛がってくれるって約束してくれたわ。それに、いやらしい話だけど高給で収入も安定していたしね。

 これ以上はない良い条件だと思って、お付き合いの期間は短かったけど、娘たちのためにもって自分に言い聞かせて結婚を決めたわ。

 結婚後はこの家に住んでもいいって言ってくれたから、その前に同居を始めたんだけどね。

 もちろん、言葉どおり娘たちには優しく接してくれたわ。

 ただ、澄麗に対してはどこかよそよそしい感じもしたんだけど、別に喧嘩するわけでも、お互いを悪く言うわけでもなかったしね。

 そりゃあ誰にだって相性ってものはあるだろうし、それにお互いに気を遣って悪い関係ではなかったわ。

 澄麗だって、たとえ本当の父親とでも距離を置きたい年頃だろうし、あの男も澄麗の意志を尊重してくれてるんだろうと思ってたの。

 もっともあの男からしたら、単純に興味のない相手だっただけなんだけど……。


 速いペースで飲み続ける華澄さんのグラスに、俺は黙って酒を注ぐ。

 

 でも、その頃からね、美澄の様子がおかしくなったのは。『あの人が自分を変な目で見てる』って。もちろん、そんな馬鹿なって思ったし、まともに取り合うこともなかったわ。

 たしかに、那澄菜と美澄にはしょっちゅう一緒にお風呂に入ろうとか、一緒に寝ようとは言ってたけど、それはあくまで、早く本当の親子になりたいからだと思ってたし……。

 だから、あの男とは絶対に一緒にお風呂に入ろうとしなかったかった美澄が、キーちゃんには自分から入ろうって言い出した時は驚いたわ。そんな素振りは見せないようにしてるけど、あの子は今でも男の人に苦手意識を持ってるから……。

 ふふ。それがキーちゃんは全然平気だなんて……。

 あの子なりに、人を見る目の確かさを持ってるのねぇ。我が娘ながら嬉しいわ。でも、あんなにあっさり一緒に入っちゃえるなんて、ちょっと羨ましくて妬けるかもね。

 え?ふふ、気にしないで。こっちのことよ。

 ああ、話は逸れちゃったけど、次に那澄菜よ。真面目だったあの子が、ある日突然あの格好と、あんな態度をしだしたの。

 中学に上がったばかりの頃だったから、学校に呼び出されて随分怒られたわ。

 でも、誰にどれだけ、どんなに注意をされても怒鳴られても、時には叩かれたって那澄菜は頑として聞き入れなかった。私も原因がわからず、随分悩んだわ……。

 でもね……。

 今ならわかるの。あの子は、頼りない私の代わりに、美澄を守ろうとしてたんだって。幼いあの子なりに精一杯考えたんでしょうね、妹を守るために、あの男を威嚇する方法を……。

 澄麗は私の意志を尊重してくれたのか、表立っては反対はしなかったわ。でも、なんとなく反対している雰囲気はわかったの。

 そんな不安もあって、婚姻届を出すタイミングを逃してたの。今にして思えば、娘様様ね。

 でも、情けない母親を見限ったんでしょうね。あの子たちは、罠を張ったの。

 あまり大っぴらに言えることじゃないから控えるけど、とにかくそれで、あの男がそういう性癖を持っていて、那澄菜や美澄を狙ってるってことがわかったの。

 ご想像どおり、そこからは大荒れよ。

 あの男は、この家に居座ろうとしたわ。

 私が以前に、うっかりサキュバスの血を引いているって話してしまったこともあって、反対に脅しをかけてきたの。

 ううん、私自身は人間よ。ただ、ひいおばあちゃんがそうだってことみたい。当時のことだから、ひた隠しにして世間にも知られなかったみたいだけど……。

 だから、血は薄まってるけど、多少は男の人に対して影響はあるみたい。娘の中では、美澄が一番その血を引いてるみたいね。

 なんとなくはわかると思うけど、あの子は意図せずに、男の人にそんな態度をとってしまうことがあるから……。

 そのせいなのか、単に幼女性愛者(ロリコン)なのかはわからないけど、あの男は特に美澄にご執心だったってわけね。最初は那澄菜だったみたいだけど、あのイメチェンが効いたんでしょうね。

 そういえば、あの男も那澄菜の格好を直そうと必死になってたっけ。当時は那澄菜を心配してくれて……って思ってたけど、自分の趣味のためだったってわけ。

 まあ、色々あったんだけど結局は、婚姻届を出していなかったってのが決め手になったの。あの時の愕然とした顔……、今でも覚えてるわ。ホントは思い出したくもないんだけどね。

 それから、多少だけれど握っていた証拠を全て渡すことを条件に、なんとか話はなかったことにしてもらったわ。

 でも、あの時の証拠じゃ正直弱かったし、成長してしまった那澄菜はともかくとして、美澄のことはまだ諦めてなかったってことね。

 フフ……。でも、時々考えるのよね。もしかしたらあの男も、サキュバスの血に魅せられ人生を狂わされた被害者で、本当に悪いのは男を引き寄せる私たちなのかも……って。

 まあ……、それで今日に至ったってわけ。

 これが語るにも値しない私の……、いえ、私たち家族のくだらない物語よ。ご清聴ありがとうございました。

 

 残っていた酒を一息に飲み干し、グラスを空にすると華澄さんは改めて俺に向き直る。

 

「本当にありがとうございました。鬼一君がいなければ、今頃私たち家族はどうなっていたか……。いくら感謝したって、しきれないくらいです」

「や、やめてください!いつもどおりキーちゃんでいいです。そもそも、決め手は証拠を記録した華澄さんの機転ですし。だいたい、そんなことで人生を狂わすヤツなんて、華澄さんたちに関係なくどっかで道を踏み外しますよ!それにお礼を言うべきは、むしろ俺の方です。あんな姿を晒してなお、受け入れてくれて……」


 深々と頭を下げる華澄さんに、何とか頭を上げてもらう。

 

「それに、俺のことなら気にしないでください。どうしても高校に行きたいってわけじゃないし、生活が苦しければ働きますから。というか、勉強よりは体を動かす方が性に合ってるし、もともとそのつもりでしたから」

「あら、ちゃんと卒業させるって青樹先生とも約束したんだし、学校を辞めるなんてダメよ。それに、そもそもそんなことする必要ないわよ。別に大金持ちってわけじゃないけど、それなりに稼いでるつもりだから」


 俺の言葉に、華澄さんは意外そうな顔をする。

 

「え?だって、失礼ですけど働きに出ているようには……。それに、生活が苦しかったせいであの男に付け込まれたんじゃ……」

「そんなこと心配してたの?そういえばキーちゃんって、あげたお小遣い全然使ってる様子がなかったけど、もしかしてそれで……?まったく……、たしかに当時はそうだったけど、今は全然大丈夫よ。あの男を追い出したくらいから、急に人気が出だしたしね。今思えば、アレはやっぱり疫病神だったのかしら」

「人気?あの……。華澄さんのお仕事っていったい……?」

「あら、言ってなかったかしら?ん~とね……。説明するより、見てもらうのが一番早いわね。あ、これこれ」


 華澄さんは無造作に置いてあったハードカバーの小説を手に取ると、俺に渡してきた。

 それは普段本など読まない俺でも知っている、有名作家のものだった。シリーズで何巻か出ているそれは、若者に人気の恋愛小説だ。テレビドラマにもなっているし、映画も作られ若い女性を中心に爆発的な人気となっている。

 普段本など読まない俺がなぜそんなことを知っているかといえば、性格に似合わず……、いや、それは置いておくとして、秘密子がこの作品の大ファンだからだ。おそらくだが、この作者の作品はすべて揃えていたはずだ。

 

「あの……、これが何か……?」

「えっとね、それ書いてるの、私なの」

「ああ、そうなんですか。へ~…………………………って……、はァ!?」


 驚きのあまり、開いた口が塞がらなかった。

 

「じょ、冗談……、じゃ、ないんです……よね?」


 この人も澄麗さんの母親だけあって意外と悪戯好きだし、俺をからかって楽しんでるんじゃ……。一瞬そう思ったが、華澄さんの表情を見ていると嘘を吐いているようには見えない。

 

「で、でも名前が……。あ、ペンネームってやつ……ですか?」

「そういうこと。最近は印税とかで、収入は問題なくなったの。もうすぐ新刊も出るし、皆に私立大学を出させてあげるくらいは全然平気よ。でもね……」


 そこまで言うと、華澄さんは不意に悲しそうな顔をする。


「どれだけ生活を楽にしてあげられても、意味はないのもかもしれないわ。あれ以降も、あの子たちは以前と変わらず接してくれる。だけど、きっとあの男に対する態度を見て、私に失望したんだと思うの。特に那澄菜はね……。だからどれだけ怒ろうが叱ろうが、あの姿は変わらないの……」


 寂しそうに笑い、華澄さん再びグラスを空にする。

 だけど……、違うんだ。華澄さんは間違えている。そんな姿を見て、俺はどうしても言わなければと思う。

 

「そんなふうに誤解してたら、那澄菜が可哀想ですよ」

「え……?」


 そうだ、華澄さんは誤解している。それは決して愛情が足りないとか、子供をちゃんと見ていないとかじゃない。きっと思った以上に急激な子供の成長に、親の思考が追い付いていないだけだ。


「那澄菜が美澄ちゃんを守ろうとしてたのは、本当だと思います。あいつはすごく家族思いだし、外見と違って繊細で優しいヤツだと思うから。でも、その年頃の子が本当に大切なのって、姉妹よりお母さんの方じゃないでしょうか。その……、俺にはよくわからない感情ですけど……」

「あの子……が?」

「だって、前に二人が酔っ払ってた時に世話をしてたあいつの表情は、迷惑そうで心配そうで、でもとても楽しそうでした。特に華澄さんを見る目は、本来自分が甘えるはずの相手に甘えられ、まんざらでもない表情で……」

「…………」

「おそらくですけど、那澄菜はまだ、あいつなりにお母さんを守ってるんじゃないでしょうか。だからこそ、なんと言われようがあの姿は変えない。何が来ようとあの姿で敵を威嚇し、お母さんと家族を守ってやるんだって、決意してるからだと思います」

「那澄菜が……」

「それはつまり、俺が本当に信用できるヤツだって証明できないかぎり、俺への態度は今のままってことなんでしょうけど……。だから、自分を嫌ってるなんて誤解されたら、あいつは悲しむと思いますよ」

「キーちゃん……、ありがとう……」

「うわっ!か、華澄さん……」


 泣きながら俺を抱きしめてきた華澄さんを前にして、抵抗することなどできなかった。

 ただ、酒と甘い香りの入り混じった体臭と、顔に押し付けられる柔らかな膨らみに圧迫され、意識を失わないようにするのに必死だった……。

前半は華澄さんの独白のみです。読みにくかったらすみません。久米田先生の作品をタイトルにさせていただいたのは、華澄さんのお仕事が……、ということです。最初は違う作品のタイトルを使わせていただいたのですが、ふと思いついて変更しました。長くなりましたが、華澄さん編は次回完結です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ