やっぱり初恋は甘酸っぱい
そして俺は2年生になった。まぁだからと言って変わった事はない。俺は一度経験しているから新しい出来事などないのよ。
と思ったらそうでもなかった。なんと人生初のラブレターを貰っちまったよ!ウチの学校は靴箱がオープンタイプだから机の中に入っていたよ。昨日の放課後に入れたんだろうな。俺は確認しないで教科書を押し込んだからくしゃくしゃになっちまったよ!
その日の午前中、俺は頭が真っ白になっていた。でも心臓は激しく鼓動していたな。うん、心と体は別なんだね。いやはや参った、俺、自称人生経験年齢40歳になったんだけど・・。14歳のお子ちゃまからラブレターを貰ったくらいで動揺しすぎだっうの!
確かに今回のやり直し人生では俺はそこそこのポジションを得ている。だから女の子たちからもそこそこの人気はあった。あったがこのアプローチは初めてだっ!う~んっ、俺の中の40歳のオヤジが泣いて喜んでいるよ。いや14歳の俺も金縛りにあったみたいにフリーズしているぜ。
そうかぁ、もうそんな歳になったんだなぁ。俺は手紙の裏に書いてある差出人の名前を再度確認する。
『住吉 千里 (すみよし ちさと)』
う~んっ、知らないなぁ。もしかして下級生か?この歳で上級生ってのはあまりないよな?
昼休み、俺は図書室の片隅で手紙を広げた。さすがに便所で読むのは憚られた。確かにあそこなら誰にも邪魔されないだろうけど、ちょっとね。
ラブレターの中身は平凡なものだった。1年の頃から気になっていて、とうとう我慢できずに俺と友達になりたくなったそうだ。ここで言うお友達とは言葉のあやで、まぁお付き合いしたいなぁと言うことである。そして今日の放課後、この図書室で待っているとの事だった。
成程、体育館裏じゃなくて図書室を指定してくるあたりちょっと純じゃないか。というかウチの体育館の裏って自転車置き場になっているから人目があるんだよね。
差出人は2年の別のクラスの子だった。1年の時も一緒になったことはない子なのに、そんなに俺が気になっていたのか?参ったなぁ、俺ってもしかして女泣かせなのか?・・いや、単に悪目立ちしていただけか・・。
しかし、知らないって事は妄想が膨らむね。見てよこの文字!すげーきれいな文字だよ!さすがは女の子だ。俺の文字は自分でも読めないくらいだからな。これだけですごく可愛い子を想像してしまう。・・いや、文字と容姿は合致する必要はないんだけどさ。会って見てちょっとギャップがあっても気にしないよ。・・多分。いや!絶対しませんっ!したら失礼だぞ、俺っ!
しかし、中学生のお付き合いってどうしたらいいんだ?ちっ、チューはしてもいいんだろうか?もしかしてもっとすごい事まで許して貰えるんだろうか?ああっ、異世界では既に経験しているのになんでこんなにどきどきするんだ?・・というか、あれからもう14年も経つのかぁ。みんな、俺の事なんか忘れているかなぁ。
まぁ、そっちの方は相手があることだから性急に物事を進めちゃ駄目だな。ぬるく映画とか公園散歩辺りから始めよう。・・つうか、俺、既に付き合う前提で物事を考えているな。すごいぞ、中二の俺!実にアクティブだっ!
そしてとうとう放課後になる。俺は指定された時間の5分前に図書室に入った。そう、実生活では滅多にやらない5分前行動である。だが、既に待っていると思われた彼女の姿がどこにもない。あれっ?もしかして俺、からかわれたの?どこかでマヌケな俺を見て笑い転げているやつがいるのか?
14歳の俺の心は忽ち暗黒面に落ちていった。しかし、自称人生経験年齢40歳の俺がその心を落ち着かせる。また5分前だろう?お前だって時間に遅れるのはしょっちゅうじゃないか。せめて結論は後10分待ってからにしろよ。大体、今回の事に関しては死神が邪魔してくるには格好のことだからな。ここはぐっと落ち着いて相手の出方を見るんだ。その上でからかわれていたなら・・、便所で泣こう・・。
そして待つこと10分。未だ誰も俺に声を掛けてこない。放課後の図書室は結構な人の出入りがあった。俺は知らない女の子が入って来る度にどきどきしながら平静を装う。しかし、誰も俺を探している風ではなかった。俺は彼女を知らないが彼女が俺を知らない訳がない。確かに俺は入り口からちょっと遠い席に座っているが、顔は入り口を向いている。これで俺を見つけられなかったらちょっとあれだ。よく言えばテンパリ過ぎている。だがどの子も俺に声を掛けようともしない。チラチラとこちらを伺う様子もなかった。
あーっ、最悪の事態になってしまった。俺は死神がどこかで笑い転げている様子が頭に浮かぶ。そもそも住吉 千里という生徒が実在するのかも怪しくなった。俺がここに来てから俺を観察できる位置にいる生徒は3人。図書委員として席に座っている2人と別の席で何かを書き写している女の子が1人だけだ。
この3人のうち誰かが今回のラブレター事件の首謀者だろうか?いや、もしかしたら3人ともグルっていう事だってありえるな。どうする?裏に連れ出して吐かせるか?こんな陰湿なことをするやつに俺は容赦できないぞ?出来心だったんですなんて言われたらブチ切れてしまうかもしれない。
いや、待て!彼らは死神に利用されているだけだ。言わば使い捨ての駒である。彼らに当たるのはまずい。それこそ死神の思う壺だ。死神は未だ俺の前に直接姿を現したことがない。だからこれは逆にチャンスかも知れないのだ。彼らと死神の間に繋がっている細い糸を手繰り寄せて死神を俺の前に引きずり出す機会かもしれない。俺はそう自分に言い聞かせ湧き上がる怒りの感情を押さえ込んだ。
その時である。図書室の扉が乱暴に開きひとりの女の子が飛び込んで来た。当然、図書委員がその行動を注意する。
「住吉さん、図書室では静かにしてください。他の方に迷惑ですよ。」
住吉っ!あの子が住吉 千里なのか!何だよ、ただの遅刻だったのか・・。すまんな図書委員ともうひとりの女の子。あらぬ疑いを掛けてしまった。うんっ、冤罪ってやつはこうして偶然と疑心暗鬼が折り重なって起こるんだな。気をつけよう。
「すっ、すいません!」
彼女は図書委員に謝りつつ図書室を一瞥する。そして窓際に座っている俺を見つけると途端に顔が明るくなった。そして駆け出したい気持ちをぎっと押さえ込むようにぎくしゃくと俺の方に歩いて来る。そして俺の前で立ち止まりそのまま固まった。俺は仕方なくそんな彼女に話しかける。
「住吉 千里さん・・、でいいのかな?」
俺はラブレターをポケットから出し彼女に見えるように前にかざした。
「はっ、はいっ!私が住吉 千里ですっ!」
彼女はかなりテンパっているようで声が大きくなる。俺は指を唇に当て仕草でそれを指摘した。
「あうっ、すっ、すいません!」
しかし、彼女の挙動は変わらない。頭では判っているんだろうけど、どうしても興奮を抑えきれないらしい。いやはや、初々しいねぇ。
まぁ、周りのやつらも彼女の態度で察しがついたのだろう。全員見てみぬ振りをしている。別の席で何かを書き写している女の子などガン無視だ。すごい集中力だね。何を調べているんだろう?
「私の方から呼んでおきながら遅れちゃってすいません!先生との話が長引いちゃったものですから、本当にすみませんでした!」
彼女はさっきから謝りっぱなしだ。時間に遅れたのがよっぽど気になるのだろう。でもそれだと話が進まないからいい加減やめてほしい。自称人生経験年齢40歳の俺だからまだいいけど14歳の男の子にこれをやらかしたら普通逃げ出しちゃうぜ。
「それはいいさ、それより用件ってこの手紙の内容通りと思っていいのかな?」
俺はわざと彼女が更にテンパリそうな事を言って彼女の気を別の事に向けさせる。
「あうっ、はいっ!突然ですみませんでした。でも私ってクラスも違うのでこうでもしないと機会がないと思って、ご迷惑とは思いましたが書かせて頂きました!」
彼女は直立不動で俺に説明する。本当なら椅子を勧めるところなんだろうけど俺も動転しているのかそこまで気が回らない。というか彼女ってまるっきり体育系の挨拶みたいだよな。
「いや、迷惑ってことはないけど俺もこんな申し出は初めてでね。いや、本音を言えば嬉しかったよ。ただ、申し訳ないけど君の事は知らなくてね。君はどこの小学校だったの?」
俺は彼女を落ち着かせる為、当たり障りのない質問をする。
「はいっ!さっ、桜水小です!かっ、上条くんのクラスでは香織ちゃんや綾乃ちゃんが友達です!」
あーっ、駄目だ。これはどうあしらっても彼女の興奮は冷めないな。多分ずっとこの調子だよ。
「ああっ、中山と武田かぁ。でもそんなに喋った事はないな。」
「はい、彼女たちもそんなに親しくはないと言ってましたぁ!」
もう、これはどうしようもないな。彼女も判っているんだろうけど止まらない感じだ。内心、泣きべそ状態なのかも知れない。周りのやつらもそれが判るのだろう。本来注意しなくちゃならない図書委員たちも沈黙を守っている。というか一体どうなっちゃうのかハラハラしているんじゃないかな。
「そうなんだ・・、まっ、俺もあんまり女の子たちにちやほやされる方じゃないからね。そもそも今まで女の子と付き合ったこともないし。」
彼女は俺の言葉にお断り感を感じてしまったのだろう。俺にはそんな気はなかったんだが、彼女は勇気を振り絞り一段と大きな声で俺に止めを刺してきた。
「ごっ、ご迷惑でしょうが、どうか友達からでいいんで付き合って下さいっ!」
うん、明日になったらこの事は全校生徒の知る事になっているんじゃないかな。ここまでオープンな告白はちょっとないぞ?




