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後日談3

お久しぶりです!

中途半端に長いのに、ひたすらわちゃわちゃしてます!

糖分オフされた仕上がりになってしまいました(;´・ω・)



「よし、こんなものかな?」


 持ち込んだ本を机の上に並べ、ぐるりと部屋を見渡してそう呟く。

 神殿に比べたら狭いけれど、世間一般的には十二分に広い部屋は、未だ新しい木の香りがして、居心地がいい。


 だけど寝台に目を止めて、何か足りない気がして、すぐに思いついた。


 取って返して扉の近くに置いた大きな鞄から、にぎやかな色合いのベッドカバーを引っ張り出す。

 そう、孤児院の子供達が餞別にと作ってくれたパッチワークのベッドカバーだ。

 丁寧にシーツを覆えば、物が少なくて無機質だった部屋に温もりが加わり、自然と口元に笑みが浮かんだ。


「……よし、完成」


 そうして今度こそ満足したところで、部屋にノックが響いた。


「ナナカ様、お部屋は片付きましたか?」

「はい、サリーさんはどうですか?」


「私は大きな荷物はほぼ実家へのお土産でしたから、寝台にシーツと……ふふ、子供達から貰ったカバーを掛けたくらいです」


 部屋に入って来たサリーさんの視線があたしの寝台に止まり、柔らかく目が細まる。

 そう、このカバーはさっきも言ったとおり孤児院の子供達の手作りだからこそ、サリーさんとあたしだけのお揃いでもあった。照れくさい胸の擽ったさがとても愛しい。


「サダリさんも終わってますかね?」

「……ええ、サダリ様はもともと荷物も少ないですし、今はリース様と一緒に居間の家具を動かして貰っています」


 サダリさんの名前を出した途端、サリーさんがスンとした表情になったのは、まぁ……今朝の事があったからだろう。


 昨夜、一際贅沢な宿屋で一緒に過ごし、サダリさんは改めてプロポーズをやり直してくれた。


 今も勿論あたしの薬指には指輪が光っているんだけど、今日顔を合わすなりサリーさんは数秒で気付いて指摘してきたのである。


 その後はすごい勢いで詰められ、サダリさんがプロポーズをやり直してくれたのだと話したのだけど、サリーさんは『それはそれです』と、一晩同じ部屋に泊まった事がどうしても納得いかないようだった。


 サリーさんが心配するような事は……まぁ、うん。なかったと何度も話したのに、なかなか信用してくれない。

 そしてあたしが顔を赤くする度に、ひらべったい目をしてサダリさんを見るのである。


 ……キスされたことも言うべき?

 いやでも『やっぱり何かしたんじゃないですか!!』って、サダリさんが怒られちゃいそうだしなぁ……。


 自分のことを心配してくれるのはありがたいけれど、なんだかお姉ちゃんに似てきたような……、そんな既視感を覚えてしまう。

 もしや自分は人よりも年上の人を心配させる不安要素があるのだろうか。


 そんなことを考えていたら、サリーさんが気を取り直すように、ぱんっと手を叩いた。


「居間はいい感じに整えてくれてましたし、後は台所ですね。すぐに使えるように食材を貯蔵庫に入れておいてくれると村長さんが仰ってましたから、見に行きましょう」


 こくりと頷いて、開きっぱなしだった窓を一旦閉じる。

 そう、村はずれのこの家に到着してすぐに、村長さんがわざわざ奥さんと息子さんと共に挨拶しにきてくれたのだ。


「夕食はサリーさんが持って来てくれたスープがあるけど、明日の朝の分、何を作るか決めなきゃいけませんもんね」


 サリーさんの言葉に同意し、それほど広くない階段を下りようとしたところで、一階から大きな声が掛かった。


「おーい! サリーちゃん、み、……ナナカ様!」


 リースさんはずっと『神子様』と呼んでいたから、まだナナカ呼びに慣れないらしい。

 間違える度にサリーさんから足を踏まれるので、この旅の間で随分矯正されていたけれど、うっかり戻りかけてしまうような事が起きたのだろうか。


 急いで階段を下りれば、ちょうど居間の入り口でサダリさんと鉢合う。

 ばちりとサダリさんと目が合ってしまって、思わず昨日のあれやこれを思い出し、顔が熱くなってしまった。

 落ち着こうと薬指の指輪を握れば、サダリさんの目がふわっと柔らかく細まった。

 その優しい眼差しにどきりとして、胸を押さえたその時、


「……さ! リースさんが呼んでますから!」


 と、サダリさんとあたしの間にサリーさんが割り込み、物理的に距離を取らされてしまった。


 あ、と思っている内にずるずると引きずられ、サダリさんが目を瞬くのが分かった。そして今日何度目かの困り顔で後ろ頭を手をやる。それから目が合うと軽く肩を竦めて苦笑した。


 怒ってなさそうだ、とほっとしたところで、またリースさんの声が居間の奥から響いた。

 どうやら台所にいるらしい。


「ここ、ここ! ちょっと見て欲しいものがあるんです~!」


 居間に入れば、大の大人が横になって眠れるソファが置かれていて、その脇には揺り椅子があった。カラフルなクッションが並び、可愛らしくてどこか温かいインテリアについ視線が奪われてしまうけれど、とりあえず今は通り過ぎる。


 そしてようやく、サリーさん、あたし、サダリさんの順番で台所に入ると、入り口で待ち構えていたリースさんが「これ!」と、ダイニングテーブルの真ん中にある大きな籠を親指で示した。


 大きな網籠には、チェックの布が掛けられていて、取っ手にはどこかで見た白いレースのリボンが綺麗に結ばれている。どこにでもありそうなものだけど……。


 あれ……?

 既視感に首を捻る。


「実は外から戻ってきたら、これが置かれていたんです」

 黙りこくるあたしに代わって、サリーさんが首を傾げて尋ねた。


「村長さんが置いてくれた差し入れじゃないでしょうか?」

「いや、居間を整理してた時に台所も一応覗いたんだよね。その時はなかったし、扉の前にいた護衛にも聞いたんだけど、誰も訪ねて来なかったって」


 ちょっと気味が悪そうにリースさんが、両腕を擦る。


 しかし、だ。――扉以外から出入りする。

 そんな神出鬼没な人物に心当たりは……間違いなくあった。


 サダリさんを見ればきっと同じ人間を思い浮かべたのだろう。

 眉間に皺を寄せ、険しい顔で台所を見回している。


 ……確かにこうして自分達が慌てる様子を、笑いながらこっそり見ていそうなのが『賢者』なのである。


「とても精巧な柄の染め物ですわね」


 こわごわ籠の中を覗き込んだサリーさんが掛けてあったチェックの布を見て、感心した声を出す。


 よくあるチェック柄だけど、確かにこの世界では見たことない……そう、思ったところで、あたしははっとしてその籠に手を伸ばした。


 驚くサリーさんに構わず、勢いよく布を捲る。


「……!」


 中から出てきたのは艶々とした飴色に光るアップルパイだった。

 網目の中から今にも溢れそうな甘そうなリンゴのコンポートが顔を出していて、香ばしく甘い香りが台所中に広がった。


「アップルパイ……!」

「本当ですね……でも、誰が……」


「お姉ちゃんだと思います!」


 あたしはチェックの布を握り締めたまま、みんなに向かって宣言する。


 だって間違いない。取っ手に結ばれているのは、お姉ちゃんが入院中に手慰みに編んでいたレース編みのリボンだし、チェックの布だってお姉ちゃんお気に入りのテーブルクロスとまったく同じ色と柄だ。


「お姉ちゃんって……イチカ様、ですか?」

「どうやって……あー、じゃあ持ってきたのは賢者様かぁ」


 ポンと手を打ったリースさんは苦虫を噛み潰したようなサダリさんを見て、ニヤニヤ笑う。

 そう、驚く事にリースさんは賢者と何度も顔を合わせているらしく、彼曰く「面白い人ですよね。いい店紹介してもらったんですよー!」なんて言っちゃうくらいなので仲も良さそうだ。


 そんなリースさんにサダリさんも呆れ顔だったけれど、否定はしなかったので、きっと嘘じゃないんだろう。誰とでも仲良くなってしまうのはリースさんの長所だけれど、神様の関係者相手でも通じるらしい。……って、今はそんな事考えている場合じゃなくて。


「そうだと思います」


 直接お姉ちゃんがこの世界に来る事は出来ない。だからきっと賢者がいつかの婚姻届けのようにお遣いしてくれたのだろう。

 あたしはしっかり籠の取っ手を握って、こくこくと頷く。


「声くらい掛けてくれてもいいのになぁ」

「……忙しいんだろう……」


 それまで黙っていたサダリさんが、若干硬い声でリースさんに返事する。

 サダリさんが賢者に苦手意識を持っているのは、このメンバーなら誰でも知ってる事実だ。


 理由は簡単で、賢者は顔を合わせる度に真面目過ぎるサダリさんを揶揄ってくるし、サダリさんも一応この国の神様であるアルジフリーフの近親者、そして私の親戚にもあたる……というわけで、邪険にも出来ない。


 勿論あたしもその度に賢者に注意するんだけど、うまい事言いくるめられてしまうので、いつも悔しい思いをしている。早急になんとかしたい案件だ。


「ナナカ様がそこまで仰るなら、きっとお姉様が作って下さったのでしょうね。ちょうど小腹が空く時間ですし、食べてみますか?」

「はい! みんなで食べましょう! お姉ちゃんのアップルパイ、すごく美味しいんですよ」


 自然と自慢する口調になってしまい、あ、と、気付いたもののもう遅かった。三人が三人、幼い子供を見るような目で自分を見ている。


 うっかりはしゃいでしまった、と赤くなったあたしに助け船を出すように、サリーさんは優しい笑みを浮かべたまま「ではさっそく切り分けましょう」と、その場を離れて照れ臭い空気を誤魔化してくれたのだった。


      *


 さくり、と細長いケーキナイフがパイの生地を割る。出来たてだったのか、ふわりと甘いリンゴのコンポートの香りがいっそう強くなって、見守っていたリースさんの喉がごくりと鳴ったのが分かった。


 作業台を兼ねた四角いテーブルの前にそれぞれ椅子を持ち寄ってきて数分、サリーさんが切り分けてくれるのを待つあたし達の姿は子供のように見えるかもしれない。


「あら、シナモンが入ってないんですわね」

「あ……そう、あたしが苦手だからいつも抜いてくれたんです。……懐かしいなぁ」


 勿論この世界にはアップルパイはあって、作り方もほぼ一緒だ。むしろ店に並べたらシナモンが入ってないなんて、クレームがつくだろう。

 だから、これはあたし専用で。


 懐かしさと少しの寂しさにツンと鼻の奥が痛む。

 けれどせっかくお姉ちゃんがあたしに届けてくれた贈り物だ。笑顔で受け取って、大事な人達と味わいたい。


「でもシナモンが入ってなくても、バターとリンゴの香りが食欲をそそりますね。焼き色もとっても綺麗。食べるのが少しもったいないような気がします」


 綺麗に八つに切り分けたアップルパイを見下ろし、サリーさんは頬に手を当て感嘆の息を吐く。なかなか配られないパイに、あたしは笑って重なっていたお皿を一枚ずつ並べた。


「そこは思いきって食べてください。お姉ちゃん、賑やかなのが好きで、自分の手料理振る舞ってましたから」

「……そうですわね。ではお言葉に甘えます」


 はっとして頷いたサリーさんは、今度こそ手際よく皿の上に盛り付けていく。

 リースさんも自分の前に配られたアップルパイを見て両手を組んだ。


「わーマジで見れば見るほど美味そうだよなぁ」


 さっそく手をつけようとしたリースさんを「毒見はいりませんよ」と冷たい声で制したサリーさんは、打って変わった優しい声で、予め蒸していた紅茶をカップに注ぎ、あたしの前に置いてくれた。


「では、ナナカ様からどうぞ」

「……ありがとうございます。じゃあ、あの……お先に頂きますね」


 しゅんとしたリースさんを気にしつつも、フォークだけで一口分切り分ける。

 さくっと小気味いい音がして、じゅわっとリンゴのコンポートが皿の上に溢れ落ち、期待に胸が膨らむ。


「あ! 考えてみればナナカ様のお姉ちゃんってアルジフリーフの花嫁ってことでしょ? うわぁ、神様の世界で作られたお菓子とか恐れ多いけど、かなり楽しみだよねー」


 空気を変えようとしたのかサリーさんの顔をちらちら見ながら、リースさんがわざと明るい声を出した。


 その言葉に、あたしは一旦フォークを置き、前の世界で読んだ話を思い出し、自然と口に出していた。


「そういえば神の世の食事って食べちゃいけないって話があったなぁ……」

「え?」


「あ、『よもつへぐい』って言って、あの世の食べ物を口にすると、二度と元の世には戻れないっていう……」


 神話ですけどね、と少し笑って顔を上げた瞬間、あたしの目の前にあったお皿が忽然と消えていた。


「え?」


 顔を上げれば、顔色を悪くさせたサダリさんが、あたしの目の前にあったお皿を取り上げ、手の届かない場所まで持ち上げていた。

 それだけではなく、まだたくさん残っていた大きなホールの方もサリーさんとリースさんがそれぞれ皿の両端を掴んで一緒に高い所へ持ち上げている。


 その顔色はサダリさん同様白い。


 え、と突然取り上げられたアップルパイに戸惑っていると、あたし以上に狼狽したサリーさんが、持ち上げたホールもそのままに、ぶるぶると首を左右に振った。


「なななな、何を仰って……!?」

「ちょ、ナナカ様! もっと早く言ってくださいよ!? みんなで死んじゃうとこだったじゃないですかか!」


 サリーさんは身体まで震わせてそう叫び、リースさんは半泣きで捲し立てる。


「嫌ですわ! せっかくここまで来たのに神の世界に行ってしまわれるなんて!」

「そうですよ! 俺らはともかくあまりにもサダリが可哀想だと思いませんか!?」


「え?」


 妙な勘違いさせてしまった事に気付き、一番近い場所にいたサダリさんを見れば、顔色を悪くさせたまま、さっきよりもひどく硬い表情をしていた。ぐっと眉を寄せてあたしを見据える。


「……追いかけます」

「……イザナギ?」


 思わず呟いてしまった声にサダリさんが「イザ……?」とますます眉間の皺が深くなる。


 あ、でもサダリさんなら身体が腐ってようが抱き締めてくれそう。ううん、その前にあたしが『見ないで』って言ったら、いつまでも見ないような気もする……。


 そんな状況じゃないと思いつつも、思わず噴き出しそうになったところで、ふと聞き馴染みのある声が落ちてきた。


「オイオイ、ナナカお前いつからそんな天然悪女になったんだよ。姉ちゃんが見たら悲し……いや、もっとやれって喜ぶか……」


 いつの間にかすぐそばに立っていた賢者が何もない場所から、にゅっと顔を出していた。後半部分はスンした顔をして斜め上を見て呟いていて、なぜか右手にはカットされたアップルパイを持っていた。


「賢者!?」


「さすがにサダリが可哀想だからヤメロ。お前らもアップルパイ元に戻せって。ナナカが言ったのはお伽話みたいなヤツだからな? 普通にただ美味いだけだから安心して食え」


 そう言いながら身体全部を出して、空間の切れ目のようなものを消す。

 相変わらずのトリッキーな登場方法に出しかけた悲鳴を呑み込み、一度心を落ち着かせてから、なんでもない事のように話しかけた。


 びっくりしたと気づかれたら力いっぱい揶揄ってくるのが賢者だ。天邪鬼なこの人を相手にするのは、平常心を保つのが一番ダメージが少ない。


「最初っからここで待っててくれたらよかったのに」

「いやバタバタしてたみたいだから、家の裏周りと村の周りにちょっとした結界張ってきたんだよ。お前の姉ちゃん、旦那に似て遠慮しなくなってきたわー」


 少し緊張して立ち上がった三人に座るように促すと、最後はぼやくようにそう言って豪快に口を開いた。ぱくり、と豪快に頬張り、手の中のアップルパイが半分ほど口の中に消えてしまう。


 そんな賢者を見て、あまり面識のないサリーさんはおそるおそる礼を取り、リースさんは「ちわっすー」なんて挨拶し、サダリさんは目を細めて会釈するように小さく頭を下げ、それぞれのタイミングで椅子に座り直した。


 ついでにアップルパイのお皿も元の位置に戻される。


「……あの、本当に美味しいから、みんなに食べて欲しいの」


 あたしがうっかり変な話をしてしまった事もあるけれど、賢者の存在もあるのだろう、なかなか伸ばされないフォークに、あたしは切ったままだった一口を目の前で食べて見せた。

 さくっとパイを齧れば、じゅわっと口の中でバターの香りと林檎の甘さが広がり、部屋の整理て疲れた身体にじんわりと沁みる。


「……おいし……」


 頬に手を当てて、懐かしくて優しい味を噛み締める。

 ちょっと鼻の奥がツンとしたけれど、塩味にするなんてもったいない。


 精一杯我慢して「どうぞ!」と笑顔でみんなを促す。

 実は三人共、甘い物は好きだから、一口食べさえしてくれれば、喜ばれるのは間違いないのだ。


 そして最初に大きな口で頬張ったのはサダリさん。

 しっかり味わうように口を動かすと、ぱっと目が見開かれる。そして口角がちょこっと上がった。

 分かりづらいけど、これは間違いなく美味しい時の顔だ。


 そしてそんなサダリさんに勇気を貰ったのか、サリーさんが意を決したように一口分綺麗にフォークで切り分けて、口に運んだ。ほぼ同じタイミングでリースさんも少し小さめの一口分を口に放り込む。


 二人をじっと見守る事、数秒。


「美味しい……! まぁ……これは……ええ、とても美味しいですわ……!」

「すっげぇ……なにこれ、舌が蕩けるわ……まさに天上の味って感じ~」


 サダリさんよりは分かりやすく、顔を輝かせた二人にあたしが嬉しくなってしまった。

 そうそう、美味しいでしょう?

 なんて自慢したい。だけどそれはあまりにも子供っぽくて、心の中だけに留める。


「正直言って王城のパティシエが作るものより、はるかに美味しいです……!」


 礼儀正しいサリーさんには珍しく、フォークが止まらない、とでもいうように勢いよく口に運びつつ褒めてくれるものだから、あたしの顔を緩む一方だ。


「あの、作り方は聞いてらっしゃらないんですか!? こんなに美味しいんですもの。お店も開けますよ!」


 フォークを持ったまま興奮したサリーさんの勢いにちょっと押されつつも、申し訳ない気持ちになる。

 元の世界ではお菓子作りはお姉ちゃんの仕事で、ひたすらあたしは味見係だったのだ。


「残念ながら……あ、でも」


 途中でふと思い出して言葉を止める。

 そう、そうだった。


「作り方、……子供が出来たら教えて貰う約束です」


 あたしがそう言うと、サダリさんは紅茶を噴き出しかけ、慌てて口元を押さえた。リースさんと賢者は目敏くそれを見つけて囃し立て始める。


 そして肝心のサリーさんは、この世の困難を煮詰めたような表情をして、下唇を噛んでいた。

 ややあってから、ばんっと持っていたフォークごと、テーブルに手のひらを打ち付けた。


「……っぐ……、正式に結婚式を挙げるまで、み、認めません……! いえ、授かり婚は悪くないと思いますが、……っせっかく! アマリ様と考えたナナカ様の花嫁衣装が着られなくなってしまいます……!」


 思いがけない方向に進んだ話と、あまりに苦しげな口調に焦ってフォローしようとした時、賢者が猫のように笑って口を挟んだ。


「そうそう、イチカが怒るぞー。そしてイチカが怒ると、アルジフリーフが天災起こすかもな」

「……天災?」


「おぅ、そのまんま。地震に豪雨、地域によっては豪雪か? 雷もあるな。ちなみに、アップルパイは引っ越し祝いと、昨日のお前への嫌味と牽制も入ってるぞ。サダリ」


「……まさか」


 キュッと眉を寄せるサダリさんに、あたしは「見てたの!?」と思わず立ち上がる。


「いや、さすがにそこまでは……まぁ、ホラ。魂が絡まってた影響で感情みたいなものは微妙に伝わるみたいだな」


 初耳だ。昨日の自分の感情のジェットコースターが伝わってしまったのかと思うと、恥ずかしくなる。


 ……あ、でもそれなら感謝の気持ちも伝わる、かな……。


 赤くなっているだろう顔が恥ずかしくて俯いて顔を覆えば、しばらく沈黙が落ち、その後に地を這うような低い声がサリーさんから聞こえてきた。


「……ちょっと待って下さい…… 私はナナカ様の様子から察するに口づけ程度だと思っておりましたが……やっぱり昨日ナナカ様にそれ以上の不埒な真似をなさったんですか!?」


 サリーさんはフォークを放り投げると、テーブル越しにサダリさんに詰め寄る。

 対するサダリさんは、その勢いに圧倒されつつも『またか』というような顔をしてこめかみを揉んだ。


「サリーさん!?」

「ナナカ様、庇おうったって無駄です! お腹に赤ちゃんがいてはドレスの選択肢が! 減って! しまいます!! この憤りを受け止めるのはサダリ様の義務であり責任であるはず……!」


 今にもサダリさんに飛びかからんばかりのサリーさんを、「うわああ落ち着いて! サリーちゃん!」リースさんが羽交い締めにして止めるものの、爆弾を投げた賢者は愉快そうに笑った。


「おーおー、アルジフリーフより、このイチカ2みたいな姉ちゃんのが怖いな」


 呆気に取られていたあたしもはっと我に返って、暴走気味のサリーさんを止めたけれど、あまりの騒がしさに結局外にいた護衛の騎士さん達まで駆け込んできて、大騒ぎになってしまった。



 ――そして、あたしがいつアップルパイのレシピを手に入れられるかどうかは、誰も、神様アルジフ・リーフだって知らないまた別の話である。





    おわり


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