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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第1章『英雄胎動』編

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37 地下牢での決意表明


 看守長についていくと、そこには見慣れた建物があった。

 それは石で造られた小屋だった。

 グレアロス砦の外壁内側に沿うように、ずっしりとたたずんでいる半円形の石小屋。

 質素な外観だが、他施設の建物よりはるかに頑丈なのは一見しただけで理解できる。

 おそらく、このグレアロス砦のなかで最も重々しい雰囲気の施設だ。


「……地下牢?」


 クロが思わず疑問を口にした。

 この石小屋は地下牢の入り口だ。


 ここから先は何もない。

 砦の外に出られる通路や、西側に向かえる道なんてものもない。

 ただの行き止まりだ。

 それも当然で、地下牢のなかには犯罪者がいる。

 ここは、彼らを外に出さないための施設なのだ。


 逃がしてやると言われて地下牢まで連れてこられた。

 クロが不安がるのは当然のことと言えるだろう。


 ただ、看守長にハメられたとは微塵も思わなかった。

 クロは看守長の人となりはそれなりに知っている。

 約束をたがえるような人ではない。

 自分たちを騙して地下牢に閉じ込めるなんてことは絶対にあり得ない。


「あぁ、心配するな。とりあえずお前らの身を隠してやるだけだ。こうも警戒されてちゃ動くに動けねェからな」


 看守長の言葉に「なるほど」と頷いたクロ。

 やはり彼は自分の思っていたとおりの人だ。

 しかし、そうなると別の問題も出てくる。


「地下牢にはいまは誰もいやしねェ。お前らが遠征に行ったすぐあと、地下牢で大事件が起こってな」


 クロが考えた別の問題――他者の存在はどうやら無いらしい。


「……大事件?」


「そのせいで看守も囚人もケガしちまって、全員いまは応急班のとこに行ってる。死人が出てないのが奇跡だぜ」


 ちょっと前に盗賊団を捕まえていたから、地下牢には囚人だけでもかなりの人数がいた。

 ケガ人が出たらしいので、クロたちが最初に運ばれた教会では全員を治療するには手狭すぎる。

 応急班の施設は教会よりも規模が大きい。そちらに移動させるのは無難な対応と言えるだろう。


「いったいなにが……」


「ついてこい。見りゃ分かる」




 重い扉を開いて石小屋に入る。

 普段は見張りの看守たちがいるが、看守長の言ったとおりいまは誰もいない。

 石小屋のなかには階段がある。

 地下牢へと続く階段だ。

 これは何十年か前に、小人ドワーフの職人が掘ったものだと聞いている。


「エリクシア、気ィつけろよ。湿ってるから滑りやすいぞ」


 たいまつを持った看守長が先頭になって進む。

 長い階段をゆっくりと下りていく。


「は、はい」


 エリクシアはいまだに困惑している様子で、クロの死装束のすそを掴んで離さない。

 彼女の不安な心境がそういう行動にあらわれ出てしまっているのだろう。

 クロは歩幅を合わせてゆっくりと歩いてあげる。


 それから先は、沈黙が続いた。

 こつん、こつんと暗い階段の奥底まで靴音が響いていく。

 クロだけは裸足だったため、ぺたん、ぺたんというちょっと間の抜けた音だった。




 やがて一番下まで下りると、今度は長く広い廊下が見えてくる。


「ここまで来りゃとりあえずは安心か」


 看守長は手に持ったたいまつを、壁にある設置型のたいまつに近づけて火を灯す。

 そうすると、廊下が一気に明るくなった。

 少し眩しくて眼を細める。


「クロイツァー、お前。片手斧ハンドアクスを卒業したのか」


「え、あ……はい」


 まだ明るさに眼が慣れていない状態で、覚束ない返事をする。

 ハンドアクスの使い方を教えてもらっていた手前、ちょっと申しわけない気持ちになった。


半月斧バルディッシュか。なかなか似合ってるじゃねェか。前からずっと大斧が使いたいって言ってたもんな。

 あー、エリクシア。すまんがちょっとたいまつを持ってくれ」


 看守長がちょいちょいと手で招く仕草をする。


「? は、はい」


 頭に疑問符をつけて、エリクシアがクロのすそから手を離してたいまつを手に取った。


「看守長? どうしたんですか」


 クロが疑問の声を再び投げる。

 すると、


「――――ッ!?」


 ガギィンッ、という重い金属音が廊下に鳴り響く。

 こちらに向かってくるキラリと光る何かが見えて、持っていた半月斧でソレを防いだ音だ。


「クロッ!?」


 突然の出来事におどろいたエリクシアが声を上げた。


「な……」


 クロがあらためて目の前に起こった光景を認識する。


――看守長が、クロに向かって攻撃してきたのだ。


 彼の手斧の攻撃を防げたのは運が良かった。

 完全に反射だった。

 ほんのわずかでも動きが遅れれば防ぐことはできなかった。


「クロイツァー……お前、なにしやがるこの野郎ッ!」


 なぜか看守長が怒鳴った。


「いや、看守長それこっちのセリフですよ!?」


「いやいや、なに防いでんだっつってんだよッ!」


「いやいやいや、防ぎますよ!? 何で攻撃してくるんです!?」


「『寸止すんどめ』の予定だったんだよバカ野郎ッ!」


 そう言って、手斧を引っ込める看守長。

 そして、また怒鳴る。


「なのにカッコ良く防ぎやがって、ふざけんじゃねェぞクロイツァーこの野郎ッ! 数日前より別人みたく強くなってんじゃねェか、ドチクショウがッ!

 ヒヨッコとか言っちまってワシが恥ずかしいじゃねェかッ!」


「え……えぇ……」


 理不尽だった。

 攻撃されたから防御したら怒鳴られる。

 こんな怒られ方があるだろうか。


「『男子三日会わざれば刮目して見よ』とは言うが、変わりすぎだろうがクソが。面構えと雰囲気が変わってるとは思ったが、まさかここまでとは……」


「そ、そんなに怒らなくても……。いまのはたまたま反応できただけで……」


「……あきれたぞ、クロイツァー。まさか自分でも気づいてないのか。この数日でなにがあったか知らんが、お前、もう役職幹部クラス――

――いや、それ以上の力量を持ってるぞ」


「……え?」


 看守長が信じられないことを言った。

 役職幹部と言えば、グレアロス騎士団のなかでも精鋭の兵士……それをはるかに上回る猛者たちのことだ。

 武芸の達人と言っても差し支えない人たちなのだ。


「いまのはな、なんだよ。他のやつにしゃべるんじゃねェぞ? 知られたら対策されちまうからな」


「試験……ですか?」


「裏試験ってやつだ。ちょっとでも反応できたら『合格』。致命傷を防ごうとわずかにでも動けたなら喝采ものだ。不意打ち、しかも殺気のない攻撃をされて、それにどう対応するのかを見定める試験なんだよ」


 看守長は言いながら、ズズイッと近づいてくる。


「いいか? クロイツァー」


 小さな体をめいっぱい背伸びして、指をこちらの鼻先に当ててくる。


「アレを『防ぐ』なんてのはあり得ねェことなんだよ。当時のワシですら反応するだけで精一杯だった。いまのワシでも当然『防ぐ』なんてできねェ。

 それぐらい慎重に慎重を重ねて隙を見定めて攻撃するんだ。役職幹部が『絶対にこの攻撃を決められる』って確信したときにしかやらねェ試験なんだ」


「…………」


 役職幹部が必中を確信した攻撃。

 それがどれほどのものなのか、看守長は語る。


「仮に『不合格』だったやつは攻撃に気づきもしねェ。殺気のない寸止めだからな。風が吹いた程度にしか思わねェ。だからこの試験は気づかれねェ。知ったやつは『合格』してるからな」


「…………」


「いまの攻撃も、明かりが強くなって眼が慣れてねェうちに、しかもお前ら2人がまたばきをした瞬間に仕掛けたんだ。絶対に気づかれねェタイミングだった。終わったあとも気づかれねェ……はずだった」


 看守長も役職幹部だ。

 それぐらいのことはやってのけるだろう。

 本来ならまったく気づかれず、何事もなかったようにそのまま廊下を進んでいたはずだった。


「それを、いまお前は反応するどころか、完璧にんだよ。

 いいか? それができたのは、いまのグレアロス騎士団なら『三強女傑』と――『団長』だけだ。なにが言いたいか、分かるだろ?」


「……!」


 三強女傑とは、副団長マーガレッタ・スコールレイン、シャルラッハ・アルグリロット、そしてアヴリル・グロードハットのことだ。


 そして、団長。

 グレアロス騎士団の名を冠する英雄、ベルドレッド・グレアロス。


 他国にも名を知られるこの4名。

 相当な人数がいるグレアロス騎士団で、この4人だけが試験の攻撃を『防いだ』のだ。


 それと同じことができるというのなら、

 それはつまり――


「気をつけろよ、お前はその4人に匹敵する力量だってことだ。理解しておけよ、自分の『強さ』を。でないと、簡単に『怪物』になっちまうぞ」


――人を超えた力の持ち主に他ならない。


「…………」


 思えば、ここに来る途中。

 エリクシアを助けるために兵士4人を相手取って、簡単に打ち負かした。

 もし、

 もし仮に、あのとき全力でやっていたら――


「…………」


――殺してしまっていた。


 ゾッとする。

 それほどの力を持っている?

 自分が?

 ずっと弱い弱いと言われ、そして自分でもそう思っていた。


 けれど、もう違うと、看守長は言う。

 気をつけろと。

 自分の強さを自覚しろと。


 エーテルの使い方を知ったからか。

『死力』のせいか。

 ガルガやヴォゼとの戦闘で、そこまで強くなっていたのか。


「…………」


 ショックか、あるいは興奮か。

 自分でも分からない動揺が心に走り、困惑していたなかで、




「言ったとおりだっただろう、ガラハドさん。

 同志クロイツァーが特級を仕留めたこと、これで信じてもらえたか?」




 そんな声が、唐突に聞こえた。

 地下牢の奥。

 暗い廊下のなかから、コツンコツンと足音が近づいてきた。


「そりゃ信じるしかねェだろ。しかし想像以上に早かったな。わざわざから来たのか」


 看守長が暗闇に向かって声をかける。


「担当外の地下牢に私がいると不自然だろう? だからコッソリ来たんだ」


 この声は、聞いたことがある。

 こんな凜々しく静謐な声を聞き間違えるはずがない。


「……副団長、ですか?」


「教会のシスターから聞いておどろいたぞ、同志クロイツァー。まさかあの状態で蘇生するとは思わなかった。どんな手品を使ったんだ?」


 地下牢の奥から現れたのは、いま話題に上がっていた副団長マーガレッタ・スコールレインだった。


「だが、貴公が生きてくれていて本当に良かった」


「……どうして、あなたがここに?」


「ワシがマーガレッタだけに分かるよう、合図をしておいたんだ。悪いな、お前らにも言っておこうかと思ったんだが、おどろいた顔が見たくてな!」


 ガハハハと笑う看守長。

 おどろいたなんてもんじゃない。心臓が止まるかと思った。


「石小屋の前に石が3つ落ちていた。集合の合図だ。ちょうどここらを捜索していたからすぐに分かった」


 そんな合図をしていたなんて気づけるわけがない。

 こっちは周囲を警戒していたから、そんな余裕はなかったのだ。いや、たとえ余裕があったとしても気づくことはできなかったかもしれない。


「…………」


 いやでも、これはマズいのではないか。

 たいまつを持ったままのエリクシアを見る。

 向こうからは明らかに姿が見えている。

 悪魔の写本ギガス・グリモアを背後に従えるその姿を見て、悪魔だと気づかないわけがない。


「心配すんな。マーガレッタは大丈夫だ。おおやけにはできない、裏の同志ってところか」


「う、裏の同志……ですか?」


 クロのオウム返しに、看守長が頷く。


「そうだ。

 このデルトリア辺境の『本当の平和を取り戻す』ための――同志だ」


「いまはまだ、私とガラハドさんと、極一部のドワーフだけだがな」


 マーガレッタが看守長の言葉に追随する。

 そして、エリクシアを見る。


「貴公が噂の悪魔か。まさか滝壺から連れ帰った少女が悪魔だったとは、運命というものを信じてしまいそうになるな」


「…………っ」


 エリクシアがザッ、と後ろに下がった。

 それも当然だ。エリクシアはマーガレッタとの面識はない。彼女はずっと気絶していたのだから。


「エリクシア……だったな。ガラハドさんとの関係は聞いている。私の立場なら、本来ならすぐにでも捕まえるか倒すかしなければならないのだろうが、それは無いと先に言っておこう。安心してほしい」


 マーガレッタがエリクシアに近づいていく。

 あまりにも自然で、あまりにも普通の接し方だった。

 彼女がエリクシアを『人』として見ているのは明らかだった。


「――『彼』から、貴公を守る。それが我々の目的だ」


「……彼? わたしを、守る……?」


「そう、『彼』の悪魔への執着は常軌を逸していて、あらゆる犠牲をいとわない。そのせいで、このデルトリア辺境が滅びかねない。貴公の身と、この辺境の安全を守るためにも、『彼』は絶対に倒さなくてはならない」


 エリクシアは困惑している。

 当たり前だ。次から次へと想定外のことが起こり続けているのだ。

 クロもどうしていいか分からない。


「同志クロイツァー。貴公の力も貸してほしい」


「どういう、ことですか?」


 クロはそう返すだけで精一杯だった。

 訊かれたマーガレッタは清廉な声で、真剣な顔で、

 尋常ならざる決意をもって、



「まだ誰も気づいていない、前代未聞の危機を振り払うため。

 この地に根付く、人類の裏切り者を誅するために。

――悪辣の再来・デルトリア伯を倒すために、貴公らの力を頼りたい」



 グラデア王国、デルトリア領を統べる領主。

 爵位『伯爵』の大貴族、フリードリヒ・クラウゼヴィッツ。

――デルトリア伯への反逆を示した。



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