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エリクシアオブライフ ~不死の災いと悪魔の写本~  作者: ゆきわ
第1章『英雄胎動』編

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38 懺悔の地下回廊


「……デルトリア伯の暗殺に手を貸せということですか?」


「そのとおりだ」


 クロの問いに、マーガレッタは即答した。

 大変なことを聞いてしまった。

 王国騎士団に所属する『騎士』が――しかも副団長の役職にある人物が『伯爵』を殺すと宣言したのだ。


 伯爵よりも騎士は身分が低い。

 このデルトリア地方を治めるようになってから5年。年月こそ経っていないため、いまだ爵位は伯爵のままだが、その上の辺境伯にまで登り詰めようとしているデルトリア伯。


 対して、一般国民から武の功績だけで騎士にまで成り上がったマーガレッタ。

 いま言葉にしたことが現実に起こってしまったら、まさに大事件である。


「待て、マーガレッタ。ヤツを倒すのはそのとおりだが、エリクシアを巻き込むってのはどういうことだ?」


 看守長が割り込んでマーガレッタに問い詰める。


「エリクシアは逃がすだけの予定だっただろう。なぜワシらの闘いに巻き込む?」


「事情が変わった。先ほど知ったのだが、いまこのグレアロス砦に、彼がいる」


「……なんだと!?」


 彼、とはまさしくデルトリア伯のことだろう。

 このグレアロス砦の運営資金を出しているとはいえ、滅多に自分の城から出ることがないと噂されているデルトリア伯がここにいる。

 世間の事情に疎いクロでも、それが異常な事態だと分かった。


「もし彼女を砦から逃がしても、この現状では彼に捕まってしまう可能性が高い。彼女の容姿は騎士団中に知れ渡ってしまっている。まず間違いなく彼にも知られていると思ったほうがいい」


 そう言って、マーガレッタがエリクシアを見る。

 銀髪の少女。

 背後に浮いているグリモアを除いたとしても珍しい容姿だ。


「しかし、妙だな……嗅ぎつけるのが早すぎる」


 看守長が白いひげを触りながら首をかしげた。


「その話はあとにしよう。とりあえず、本人らに事情を説明するのが先だな。

 しかし、何から話せば良いのか……」


 今度はマーガレッタが、その細い顎に手を当てて悩む仕草をした。

 どうやらようやくこちらにも説明してくれる気になったらしい。


「クロイツァー。お前、エリクシアのことをどこまで知ってる?」


 言い淀むマーガレッタに業を煮やしたのか、看守長が口を開いた。


「……どこまで?」


 質問がアバウトすぎて答えられない。

 彼女が悪魔だということ。

 ノエラに育ててもらったこと。

 そしてさっき聞いた、看守長の故郷が滅んで、おそらくはそれが原因でノエラが亡くなったということぐらいだ。

 考えて見れば、ほとんど彼女のことを知らない。


「エリクシア、自分のことをどこまで話した?」


 今度はエリクシアに話を振る看守長。


「ほとんど何も……話していないです。クロと出会ってからは、そんな余裕がなかったので」


 彼女と出会ってから、次から次へと騒動があったのだ。

 はじまりはハイオークのガルガ、次はオークの群れ、そしてヴォゼ。

 そのあとエーテル切れで体が動かなくなって、ようやく動けたと思ったら今度は騎士団に追われることになった。

 じっくり話す機会なんてあの洞窟ぐらいしかなかった。


「あきれたぜ、クロイツァー。そんなんでどうしてエリクシアを……悪魔を守ろうとする気になったんだ?」


「そ、そんなこと言われても……」


 看守長がこっちを見てやれやれとポーズをとった。


「まぁいいさ。見境がないってのも若ぇ証拠だ。マーガレッタ、まずはワシが説明するぞ?」


「……ガラハドさんが構わないのなら、私は問題ない」


 マーガレッタの言葉に頷く看守長。

 そして、エリクシアに近づいていく。


「エリクシア、お前の過去も含まれる。クロイツァーにも話すことになるが、構わんか?」


「……はい。クロなら、全部知られても、いいです」


「……分かった。よし、ワシが先導する。たいまつをくれ。ここじゃアレだ、奥の看守室に行きながら話すぞ」


 ここから看守室がある場所まで、地下回廊と呼ばれる長い廊下がある。

 一向は、看守長のあとに続いて地下牢の奥へと歩いていく。

 たいまつの灯が、ゆっくりと暗闇を照らしていった。




「――デルトリア伯との因縁のはじまりは……一連の出来事は全部繋がっちまってる。そうだな……ノエラがエリクシアを拾ったことが、もしかしたら、すべてのはじまりなのかもしれん」


 起こりは10年前。

 アトラリア山脈でひとり泣いていた幼いエリクシアを拾ったのが、ノエラだった。


「あの当時、ワシらの子供が死んじまってな。ちょうど、あのころのエリクシアと同じぐらいの歳だった」


 看守長の説明は、独白に近かった。

 まるで罪人が罪を告白するかのような、感情の重い声。


「ワシは子供が死んだ辛さで、現実から逃げるように騎士団の仕事に没頭していた。家にも帰らず……な。誰が一番辛かったのか、気づきもしないで」


 コツン、コツンと長い廊下を4人が歩く。

 誰も口を挟むことはできない。

 子供が死んでしまうことはよくあることだ。

 体が未熟なため、病気やケガで簡単に死んでしまう。魔物に殺されてしまうことだってある。

 近くに医者や教会があるのなら幸運だ。

 大きな街なら急病でも間に合うかもしれないが、小さな村などではそうはいかない。

 気をつけてやっていても、簡単に死んでしまうのが、子供だ。

 本当によくあることなのだ。

 それでも、親は悔やむ。

 悔やみ続ける。

 自分があのときこうしていれば――と。


「自分のなかでようやく心の決着をつけて家に帰った、ある日の夜……エリクシア、お前がいた」


「…………」


 エリクシアも口を挟まない。

 看守長の表情は、陰りの色が濃くなっていった。


「ワシはノエラの頭がおかしくなったのかと思った。悪魔を育てるなんて、マトモじゃねェ……ってな」


「…………」


「正直に言おう。ワシはお前を殺そうとした」


 苦しみを振り絞ったような声で、看守長は言った。

 しばらく空けていた家に戻ってみれば、伝説のグリモアの悪魔が居着いていた。

 自分の伴侶が悪魔に魅了されている。

 そう思っても不思議ではない。

 おそらくはレリティアの人なら誰でもそうするのだろう。


「……はい。知って、ました……」


「……そうか」


 エリクシアが看守長を見たときの反応の意味が、少し分かった気がした。


「だが、できなかった。ノエラにこう言われたんだ」


――わたしから子供を奪わないで。もう二度と亡くしたくない――


「できるわけがねェ……泣きながらそんなことを言われたら、殺す気なんて失せちまった。死んだ子供の代わりじゃねェ、悲しみの代償行為でもねェ。ノエラは心からお前の母になったんだと、そう思ったら、納得できちまったんだ」


 クロは衝撃を受けた。

 ノエラが『母』としてエリクシアを守ったことに。

 母親の愛。

 それが、どうしてもクロには理解できなかった。

 知らないのだから、当然だ。

 自分は――母に捨てられたのだから。

 自分は、この世に存在してはいけない命だったのだか――


「……っ?」


――そこまで考えていると、急にエリクシアが手を握ってきた。

 自分の心のなかを見透かされたような気分になってしまったが、違った。


 エリクシアはうつむいて唇を噛みしめていた。

 その瞳が何を映しているのかは、銀色の前髪に隠されてしまっていて、うかがい知ることはできない。

 ただ、その小さな肩だけが震えていた。


 看守長の言葉に、遠い過去に置いてきた温かな記憶を揺さぶられたのだろうか。

 正確なことは分からない。

 しかし、彼女が手を握ってきたのは、こちらを思っての行為じゃないのは明白だ。

 でも、どうしてか。

 エリクシアの手のぬくもりは、クロのざわつく心を落ち着かせていた。




 長い廊下はまだ続く。

 看守長が持つたいまつは、まるで古い記憶を浮き出させるかのように闇を照らしている。


「まだ小さかったお前をノエラが育てることに納得はしたが、結局ワシは最後までお前の『家族』にはなれなかったな……。当時のワシはお前を避けていた。お前と暮らすのに耐えかねて、前以上に家に帰らなくなった。許せとは言わねェ。分かってくれとも言わねェ。恨んでくれても構わねェ。どうしても、悪魔っていう事実がワシをお前から遠ざけた。だが……」


 前を行く看守長はいったん言葉を句切って、


「……だが、お前が来てくれたからノエラの笑顔が戻った。お前が、ノエラを救ってくれたんだ。感謝している。これだけは……エリクシア、お前に伝えたかった」


 こちらを振り向かずにそう言った。

 その背中がどこか寂しげだったのは、気のせいじゃないと思いたい。


「……わたしは、愛情をこめて育ててくれたノエラを母のように思っています。救われたのは、本当にわたしのほうなんです……」


 エリクシアの手が震えている。


「……そして、わたしは……ガラハドおじさんを恨んではいません。だって、わたしが悪魔だと知っていて、それでも……村の人たちに黙ってくれていましたから。むしろ、感謝しています」


「……そう、か……」


「……はい」


 ノエラを母と呼んだエリクシアは、看守長を父とは呼ばなかった。

 呼びたくとも、呼べなかったのだろう。

 この2人には互いに踏み込めない心の溝がある。


 彼女の手が震えている意味が、クロには何となく分かった。

 怖いというよりも、哀しい。

 人と分かり合えなかったのが、哀しくてつらい。


 彼女は常に寂しさを抱えている。

 ノエラに愛されて、そしてノエラの笑顔を取り戻したのがエリクシアだったとしても、まだ幼かったエリクシアがひとつの家庭を壊してしまった現実は拭えない。

 それが、エリクシアに深い悔恨を背負わせている。

 それは看守長も同じこと。


 誰が悪いわけでもない。

 ただ、エリクシアが悪魔だったということ。

 そのたったひとつの現実が、ここまでこじれさせている。


 きっと、この2人が歩み寄ることはこれから先もないのだろう。

 エリクシアと看守長を繋ぐ、ノエラという人物がすでに亡くなってしまっているのだから。

 この2人は、一緒にいたら傷つけ合ってしまう。

『大切な人の死』とは、それほどのものなのだから。


「…………」


 エリクシアの震える手が、無言の叫びを上げている。

 心が痛いのだと。

 張り裂けそうなほど、哀しくてたまらないのだと。


 黙ったまま、叫んでいる。


 彼女はこうやって我慢してきたのだろう。

 ノエラが死んでから、たったひとりで。

 ずっと。


「……」


 クロは黙ったまま、その手を強く握った。

 そんなことぐらいしか、彼女にしてあげられることはなかった。


 もし、それ以上のことができるのだとしたら。

 それはきっと、『英雄』だけなのだろう。


――どんな逆境でも覆すのが、『英雄』なのだから。




 ◇ ◇ ◇




 一行は地下回廊を抜けて、看守室にまで辿り着いていた。

 ここは看守長がいつもいた場所で、クロがジズに会う度に面会用紙に記入していたところだ。

 狭い部屋だが、4人掛けのテーブルと椅子があって、少人数で話をするにはうってつけの場所だった。


「汚ェところだが我慢してくれ。ほら、座れ座れ」


 看守長に促されて、クロとエリクシアが隣同士に、そしてマーガレッタがテーブルの向かい側の椅子に座った。


「……すまねェな、マーガレッタ。私情をはさんで話が違う方向に行っちまった。……ちィと話し疲れちまった。あと頼んでいいか? ワシは茶を入れる」


「もう……いいのか? ガラハドさん」


「……ああ。伝えたいことは伝えられた」


 そう言いながら、こちらに背を向けて棚からお茶っ葉を手に取った看守長。

 やはり、その背中はまだ物悲しそうだった。


「…………」


 マーガレッタはその背中を哀しそうに見つめる。

 しかし、すぐに表情を引き締めてこちらに向き直る。


「――では、ここからは私が話そうか」


 話の土台はできあがった。

 これから語られるのは、デルトリア伯との因縁の起因になる話だ。

 マーガレッタの表情から、それを察することができた。


「3年前、ガラハドさんの故郷が滅んだことは知っているな?」


 マーガレッタがクロに向かって聞いた。

 エリクシアには聞かない。

 彼女は『そこ』にいたからだ。

 細かい年数までは知らなかったが、事実は事実として、クロは頷いた。


「ガラハドさんは魔物に襲われたと貴公に伝えているはずだが、実は、それは違う」


「……え?」


 看守長を見るが、彼は背中をこちらに向けたままだった。

 こちらの話は聞こえているはずなのだが、黙々とお茶を入れている。


「……いまさらになるが、ここから先を聞いてしまえばもう引き返せない。

 それでも、構わないか?」


 マーガレッタがクロの覚悟のほどを問う。

 そんなもの、もうとっくの昔に決まっている。


「――はい」


 あえて、エリクシアは見なかった。

 覚悟とは、自分の意思で決めるもの。

 己の心、その芯から定めた揺るぎない想いなのだから。


 マーガレッタは深く頷いて、言った。


「ガラハドさんの故郷――ドワーフの村は、人が滅ぼした。つまり、ノエラさんは、人に殺されたんだ」


「…………ッ」


「悪魔を捜していた人間の仕業だ。もう気づいただろう。そいつこそが他でもない、この地域一帯を治める伯爵――デルトリア伯だ」


 この因縁は、復讐からはじまるものだ。

 運命の歯車は回っていく。

 巨大すぎるそれは、もはや人の手で止めることなどできやしない。



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