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002~VSウルフ?2~

 視線の先で跳び回る少女と飛び回るウルフ。少女の攻撃はウルフに当たるが、ダメージにはならない。ウルフの攻撃は少女に当たらないが、軽装の少女に当たれば致命打になるだろう。

 ……私はこのまま見えていることしかできないのだろうか。何とかウルフの注意を引ければ、攻撃の機会を生むことができるのだけど、ウルフの注意を向けさせるほどの手段を私は持ち合わせていない。運良くウルフの意識がこちらに向くことを願っているしかないのだろうか。

 ――願う神がいない私が、願って意味があるのだろうか。

 そんなことを考えている間にも少女とウルフの戦闘は続いている。少女のスタミナがどこまで続くかは分からないが、ウルフは既に30分の戦闘を行っているがまったく動きが鈍っていない。このまま続けば、いずれ少女が攻撃を受けてしまう可能性が高い。

 大声をだして少女の注意も引いてしまっては意味が無い。同じ理由で話しかけて相談するのも、何かを伝えるのもやめておいたほうがいい。

 近づいてウルフの注意を引きやすくするのも良くない。動き回るウルフに近づくことすら難しく、近づけたとしても少女の邪魔になってしまうかもしれない。

 回復薬はすべて使ってしまったし、なにか投げるにしても少女の邪魔をしてしまう可能性の方が高い。

 

「……何で、私はこんなにも無力なのかしら」

 

 口から言葉が漏れてしまったが、その通りだ。

 1年もダンジョンに挑戦して、ここまでしか成長できなかった。普通は1年あればランク2には到達でき、早い人ならばランク3にも到達できている。この階層のボスも難なく倒せるほどに強くなっている。

 それなのに、私はボスに敗北を繰り返すばかり。それどころか勝てる兆しすら見えない。ランクが上がる兆しすら見えない。

 そして、あの少女は私を庇うように戦っている。戦闘を見ていて、今やっと気づくことができた。

 今の私は攻撃の機会を作るどころか、一瞬の囮になるどころか、少女の足を引っ張っているだけ……。

 頬を涙が伝うのを感じる。

 こんなことなら、私はさっき死んでいればよかった。そうすれば少女が介入することはなく、少女が窮地に陥ることはなかった。

 

「私を囮にして逃げて。そうすれば、あなただけは助かるかもしれない」

 

 口は自然と言葉を紡ぐ。

 やっぱり私は助けてくれた少女に生き残ってほしい。それが最後の望みだ。

 しかし次の瞬間、その望みをかき消すように、少女に勝てる兆しを見せるようにウルフが僅かに体勢を崩した。

 

「逃げる必要性を感じない。あなたは囮にすらなれない。理解して」

 

 ウルフが体勢を整える間に少女は告げる。

 貴重な攻撃の機会を使って、私に告げる。

 結局、私の行動は足を引っ張ってしまっただけ。彼女の注意を引き、貴重な攻撃の機会を奪ってしまっただけ。

 弱い私は黙ってみているのが最善、なのかもしれない。

 ……。

 

 

 

 視線の先で飛び回る少女と飛び回るウルフ。しかし、さっきの攻撃に脅威を感じたのか必ず地面を踏みしめてから攻撃を行っている。それもあってかあの1度以降、少女の攻撃がウルフの体勢を崩すことはない。

 さらにウルフ自体の攻撃頻度が減っている。明らかに近づくこと自体を警戒している。おそらく高確率で反撃を受けないだろうタイミングでだけ、近づいて攻撃を行っている。

 傷を負っているせいか、少し離れたこの場所からでさえ普段よりも動きを捉えられない。それでも、私は視線を外すことはできない。

 これは私ができる唯一の行動なのだから。

 そう、きっと既に私など眼中にない私ができる唯一の行動なのだから。

 

 

 

 少女とウルフが交戦する中、30分程が経過した。

 先ほどから少女の動きが鈍ってきたのが分かる。あれだけ速く動き回っているのだから仕方のないことだ。

 そして今、視線の先で少女がウルフの飛びかかりを槍で防ぎ、吹き飛ばされた。空中で体制を整え見事に着地した少女だが、これは狙った行動ではないはず。

 少女は攻撃を受けないように立ちまわっている。そして攻撃を受けるのなら、それは攻撃の機会を狙っての行動になるはず。

 でも、反撃を行わなかった。

 おそらく、スタミナが切れてきたのだろう。そう、このままではいずれ……。

 この手に魔法さえあれば……あれば!

 そんな中、地面に降りて飛びかかろうとしていたウルフが突然と吹き飛んだ。

 

「あら、楽しそうね。私も混ぜてちょうだい」

 

 そして、ウルフと入れ替わりでその場にいたのは1人の少女。

 未踏の雪を夕焼けが照らしているような髪は腰下まであり、腰上辺りで結ばれている。まるで髪を照らす夕焼けのような瞳は、大きく吹き飛び体勢を崩しているウルフを見つめている。そして、それらを備える身体はまるで少女のように小さく、華奢なもの。

 

「リア姉」

 

「ええ、任せて」

 

 夕焼け少女は手に持つ槍を構えたまま、ウルフを見つめている。

 ウルフは体勢を整えたあと、夕焼け少女を見つめたまま動かない。新たに現れた脅威の様子を窺っているのだろうか。

 そして海の少女は手に持つ槍を一度だけ手の中で回し、再びウルフを見つめている。

 

 

 

 そのままの状況で30秒ほど経過した時、海の少女が"消えた"。いえ、ウルフに突撃していった。消えたと見間違えるほどの速さで。

 それが理解できたのは視線を動かしてウルフがいた場所を見た時。そこには槍に体を貫かれたウルフと、手に持つ槍でウルフを突き刺している海の少女がいたのだから。

 海の少女は槍を持つ手とは逆の手をウルフに向けているが、何もしない。

 ウルフは必死に倒れないように堪えていたがすぐに地面へと倒れ、その身体は空気に溶けこむように、消えていく。

 そして、ウルフがいた場所には小さな魔石とウルフの牙らしき物が残っていた。

 ダンジョン内の魔物は完全に倒すとその場で消え、時より様々なアイテムを残すこともある。そう、今のように。

 つまり、あの少女はウルフを完全に倒したのだ。

 

「アリス、見事だったわよ」

 

 いつの間にか海の少女に近づいていた夕焼け少女は、優しそうな笑顔を浮かべて海の少女の頭を撫でる。

 どうやら海の少女はアリス、という名前らしい。

 

「嬉しい。それはそうと、あの魔物」

 

 嬉しそうに微笑みつつ答えたアリス。しかし問いかけた時には、その表情は真剣なものへと変わっていた。

 

「ええ、見たことがない魔物ね。希少種かしら」

 

 同じく真剣な表情で答えた夕焼けの少女。

 もしかして希少種を見たのは初めてだったのかしら。私も実際に見たのは初めてだけど。

 

「リア姉、私が報告しておく」

 

 魔物の情報をギルドへ報告するのは任意なのだけど、あの姉妹は報告するみたい。助太刀に入っただけのお姉さんがこのまま奥へ向かえるように報告は任せて、ということかしら。

 

「ありがとう。とりあえずそこの安全地帯まで移動しましょうか」

 

「うん」

 

 2人はドロップしたアイテムを拾い、こちらへ向かって歩いてくる。

 その様子を見て手を貸してくれるのだろうかと思っていたが、傍まで来たアリスはしゃがんで私の足にそっと手を触れた。

 本当にそっと……確かに傷に触れているはずなのに、痛みが増すのをほとんど感じられないほどに。

 

「いたいのいたいの、とんでけ~」

 

 そして先ほどとはうってかわり、気の抜けたような声が私の耳を通り抜ける。

 この言葉、確か人の国の一部に伝わるおまじないだったかしら……え、傷が治っていく。

 

「名前を教えてほしい」

 

 キーワードも唱えていないのに……いえ、私が知らないだけであれがキーワードなのかしら。それとも無詠唱魔法、あるいは<<スキル>>の可能性も……。いえ、まずは聞かれている名前を答えないといけないわね。

 

「私はエルピス」

 

「ありがとう。私はアイリス。アリスと呼んでほしい」

 

「私はコンバラリアよ。リアと呼んでちょうだい」

 

 アイリスを短縮してアリス、コンバラリアの後ろから2文字を取ってリア、だったのね。

 アイリスとコンバラリア……確か、花の名前だったかしら。

 

「それじゃあエルピス、一緒に安全地帯に行こう?」

 

「ええ、ありがとう」

 

 アリスが差し出す手を取り、立ち上がる。そしてアリスとリアのあとに続いて安全地帯へと移動を開始する。

 色々と気になることはあるけど、安全地帯へ到着して落ち着いたらまずは2人にお礼を言いたい。彼女たちがいなければ、私は命を失っていたのだから。

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