001~VSウルフ?1~
私の認識が間違っていなければハイファンタジー作品となります。
練習用の作品ですが、ご覧いただけますと嬉しいです。
飛びかかってきた魔物の牙を剣で受けて防ぐが、その勢いに吹き飛ばされてしまう。それでも何とか転げずに体勢を持ち直し周囲を見渡すと、その魔物は悠々と青空を背景に滞空していた。
灰色の身体に鋭い爪と牙をもつ狼型の魔物、ウルフ。
ウルフは第1層に存在していて、数体から数十体で群れて行動している魔物。でも単独の戦闘能力はそこまで高くなく、私もこの1年間で数多く倒しているのだけど……普通のウルフは空を飛ばない。
このウルフの背中には茶色をした鷹型の魔物、ホークの翼が生えている。さらに薄くだけど半透明の赤いオーラを纏っており、明らかに今いる3階層に出現する魔物ではない。
いえ、稀に出現するといわれている希少種なのかもしれない。けれど、5階層すら突破できない私が知っている魔物ではない。
昔に見た魔物図鑑に載っていたグリフォンが近いかもしれないが、あれは幻獣。仮にこのウルフがグリフォンに近い魔物であったのなら、なおさら私が勝てるはずがない。
再び滑空し、飛びかかってきたウルフの牙を剣で受けて防ぐが、今回は勢いが弱かったらしく非力な私ですら吹き飛ばされることなく受け止められた。そして今、ウルフは私を吹き飛ばせず牙で剣を噛んでいる状態。
少し前にウルフの攻撃を受け、足に浅くない傷を負ってしまったので今の私は踏ん張りがきかず、攻撃を受け続けるのも難しいでしょうね。それならば素早いウルフの動きが止まっている今は好機。ここで決めるか致命打を与えられれば、まだ可能性があるはずよ。
剣の角度を変え、受けから攻めへと転じる。あとは柄を両手で持ち、思い切り振り回すだけ――そう考えていたが、すぐにその考えが甘いと知ることになった。
私が柄を両手で持った直後、剣から鳴り響く金属が砕ける音。軽く振り回せた剣の柄。そして、視線の先では剣が砕けている様子が見えていた。
ウルフの飛びかかりの勢いが弱いことに疑問をもつべきだった。ウルフはワザと勢いを弱くして私に剣で受けさせ、私の剣を砕きに来ただけなのだ。
剣を振ろうとした勢いは止まらず、僅かに体勢を崩してしまった。そして、その隙をウルフが見逃してくれるはずもなく、衝撃と痛みに襲われた体は宙を舞う。
馬乗りされなかったことは運が良かったのだろうが窮地に変わりはない。
地面を擦りながらも何とか止まり、ウルフがいた方向を見ると、視線の先では地面に降りているウルフが今まさに飛びかかろうとしているところだった。
馬乗りされてしまえば私の力では振りほどくことはできないだろう。そして足を痛めている今、この体勢からでは回避は間にあわない。いえ、足を痛めていなくてもきっと間に合わなかっただろう。
つまり、先で待っているのは死。
あと少しだけ耐えられていれば、前回の復活から24時間が経過して<<世界の加護>>により復活できたのだが、僅かに届かない。
いつもは一度復活を使用してしまった際は再使用可能になる24時間を安全地帯で待ってから行動を開始するのだが、今回はこのウルフに襲われていた少年と少女の2人組の姿を見て、体が動いてしまった。
<<世界の加護>>はこの世界で暮らす人々全員に与えられているはずなので、とうぜんあの2人も加護を受けているだろう。なのでいつもは窮地に陥っている姿を見ても気にしないのだが……私は知っていた。
あの2人が既に復活を使用していることを。そして24時間が経過していないことを。
ギルドでも24時間は安全地帯で待機しているように教えてもらえるはずなのだが、あの2人はなぜか復活後すぐに安全地帯から出て行ったようなのだ。
珍しくこの安全地帯には私とあの2人しかおらず、私は眠っていたために誰も止める相手はいなかった。その場面を見ていれば、必ず止めたのに……。
そして起きた私が見たのは、あのウルフに襲われていた2人。少年は少女を守るように小さな盾を構え、少女は必死に少年へと回復魔法を使用していた。
そんな姿を見て、私は見捨てることができなかった。
昔から困っている人は助けていたが、それは"強かった時の私"。今の私は、一番得意であった魔法を使用できない弱い存在なのだ。
それでも必死に少女を守ろうとする少年を見て、必死に少年を支える少女を見て、昔読んだ英雄譚の勇者を見てしまった。そう、私が憧れた勇者の姿を。
その光景が私を動かした。次に死ねば復活できないと理解しても、動いてしまった。ここで見捨てるのならば、私は勇者に至ることができないと思って。
しかし、その結果が今なのだ。ウルフを目の前に死ぬ間際。
あの2人は無事に逃げられたようなので後悔はない。まるで時間が引き伸ばされたかのような中、私を満たすのは後悔ではなく、納得。
期待されていた『ツクヨミ』を継ぐこともできず、代わりに下位神を目指すもまったく届かない。そして、勇者にも……。
視線の先でウルフが飛び上がる姿を見て、死を覚悟する。
いえ、覚悟なんてできていない。きっと、生を諦めただけ。
せめて最期の光景は見ておこうと瞑りたがる目を開け、飛びかかってきたウルフを視界に収めていたが、予想していた出来事は起こらなかった。
私に飛びかかるはずだったウルフは、その途中でとつぜん消えた。いえ、横に吹き飛んでいった。
何が起こったのか分からない中、何とか見えたその光景を追って視線を移動させる。
リィィン。
透き通った鈴の音が鳴る中、大きく体勢を崩したウルフと対峙する1人の少女がいた。
まるで未踏の雪に僅かな海を垂らしたような髪は腰上まで伸びており、おさげのように両肩あたりで結ばれている。逆に海を凝縮させたかのような瞳は揺れることなく、しっかりとウルフを見つめている。そして、それらを備える身体は少女のように小さく、華奢なもの。
「さあ、私の良き苦難となってね」
静かでありながらも力強い少女の声が響く。
立ち上がろうとしているウルフへと手に持つ槍を構えて突撃したが、今度は受け切られた。ウルフは吹き飛ぶどころか、体勢さえ崩していない。
先ほどの一撃は空中で踏ん張りが効かなかったからこそ、あそこまでの威力を発揮したのだろう。
攻撃を受けきったウルフはそのまま体当たりへと移行したが、突撃後すぐに離れていた少女に当たることはなかった。
この状況、私は援護すべきだろうが立ち上がることすらできない。ウルフに受けた足の傷は痛み、踏ん張りがまったくきかない。
何か魔法を使えればこの状態でも援護ができたのだろうけど……私は魔法をまったく使えない。
そう、ただの足手まといなのだ。
それならば逃げるべきだとは思うが、助けに来てくれた少女を見捨てて逃げることはできない。
それに、もしかしたら私に注意が向き、少女が攻撃する機会が生まれるかもしれない。一瞬の囮程度にはなれるかもしれない。
うん。私は自分が生き残るよりも、助けてくれた少女に生き残ってほしい。