表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地獄からバイバイ  作者: 梅したら
二章 脱出を目指して

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/17

5 化け物の証拠

「人ではない、何か……」


 そんなはずはなかった。

 イコはどう見ても人間だ。


 それなのに、ナナシさんが嘘をついているようにも見えなくて、困る。


「しょ、証拠、とか」


 疑うようで申し訳ないけれど、問いかけてみる。

 ナナシさんは、いい人だと思う。

 でも、イコも……悪いやつだとは思えなかった。


「イコくんの、眼帯の下を見たことはありますか?」


「……ない、です」


「それならば、覗いてみてください。おそらくは、彼が化け物だという正体の、片鱗が隠されています」


「そ、そんな……」


 たしかに、あの眼帯は気になっていた。

 イコがわざわざ、何を隠しているんだろうと。


 化け物の片鱗?

 イコが、化け物?


 胸がザワザワする。

 何かの間違いであってほしい。

 あの眼帯は、ものもらいとかじゃないんだろうか。それか人にうつるようなもので、俺にうつさないよう、隠しているだけじゃないだろうか。


「サンくん」


 戸惑う俺の手を、ナナシさんが両手で包み込む。

 ナナシさんの手は、温かかった。トクトクと、血の巡る振動が伝わってきた。


「山の頂上に行かなくても、私は君を現世へ返すことができます。少し時間が必要だけれど、一週間もかかりません。

――だからどうか、私を信じてください。

イコくんと行動を共にするのは、危険です」


「で、でも……」


 イコは、3日の夜までに頂上へ行く必要があると言っていた。

 ナナシさんの言葉通りに一週間待つと、3日は過ぎてしまう。


 ナナシさんを信じるなら、イコの提案を切り捨てなければならない。


 それに、ナナシさんの言葉に引っかかるところもあった。


「一週間で返せるのなら、どうして他の人が……小さな子とかも、残っているんですか?」


 さっき、新しい人はしばらく入っていないと言っていた。

 それならあの小さな子は、それなりの期間、この拠点にいることになる。


「……残っている人たちは、家族を探しているんです」


「家族を……?」


「彼らは家族と一緒にこの世界へ迷い込み、そして家族とはぐれてしまいました。もちろん、私は彼らを現世へ返すことができる。でも彼らはあえて残って、家族を探し続けています」


「そんな……ことが……」


 胸が痛む。

 こんな地獄で暮らすなんて、どれだけ不安だろう。

 それなのに、家族のために残ったのか。あんなに小さい子まで。


 彼らの家族は、どうしているんだろう。

 地獄で一人、生き延びているんだろうか――イコのように。

 そうだったらいいなと思う。

 いつか、再会できたらいい。


「……ナナシさん、すみません」


 ナナシさんの手を、そっとほどく。

 俺は、初めて会った時のイコの笑顔を思い出していた。


『きみは、ぼくが命にかえても守るからね!』


 イコは教室でそう言った。

 クラスメイトを惨殺した後で、返り血まみれだったけれど、あの言葉が嘘だとは、どうしても思えない。


 俺の兄だと名乗ったイコ。

 昔、5歳の俺とともにいて、それから11年間、地獄で生き延びてきたらしいイコ。


 ――俺の心は決まった。


「俺は、イコを信じたいです」


 ナナシさんの目を見返し、はっきりと告げる。


「……そうですか」


 ナナシさんは困ったように眉を下げた。


「わかりました。でも一つだけ、約束してください」


「なんですか?」


「イコくんの眼帯の下を、確かめてください。そして危ないと思ったら――すぐに、助けを求めてくださいね」


「……はい」


 ナナシさんは真剣だった。真剣に、俺の身を案じていた。

 その勢いに気圧されて、うなずく。


「忘れないで。私たちは、君の味方です」


 力強い言葉だった。……でも俺は、イコを信じたい。

 ナナシさんへ曖昧に会釈をして、足早に部屋へと戻った。





「サンちゃん! どこいってたの? だいじょうぶ?」


 戻ったら、いつの間にか起きたらしいイコが飛んできて、俺のまわりをグルグル回った。

 起き抜けによくそれだけ動けるよな、と思うくらい俊敏だ。


「トイレだよ、大丈夫。イコは眠れた?」


「うん! いっぱいねた!」


「そっか、よかった」


 俺が言うと、イコはぴたりと動きを止めた。

 俺の顔をじいっと覗き込んでくる。


「サンちゃんは、ねた? まだ、つかれてそう」


「あんまり寝れなかったかも」


「もうちょっとねる!? ぼくね、おうたうたえるよ!」


「お歌?」


「ねんねんー、ころりー、おころりー」


「子守唄かよ」


 思わず苦笑いが出る。さすがに、子守唄で寝かしつけられる年齢じゃない。それにひどく音程が外れていた。あれでは、寝た子も起きるだろう。


「なあ、イコ」


「んー?」


 イコは俺の布団をめくって、手招きする。

 寝ろと言いたいんだろうけど、俺は布団にあぐらをかいて座った。


 イコの顔を覗き込む。

 左だけの、真っ黒い瞳がこちらを見ている。

 俺はイコの右目を覆う眼帯に、視線を動かした。


「眼帯の下って、見せれる……?」


 イコは、ギクリと肩を跳ねさせた。

 動揺、したのか。


「…………どうして?」


 その声は、妙に低く聞こえた。


「いや、その……隠したいのはわかってるんだけど、病気とか傷とかなら俺、気にしないし……見せてほしい」


 俺はしどろもどろになりながら、言い訳のようにあれこれ言う。

 ようにじゃなくて、言い訳だ。隠しているものを暴こうとする、後ろめたさがあった。


「……だめ」


 だから、イコが小さな声で断った時、内心でほっとする。


「そっか。ごめん、変なこと言って」


 気にはなるけれど、イコが隠したがるなら、無理に見たくなかった。

 俺が諦めたとわかると、イコはぱあっと表情を明るくする。


「あのね、サンちゃん――」


 イコが何か言おうとした、その時だった。


「隠したがるとは、やはり化け物のようですね」


「!?」


 声に驚いて出入り口を見ると、ナナシさんが立っていた。その後ろには、体格の良い大人の男の人が4人、並んでいる。


「な、なんですか……?」


「やれ」


 ナナシさんが合図をすると、4人の男が入ってくる。

 そしてイコが抵抗する間もなく、床に押し付けるようにして取り押さえた。


「ううー! ううううー!!」


 イコは口にタオルを詰め込まれ、暴れながらうめく。


「ちょ、ちょっと! 何するんですか!? やめさせてください!」


 俺はイコを押さえる男たちに掴みかかりながら、ナナシさんへ怒鳴った。

 男たちは、びくともしない。それどころか鬱陶しげに、俺をふりはらった。


「うわっ!」


「んんー!!」


 俺の悲鳴と同時に、イコが焦ったような声を上げる。

 男の腕で弾き飛ばされた俺は、ナナシさんの足元に転がった。


「ナナシさん……どうして……」


 ナナシさんはしゃがんで俺の腕を掴むと、立たせてきた。俺はよろめきながらも、どうにか立つ。


「すみません、サンくん。君は子どもで、子どもを守るのは大人の義務なんです。……眼帯を外しなさい」


「はい」


 イコを押さえつける男が、むしり取るように眼帯を奪った。

 その下から現れたものに、息が止まる。


(なんだ……あれ……)


 そこにあったのは、闇だった。

 目があるべき場所に、ぽっかりと闇がある。穴じゃなくて、闇だ。

 それは真っ黒で、まがまがしかった。あの山と同じような、不自然な暗さ。

 見ているだけで精神が不安定になりそうな、不気味さがだった。


「やっぱりバケモンだこいつ!!」


 男の一人が、抵抗できないイコの頬を殴りつける。


「んぐっ!」


「やめてください! イコにひどいことしないで!!」


 駆け寄ろうとした俺の肩を、後ろから伸びてきた手が掴んで、止めた。


「わかりましたか、サンくん。あれは化け物なんです。あなたの命を狙っている」


 ナナシさんが背後に立って、俺の目を片手の手のひらで塞いだ。


「で、でも、あんな目だけじゃ判断なんて……イコと話をさせてください!」


 俺は全力でもがく。でも、ナナシさんの手から逃げられない。


「サンくん、そろそろ聞き分けなさい! 私の方が知識も経験もあるんです。これはあなたのためなんですよ」


「…………ッ!」


 ナナシさんが、初めて声を荒げた。


 ずっと笑顔で穏やかだったのに、有無を言わさない口調。

 振り向くと、眉根を寄せたナナシさんが、真剣な顔で俺を見ていた。


「……声を荒げてしまって、すみません。すぐには納得できないでしょう。でも、あれは危険なんです。どうか、わかってください」


 切実な声だった。


「い、イコは、どうなるんですか」


 俺は何を信じればいいかわからなくなって、声が震える。


「……君が望むなら、離れた場所で、解放します。正体がこちらにバレた以上、やつも戻ってはこないでしょうから」


「…………」


 ということは、イコと離れ離れになるのか。

 本当にそれでいいんだろうか。

 ――でも、イコがこれ以上痛めつけられるのは、嫌だった。


「……わかりました。イコに、ひどいことをしないと約束してくれるなら」


 俺はうなずく。

 それを見たナナシさんが合図をすると、男たちが4人がかりで、イコを廊下へと連れ出した。


「んー!! んんー!!」


 イコは暴れていた。

 俺はその姿を、黙って見送ることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手 by FC2
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ