☆61かいめ☆ 契約完了!鉄の巨体を従えて、いざ学び舎へ!
「おい、もう準備できたのか?そろそろ出ないと遅刻すんぞ」
慌ただしい朝の時間。
玄関で靴を履きながら、大地は部屋に向かって声を上げた。
「えぇい、わかっておる!……では行ってくる。留守を頼んだぞ」
ベッドの枕元に鎮座するウサギウスの頭をぽんと叩き、ラビリスはランドセルと制服のスカートを揺らしながら、大地の待つ玄関へと向かう。
その足元では、リキが相変わらずの呑気な大あくびをこぼし、出陣していく二人を見送っていた。
「……昨日も言ったけど、今日からお前は学校のバスで通学だ。くれぐれも中で騒いだり、他の子とモメたりするんじゃねぇぞ?」
大地は心配そうに眉を寄せ、念を押すように言い聞かせる。
今日から始まる「スクールバスでの通学」は、彼女がまた一つ『普通の小学生』としての階段を上るイベントであり、同時に大地にとって新たな不安の材料でもあった。
しかし、当のラビリスはどこ吹く風だ。
「ふん、もう聞き飽きたわ。余をなんじゃと思うておる? ……まったく、一体余がいつ騒いだというのじゃ」
(どこでも人並み以上に騒いでんじゃねぇか……)
心底心外だと言わんばかりにふんぞり返る魔王の娘に対し、大地は深い深い疲労と共に、心の中で盛大なツッコミを入れるのだった。
アパートを出て、大地のいつもの通勤ルートをしばらく歩く。
そこから少しだけ横道に逸れた大通り沿いが、枢星学園のスクールバスの停留所になっていた。
朝の爽やかな空気を吸い込みながら、ラビリスがふと思い出したように口を開く。
「……ところでパパよ。今日は夕方まで学校と言うておったが、昼飯はどうなるのじゃ?」
「だから、給食があるって前にも言ったろ」
「なにっ!?では、昨日配られたあの『予言書』に記されし禁忌が、早くも現実のものとなるのか!?」
ラビリスは目をカッと見開き、ランドセルを揺らして興奮し始めた。
「……くくく、面白い。昂ってきたわ!」
「……昂ってるとこ悪いんだけど、一応、学校は勉強するところだからな?飯食いに行く場所じゃないからな?」
食欲全振りの魔王の娘に、大地はやれやれと呆れ交じりのツッコミを入れる。
そんな平和な会話を交わしながら歩いているうちに、二人は目的の送迎場所へとたどり着いた。
停留所には、すでにランドセルを背負った数人の子供たちが集まっている。
その周囲には見送りの親たちの姿もちらほらと見えたが、どことなく品の良い身なりをしており、いかにもエリート校の保護者といった風情だ。
「お、あそこだな。それじゃ俺はそのまま仕事に向かうけど、あの子たちと一緒に並んでバスが来るのを待ってればいいからな。絶対勝手にどっか行くなよ?」
「ふむ、よかろう。では行ってくる。付き添い、ご苦労であった」
彼の念押しに対し、ラビリスは配下を労うような態度でこくりと頷いた。
大地はやれやれといった様子で苦笑すると、彼女に軽く手を振ってその場を去っていった。
大地を見送った後、ラビリスが威風堂々と子供たちの集まりへと歩み寄っていくと、そこに見覚えのある小動物のような姿を見つけた。
「おぉ、メルではないか」
「あ、おはよう、新田さん」
声をかけられためるは、ホッとしたようにパッと表情を輝かせた。
「新田さんも、この近くに住んでるの?」
「うむ。ここから少し歩いたところに我が居城があるのじゃが……。して、リッカもここに来るのか?」
「……きょじょう?」
めるは不思議そうに小首を傾げつつも、すぐにラビリスの独特な言い回しだと理解したのか、ふわりと微笑んだ。
「天羽さんはいつも、お家の車で送り迎えがあるから、バスには滅多に乗らないんだよ」
「なるほど、そうであったか。……ならば好都合というもの」
ラビリスは周囲の人たちに聞かれないようササッと距離を詰めると、めるの耳元に顔を寄せ、声を潜めて囁いた。
「(……その。昨日の『くっきー』、今日はないのか?)」
「え?」
「(じゃから!昨日献上されたあの程度の量では、余は到底満たされぬと言うておる!)」
魔王としての威厳を保ちたいのか、それとも単にお菓子をねだるのが恥ずかしいのか。
ほんのりと頬を赤らめながら、必死に凄んでみせる魔王の娘。
そのあまりにも可愛らしい脅迫に、めるは一瞬きょとんとした後――こらえきれないというように、クスクスと笑い出した。
「な、何がおかしい!」
「ふふっ。ごめんね。……今日は持ってきてないんだ」
ムキになるラビリスに、めるは優しく目を細める。
「でも、まだ色々作りたいお菓子もあるし、今度ちゃんと持ってくるね」
「まことか!?嘘なら承知せぬぞ!」
その言葉を聞いた瞬間、ラビリスの真紅の瞳に期待の光が宿る。
出会って二日目。
昨日まで自分だけの檻に閉じこもっていたはずのめるは、既にこの食いしん坊な魔王の娘との接し方をマスターしつつあった。
するとそこへ、朝日を浴びながら、ゆっくりと枢星学園のスクールバスが近づいてきた。
スクールカラーに彩られた立派な車体が、エンジン音を響かせて停留所へと滑り込んでくる。
「あ、来たよ。新田さんは学校のバスに乗るのは初めてだよね?」
「うむ。バスとやらがどのような乗り物なのか、お手並み拝見と――」
余裕たっぷりに言いかけたラビリスだったが、次の瞬間。
プシューーーッ。
大きな排気音と共に子供たちの目の前に停まったその姿を見て、彼女は完全に言葉を失っていた。
(デ、デカい!!なんじゃこれは!?……大地の乗るあの鉄の馬車の2倍……いや、3倍は優にあるのではないか!?こ、これが『バス』……!)
見上げるほどの高さ。ずらりと並んだ窓。
大地の小さな車でさえ最初は警戒していた彼女にとって、この巨大な鉄の塊は、もはや動く城か巨大な魔獣にしか見えなかった。
圧倒的な巨体を前に、魔王の娘はポカンと口を半開きにしたまま硬直してしまう。
「……?新田さん、どうしたの?」
ピクリとも動かなくなったラビリスの顔を、めるが不思議そうに下から覗き込んだ。
「え!?あ……いや、コホン。な、中々に頑丈そうじゃと思ってな!ふ、ふむ。これならば、道中で敵襲があろうともビクともすまい!合格じゃ!!」
ハッと我に返ったラビリスは、慌てて咳払いをして、無理やり威厳を取り繕った。
冷や汗をかきながらも、腕を組んで、さも「構造を評価している」といった風を装う。
「……てきしゅう?」
通学路で想定されるはずのない物騒な単語に、めるはパチクリと目を瞬かせるのだった。
バスの扉が開き、待っていた子供たちが「おはようございます!」と運転手に元気よく挨拶しながら、次々と巨大な車内へと吸い込まれていく。
「私たちも乗ろっか」
「う、うむ」
めるに促され、ラビリスは少しばかり強張った声で頷くと、おずおずとステップに足を乗せた。
すると、先に乗り込んだめるがランドセルのポケットから『小さな板』を取り出し、慣れた手つきで入り口付近にある『青く光る小さな祭壇』へと近づけた。
ピッ。
高く澄んだ電子音が、静かな車内に響く。
(な、なんじゃ今の音は!?……はっ!もしやあの板は、このバスなる巨大な乗り物と一時的な契約を結ぶための道具か!?)
ビクッと肩を跳ねさせ、何やらぶつぶつと深刻な顔で祭壇を睨みつけている魔王の娘。
そんな彼女に気づき、めるが優しく声をかけた。
「あ。新田さんは学校のバスに乗るの初めてだからわからないよね。こんなカード、学校から配ってもらったと思うんだけど」
めるは、先ほど読み込ませたプラスチックのカードをラビリスに見せた。
「む?……おぉ、確かに。その板ならばパパから受け取っておるぞ」
ラビリスは上着のポケットをごそごそと探り、まるで伝説の宝具でも扱うかのような手つきでカードを取り出した。
「これをね、この光ってるところに近づけるんだよ」
「う、うむ。やってみよう」
めるの丁寧なレクチャーにこくりと頷き、ラビリスは息を呑んで、恐る恐るその『契約の道具』を祭壇へとかざした。
ピッ。
再び無機質な電子音が鳴り響く。
――同時刻。
ピロン。
通勤路を歩いていた大地のズボンのポケットで、スマートフォンが小気味良い音を立てた。
立ち止まって画面を確認すると、枢星学園の保護者専用アプリから『ラビリスさんが乗車しました』という短い通知が届いていた。
「おぉ、すげぇ……。バスに乗っただけで親に通知が来るのか。さすが最新の私立学校……」
画面を見つめながら、大地は感嘆の声を漏らした。
同時に、「とりあえず無事に乗り込めたらしい」という事実が可視化されたことで、今日一つ目の安堵の息を吐き出す。
ハイテクな見守りシステムに感謝しつつ、大地は少しだけ軽くなった足取りで職場へと向かった。
――そして、当のバスの車内では。
「ふははは!見よメル!余もこの『バス』なる乗り物に、主として認めさせてやったぞ!」
無事に「契約」を済ませた魔王の娘が、これ以上ないほどのドヤ顔でふんぞり返っていた。




