第五話
・お酒は二十歳になってから。
・お酒は節度を持って楽しみましょう。
・最近飲んだお酒:尾瀬の雪どけ純米大吟醸ロゼノユキドケ (日本酒)
ノーマンが案内してくれたお店は、思ったよりもローカル感のある料理屋だった。
一国の王子だから、高級なレストランのようなところを案内するのかと思ったが、これまでの旅で野営もするし、両親ともに飲んだくれだからこそ、料理もおいしくてお酒が飲めるようなところを案内してくれたのかもしれない。
「いらっしゃい、あら、ノーマン王子じゃない。ストロング国王とアテナ女王はご壮健で」
「お久しぶりです。父も母も変わらずですよ」
王子に気さくに話しかけていたのは、このお店の店主の奥さんらしい。国王と女王は過去にここのお店に何度も足を運んでいたのだろう。
「おや、後ろにいるお二人は、王子の連れかい」
彼女とかそういったように言われるかと思ったが、女二人を連れていたらまた何か違うことなのだろうと奥さんは察しがついたらしい。
先に、リーシュを紹介すると、このお店でもメルロー家のワインを取り扱ってくれているようで、リーシュは照れくさそうにしていた。
「それで、こちらが異世界から召喚をした勇者、酒田明海」
勇者という言葉を聞いて奥さんの目の色がすぐに変わった。
「あんた!倉庫からありったけの酒を持ってきて!ノーマンはなんでそれをすぐに言わないんだい!」
「いや、聞かれてすぐに……」
首根っこを掴みかかるがごとくの剣幕で奥さんはノーマンに畳みかけていた。
「そういうことじゃないわよ!国王がいつぞやに言っていたけれど、勇者様ってことは、この世界で一番の魔力を持っている人ってことじゃないかい。イブシー市の事件のことも聞いているし、勇者様には力をたくわえてもらわないと」
それから瞬く間に、明海一行のための特別フルコースが振る舞われた。
ギョショー市の漁港でその日に水揚げをされたばかりの白身魚のカルパッチョや、ロブスターのようなエビの刺身、塩焼きのみならず、パエリアも出てきた。
パエリアを見た明海はこの世界にもお米があるのだと、日本のお米とは違うものの、その味の懐かしさと感動で葡萄酒のボトルを空けずにはいられなかった。
ノーマンの言っていた黒パスタすなわち、イカ墨パスタも出てきたが、明海の反応があまりなかったことに関してノーマンは少しがっかりしていた。
明海もイカ墨パスタを食べてから、そういえばこんな味だったなあと、少し反応が薄かった。パスタを食べに行くとしてもあえて頼もうというメニューではないから、味についてはすっかり忘れてしまっていたし、ノーマンのサプライズのさせ方は下手だなと一瞬だけ思ったが、白葡萄酒をあおったらもうどうでもいいやと頭の片隅にも残らなかった。
料理がおいしかったのはもちろんだが、店で用意されていたお酒もとてもおいしく、用意されていたものは飲み切ってしまっていた。店主も奥さんも明海の飲む姿に感動して、逆に明海に感謝をしていた。
結局あれだけ飲み食いをしたのに、お代はタダでいいと固辞されてしまった。三人ともこれはこれで申し訳ない気持ちになってしまっていたが、王国に帰った時に宣伝をしてもらえればそれでいいらしい。
たらふく食べて満足していたが、腹ごなしに市街地を三人で歩くことにした。
「明海さん、いっぱい飲みましたね」
リーシュも多少はお酒を飲んでいたが、とてつもない量のお酒を飲む明海の姿にいつも感動しているようだ。
「あれだけ飲むものだから、持ってきた旅のお金を使い果たしてしまうか、あるいは店主にツケにしてもらうか少し心配だった」
ノーマンは逆に呆れてしまっていた。
「ノーマンは心配性ね。王子なんだからいざとなればツケぐらいできるでしょう」
笑い飛ばす明海に対してノーマンはため息をつくしかなかったようだ。
ギョショー市の町並みは赤みのあるレンガや、黄色、オレンジ色と白を組み合わせた外装の建物が多く、日中に見ると海の色と相まって映えるのであろう。
歩いている通りには先ほどの料理屋のような食事処がたくさんあり、酒を飲んでいる人たちの陽気な声が聞こえてくる。
先ほどまでたくさん飲み食いしていたはずだったが、はしご酒をしたいなと明海はそわそわしていた。
「明海、明日は朝早くから船に乗るからほどほどに」
「はーい」
ノーマンから釘を刺されてしまった明海だったが、バーレル島から戻ってきたら絶対に行こうと、料理屋の前を通るたびにチェックをしていた。
町並みを楽しみながら歩いていた三人だったが、人通りの少ない通りに入って進んだところで二人組の男性が声を掛けてきた。
「お姉ちゃん二人ともこれから飲みにいかない?」
明海とリーシュの脇にいるノーマンがいることが分かっているにも関わらずナンパをしてくるとはなかなか肝が据わっている二人組であると明海は感心していた。
一方リーシュはどうしたらいいのかそわそわさせながら、明海とノーマンのことを見ていた。
「連れに手を出すのはやめてくれないかな」
あくまでも穏やかにノーマンは二人組に声を掛けていた。当然の対応だろう。それにも関わらず二人組はあくまでも明海に対して話を続けた。
「お兄ちゃんだけで女の子二人を独占しないでさ、いいじゃんなあ」
軽い口調であったりこなれた様子から見るからに、地元の人間なのだろう、外から来た人を狙って声を掛けているのかもしれない。
「だから―――」
「まあまあ」
ノーマンが声を荒げそうになるところを明海は制した。
「別にいいけど、あなたたちのおごりよね」
「よっしゃ。もちろん、俺らがおごってあげるよ」
二人組に対して癪に障る感情を持っていたノーマンだったが、このやりとりを聞いただけで、逆に憐れみに変わってしまった。
「じゃあ明海、私はその辺で待ってるから、ほどほどにな」
「うん、もちろんほどほどに」
リーシュも戸惑いながらだったが、明海が一緒にいるのなら大丈夫であろう。
ノーマンが一旦宿に戻って少し休憩して一時間ぐらい経った頃合いで明海たちと二人組が入っていったお店に向かうと、案の定淡々とお酒を飲む明海とそれをにこにこしながら眺めているリーシュに、向かい側でテーブルに突っ伏した二人組の姿があった。
「その飲み方を見ていると本当にほどほどなのかわからなくなるな」
「お店に入って早々どれだけ飲めるかって言い始めるから付き合ってあげたのに、大したことなかったわ」
「明海さんさすがです」
リーシュも明海にしか目がいってなかったことにも二人組は気づいていなかっただろう。とてもかわいそうだなとノーマンは苦笑いを浮かべた。
机に突っ伏している二人組に会計を任せ、明海たちは宿へ戻っていった。
明海はいつも飲み過ぎているので今回はほどほどに飲んでいました。ほどほどに。




