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◇◇◇
「駄目。皆、無理だって……」
放課後、教室まで迎えに来てくれたアステール様と一緒に執行部の部室に顔を出すと、しょぼくれたソラリスとティーダ先生、そしてノヴァ王子が私たちを出迎えてくれた。
話を聞くと、どうやら彼女は昼休みだけでなく、放課後、クラスメイトたちにも声を掛けてくれたらしい。
「血統書付きならともかく、野良猫はちょっとって敬遠されちゃって……うう、こんなに可愛いのに……」
しゃがみ込み、子猫たちを撫でながらため息を吐くソラリス。もしかしたら飼い主になってくれる人がいるかもと期待していただけに、ガッカリした。
「そう……無理やり飼ってもらうわけにもいかないものね」
「そうなの。でもね、『どう?』って聞きながら、思っちゃったわけ。これが殿下やスピカが頼んだことなら『可愛い子猫ですわね! 是非、お世話させていただきます!』って答えるんだろうなって」
「……それは、ええ、そうなると思うわ」
「だよね。はー……身分社会ってほんと嫌」
ため息を吐き、ソラリスはねえ、と子猫たちに同意を求めた。
子猫たちは意味も分からず、可愛い声で鳴いている。
執行部の部室には私も初めて入ったが、壁に飾られた絵画は有名な画家の作品だし、敷いている絨毯はこれまた予約しても五年待ちと言われる工房の作品であった。どこを見渡しても高価な調度品だらけで、さすが身分の高い子息たちが選ばれる執行部の部室だなと納得した。
部屋の中央には大きな円卓があって存在感を主張している。
役員たちはここに集まり、会議をするのだろう。
席は全部で七つ。
ソラリスは絨毯の上に直接子猫が入った段ボールを置いている。そのすぐ近くには子猫用と思われる餌の袋が置いてあった。新しいもののようだが封が開いている。
「それ……」
私が見ているものに気づいたソラリスが、納得したように言う。
「ああ、それ? さっきアルデバラン先輩が持ってきてくれたの」
「え、シリウス先輩が?」
突然出てきたシリウス先輩の名前に驚く。ソラリスが微妙な顔をしながら言った。
「昼休み、皆に断られてさ。がっかりしながら執行部室に行く途中に出くわしたの。事情を聞かれて説明したら難しい顔をして去って行ったから何だろうって思ったらさっき『餌を持ってきた』って。今は水皿を用意するとかなんとか言っていたけど」
「……そ、そうだったの」
その場面が目に浮かぶようだ。
猫好きのシリウス先輩ならそれくらいはしそうだから納得である。
アステール様も「シリウスが……」と頷いていた。
「一応、アルデバラン先輩にも聞いてみたんだけどね。家に年老いた猫がいるらしくて……ストレスを掛けたくないんだって」
「そう……」
絶対ではないが、老齢期に入った猫と子猫では上手くいかないことも多い。
元気な子猫の存在が、のんびりしたい先住猫のストレスになるというのだ。個体差があるので中には仲良くできる猫たちもいるが、シリウス先輩のところの猫はそうではないタイプということなのだろう。
「シリウス先輩なら間違いなかったのに。でも、そういうことなら仕方ないわね」
先住猫が優先されるのは当然のことだ。
まずは自分の飼っている猫。飼い主として、当たり前の行動である。
「それで――飼い主になってくれそうな人物はいなかったということだけれど」
アステール様が話を戻した。
彼の言葉にソラリスが元気なく頷く。
「はい。数人、家に帰って家族に聞いてみると言ってくれた子もいましたが、難しそうです……」
その時のことを思い出したのか、ソラリスが渋い顔をする。
彼女の話を聞いて、その場にいた全員がため息を吐いた。
「おい。持ってきたぞ」
扉が開く。入ってきたのは先ほどまで話題になっていたシリウス先輩だった。私たちが集まっているのを見て、眉を寄せる。
「このメンバーが子猫の関係者か。……その顔を見るに、飼い主探しは難航しているようだな」
「はい。そうなんです」
シリウス先輩から水皿を受け取りながらソラリスが頷く。子猫に目を留めたシリウス先輩は複雑そうな顔で言った。
「……もうほとんど学園内に生徒は残っていない。今日は無理だ。また明日以降、根気よく探すしかないな」
「やっぱりそうか……。参ったな」
話を聞いていたノヴァ王子が悲愴な顔をする。それまで彼は少し離れたところで私たちを見ていた。やはり動物は苦手なのか、積極的には近づこうとはしない。それでも私たちに任せきりにせず、きちんとやってくる辺り、拾った者としての責任を果たそうとしているのだろう。
皆が一斉に黙り込む。アステール様が呟いた。
「つまり、今問題なのは、飼い主が見つかるまでの間、誰が保護するかということだね」
当然ながら、このまま学園に子猫たちを置いておくわけにはいかない。
誰が子猫を預かるか。
シリウス先輩は無理だろう。一時保護とはいえ、家には年老いた猫がいる。ソラリスも、家族にアレルギー持ちがいると言っていたから却下。
アステール様とノヴァ王子は……いけるのかもしれないが、ちょっと想像がつかなかった。
ティーダ先生。あまり面識がないので、彼がどういう暮らしをしているのか私には分からない。
――ええ、考えるまでもないわね。
あっさり結論を出した私は、皆に言った。
「分かりました。一時保護ということでしたら我が家で引き受けますわ」
「スピカ、良いの?」
吃驚したようにアステール様が聞いてくる。皆も私を凝視していた。その視線に応えるように頷く。
「ええ。どう考えても私が適任だと思いますから。残念ながら一生のおうちを提供してはあげられませんけど、一時保護くらいなら両親も弟も駄目だとは言わないと思いますし」
飼い主が見つかるまでと言えば、家族も納得させられるだろう。
一番心配なのはカミーユだが、さすがに一時保護で文句は言わないと思う。
私の部屋の隣が空いているのでそこを子猫用にして、外に出さないようにすれば……大丈夫だろう。
「……はい。大丈夫だと思います」
「本当に? なんだったら、城で保護するよ。元はといえばノヴァが拾ったんだ。こちらで面倒を見るのが筋というものだろうし」
「……アステール様たちが保護している猫、なんてことになったら、私たちが一番避けたかった『身分のある人が拾った猫を飼いたい』派があっという間に湧くじゃないですか」
噂なんてどこからでも漏れる。
アステール様たちが連れ帰った猫。しかも一時保護をしていると聞けば、皆、我先にと手を挙げるだろう。アステール様たちに良い印象を持ってもらいたいと思っている人たちは大勢居る。
「それはそうだけど……君に負荷を掛けたいわけじゃないから」
「負荷だなんて思っていません。私も子猫たちを本当に迎えたいと思ってくれる人たちに託したいですから」
関わったからには、子猫たちの幸せを見届けたい。そんな気持ちで告げると、アステール様はノヴァ王子に言った。
「……ノヴァ、スピカの家が駄目だったら城で保護するよ。それでいいね?」
「うん……。義姉上、迷惑を掛けてごめん。兄上の言う通り、こちらで保護するのが当然なのに」
「気にしないで下さい。大丈夫ですから」
申し訳なさそうに言うノヴァ王子に笑って答える。
いつの間にか、子猫たちは段ボールから飛び出し、水皿に群がっていた。どうやら話をしている間に、ティーダ先生が水差しで水を入れてくれたらしい。小さな子猫たちがピチャピチャと水を舐めている姿は愛らしく、頬が緩んだ。
「じゃあ、この子たちは私が一時保護するということで。皆様、お手数ですが、引き続き飼い主探しの協力、お願いします」
頭を下げる。それにノヴァ王子が、「それはオレが頼むことだから」と焦ったところで今日はお開きとなった。