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7

◇◇◇


 馬車から降りた私たちは、部屋に行き、シリウス先輩が来るのを待った。

 しかしさっきは驚いた。

 いきなり距離を詰めてきたアステール様に今も私の頭は混乱しており、完全に正気とは言い難い。

 心臓はバクバクとしているし、頬は熱いままだ。

 またこんなことがあれば、心臓がいくつあっても足りないと思う。

 そして今回はなんとか逃れられたからいいようなものの、次回も逃がしてもらえるとは限らない。

 そのうち本格的に捕まってしまわないか、本気で心配だった。


 ――大丈夫。大丈夫よ。まだ、好きじゃない。


 必死に自分に言い聞かせる。

 大丈夫だ。私はアステール様を恋愛の意味で好きになってなどしていない。いつ、彼がヒロインとの真実の愛に目覚めても平気なはず……なのだ。

 はず、というあたりが情けないのだが、そうとでも思い込まなければやっていられない。

 そして、今の私に長々と呆けている暇などなかった。

 だって今日は重大な用事がある。そう、シリウス先輩をお迎えするという重要イベントが待っているのだから。

 なんとかいつもの自分であれるよう、深呼吸をする。

 シリウス先輩に妙なところは見せられない。もちろんアステール様になら見られていいわけではないが、せっかくできた猫友に変な奴だと思われたくない気持ちは強かった。

 シリウス先輩は一旦、屋敷に帰ると言っていたから、そんなに早い時間には来ないだろうと考えていたが、やってきたのは予想以上に早かった。その手には青い色をした、網のような袋を持っている。


「シリウス先輩、それ、なんですか?」


 挨拶もそこそこに疑問を素直に口にすると、シリウス先輩は「ああ」と頷いた。


「これを取りに屋敷に戻っていた。……リュカを捕まえるのに、これを使う」

「その袋を、ですか?」

「ああ、まあ、見ていろ」


 言いながらシリウス先輩が袋を広げる。袋は普通の形ではなくちょっと特殊な形状をしていた。紐で閉じられる箇所が何カ所もある。

 私の隣にいたアステール様も興味津々の様子だった。


「スピカ。シリウスが持っているアレ、何か分かる?」

「いえ……分かりません。袋かな、とは思うんですけど。何に使うんでしょう」


 ふたりで困惑しつつもシリウス先輩の動きを観察する。

 シリウス先輩は袋を広げると片手に持ち、ソファで丸まっていたリュカにそろそろと近づいて行った。奇妙な動きをするシリウス先輩に気づいたリュカが、怪訝な顔でソファから身体を起こす。


「にゃ……」


 何をするんだろうという顔で、シリウス先輩を見るリュカ。

 シリウス先輩は、リュカに触れられるくらいの距離まで近づくと、パッと持っていた袋をリュカの上に広げた。そうしてあっという間に、袋の中に入れてしまう。

 突然のことに対処できなかったのか、リュカは抵抗もままならず、あっさりと捕まってしまった。


「にゃ?」


 自分に何が起こったのか分からないのだろう。

 きょとんとするリュカ。いつ暴れ出すかとハラハラものだったが、リュカはなんだか妙に落ち着いていた。


「え、落ち着いてる……? どうして?」


 首を傾げ、シリウス先輩を見る。彼はふっと満足げに笑い、説明してくれた。


「猫は狭い場所や袋に入ると大人しくなる習性がある。こういう専用のネットでもいいが、バスタオルにくるんでも一定の効果があるぞ。覚えておけ」

「まあ、そうなんですね……」


 シリウス先輩の説明に感心しながら、ただ頷く。

 リュカの様子は落ち着いていて、こんな袋に入れただけで? ととても不思議な気持ちになった。

 まじまじとリュカを観察していると、シリウス先輩が私に手を差し出してくる。


「? なんでしょう」

「爪切り」

「え?」

「爪を切りたいと言ったのは、お前だろう。さっさと爪切りを持ってこい」

「あ、はい!」


 顎で指図され、私は慌てて返事をした。

 そうだった。そもそもそういう話で屋敷に来てもらったのだった。

 急いで猫用品の入った引き出しから爪切りを取り出す。シリウス先輩のところへ持っていくと彼は袋から、リュカの前足だけを引き出した。

 そんなこともできるのか。

 目から鱗が落ちるとはまさにこのことだと思った。


「オレがこれを愛用しているのは、こうやって手入れをする足を一本ずつ出せるからだ。単なる袋ではこうはいかないからな。爪を切る足だけを出す。それで、だ」

「あ」


 シリウス先輩が、リュカの足を持ち、爪の下にあるピンクの肉球を押す。にゅっと爪が出てきた。その状態のまま、私から受け取ったハサミを当てる。


「血管が通っているのが見えるだろう。それを傷つけないように少し手前……そうだな二ミリほどあけて切るんだ。こうして、爪の先端をハサミの真ん中で切る」

「わっ……!」


 パチンという音がして、爪が飛んだ。

 当たり前だが人間とは全く違う爪の切り方に驚く。シリウス先輩は残りの三本の爪もパチパチと切ってしまう。熟練の手つきだ。1分もかかっていない。


「すごい……」

「できるだけ手早く切ってやれ。時間を掛けるとその分、猫にとってはストレスになる。あとは……親指だな」

「親指? え、他に指があるんです?」


 不勉強で申し訳ないが、知らなかったのだ。尋ねると、シリウス先輩の手元を観察していたアステール様が私に言った。


「猫の前足の爪は五本あるんだ。後ろは四本だけどね。よく見ればわかるけど、少し下側に親指の爪がある」

「そ、そうなんですか……さすがアステール様」


 猫の爪の数なんて考えたこともなかった。前足と後ろ足では数が違うと知り、素直に感心する。

 シリウス先輩がリュカの前足を見せながら説明してくれる。


「親指はここだ。この場所を押すと……」

「あ、太い爪が出てきた……」


 今までより丈夫そうな爪がにゅっと姿を現した。こんなところにも爪があるなんて驚きだ。教えてもらわなかったら絶対に気づかなかったと思う。


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